そのものの価値 | Noriaki の ヒト・モノ・ココロ

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写真を主体として、日々の徒然な様を書いていければ。

そうそう。

美術館で思う事があります。

正確に言うと、美術品で思う事ですが。



例えばですが、伊藤若冲の場合。


伊藤若冲の絵って、ホントピンからキリまであります。

時間をかけてお金をかけた絵から、簡単な(?)水墨画の小さいものまで。

で、多分、どれも結構な値段がすると思うんですよ。

これは他の絵画や絵もそうで、ピカソの落書きでも、結構な値段がしますよね。


つまり、「作者が大事」で、絵ってそこまで大事じゃないんです。


もちろん、絵で決まる価格の部分もありますが、基本的には名前です。



さて、庭の世界は、人の名前で決まるものは何もありません。



断言できますが、全く無いです。

有名な庭の作者やら、盆栽の作者やら、いるにはいます。

いるにはいますが、それに付加価値は全くありません。

あると言っているのは、本人だけです(笑)


庭の世界で、何らかの価値を決めるのは、「そのものだけ」です。


庭がいくら。

石がいくら。

植木がいくら。


全て、そのものの価値だけです。

そこに嘘は無いのです。

大きい樹でも安かったり、盆栽でも高かったりするのは、職人が総合的に価値を見定めているからです。


ただ、花とかの世界では、優秀なものを作っている人のモノには、付加価値として「信用」が付くので、多少値段が高い時はあります。

ただ、それはその人が長年築き上げた信用ですし、実際にモノは良いのです。


絵の世界も、良いものは良い。

悪いものは悪いで良いと思うんですよね。


ピカソが書いたからって、落書きっぽいチョロっとしたやつが美術館に飾られて、値段が高いってのは、私的にはちょっとオカシイ。



「そこに美があるのか。」



無いなら、それは美術品じゃないでしょ。



だから、大した事無いものは、美術館に飾らなくていいのよw

ピカソだろうが、若冲だろうがw

って、私は思うのですが、そうでもないのかな?w


いや、これが美術品ではないのなら、別に良いんですけどね。

例えば、信長の所持品とか、ピラミッドから出てきたものとか。


剪定屋千角HP http://senteiya-senkaku.sakura.ne.jp/