庭師の場合、社長か社長じゃないかで結構違うような気がします。
社長は、独立した時はスペシャリストでも、結果としてゼネラリストでないといけないんです。
それは、スペシャリストの刺を削ったゼネラリストではなくて、スペシャリストの刺を何本も増やしたゼネラリスト。
目指すは、アレも出来るコレも出来る、ゼネラリストのスペシャリストです。
私の父の話になりますが、私の父も庭師でした。
ただ、出来る事が相当限られていまして、ゼネラリストではありませんでした。
庭とか園芸の世界は、けっこう流行が激しく変わります。
私の生まれた頃は、盆栽が流行していました。
父はサツキの盆栽を仕入れて作り、売っていました。
が、やがて廃れ、小学生の頃には、鉢物が流行りました。
セントポーリア、シクラメン、シンビジュームが売れた時代ですね。
そして中学校のバブル期には、値段の高い植木や景石が売れました。
1本100万円を超える樹が売れても、特に驚きもしなかった時代です。
その後、バブルが弾けて、庭をする人は少なくなり、エクステリアの時代になりました。
庭を作るスペースが、どんどん駐車場に。生垣がブロック塀になっていったのですね。
今は、エクステリアの世界を、造園屋より土建屋さんが担当する事になり、庭師は剪定管理が基本になっています。
時代時代で、これだけ変わるんです。
つまり世の中の情勢の変化、お客様の声の変化に、機敏に対応しないといけない。
それに対応できるのは、突出したスペシャリティよりも、便利屋の如きゼネラリティの方なのです。
私の父は、死ぬ間際に 「良い時代は必ず無くなる。いつまでも良い時代があると思うな。」 と言い残しました。
これは、激動を生きた父ならではの、とてもいい言葉だったと胸に刻んでいます。

※父と出雲大社にて
剪定屋千角HP http://senteiya-senkaku.sakura.ne.jp/