いい人をするんじゃなくて
自分の心の汚れをなくしたい



これが私が仏教を学び出した
無意識の理由かもしれない





仏教…というと
自分を犠牲にしてでも、良い事をする
とにかくいい人になる…
人のために尽くす…
みたいなイメージないですか!?

私だけ!?笑 





この2、3日、またいつもより師匠の話を聞いたり
本を読んだりしている





私が仏教を学んでいるのは、何でだ!?
仏教に惹かれたのは!?
という疑問に、今さらながら又、感じていたの




じゃあ、その心の汚れって何!?
 
  
 


 
ただいま「仏教」について学んでいます
私が仏教を学びたいと思ったのは…

 

 
こんにちは!

心屋認定カウンセラーわこです顔

 
 
 
クローバークローバークローバークローバークローバー




心の汚れって……





 
 
人を分け隔てしたり

必要以上に欲しがったり

人を恨んだり、羨んだり

妬んだり、嫉妬したりetc…




つまり、上記のような気持ちを持つと

自分の心が疲れてしまうこと

ずっとモヤモヤしてしまうこと

ずっと悩んでしまうこと

ずっと晴れ晴れしないこと



そういう思いは、自分の心を汚しているもの




そう感じています




こういう感情を持ってはいけない!
ということではないよ
人間なんだから、自然に生まれてくる感情




だけど、その感情のままに暴走しない
自分の感情をコントロールすること




問題は自分の外側じゃなくて、内側にある



こう仏教の師匠には教えてもらった
これは、心屋でも同じようなところがあって
それを問題と思ってる自分が問題
常に見るのは、自分の中



この時、禅料理を食べたのも、何かその流れがあった気がしてならないよ😊




それこそ昨日、師匠が
「仏教とは簡単に言うと、良き事を行い、悪しき行いはしない。常に心が穏やかであること」
こう言われた




良き事をして、悪しきことをしないことは
自分の心が汚れない…ということ
自分の心内に、変なやましい気持ちがないから






例えば、誰かに道を尋ねる時
不機嫌そうにふてぶてしく歩いてる人と
穏やかで、人当たりの良さそうな人と
どちらに聞こうと思いますか?




大抵の人は、人当たりの良さそうな人に聞きますよね!?




人は見た目じゃないと言っても
人は人と影響し合って生きているから
見た目の印象は、時にとても大事で




心が汚れてない人は、穏やかでいられるんですよね





良き事を行い、悪しき行いをしないのは
誰のためでもなく、自分のため

そして、それが周りの人のためになる

 

ちょっとした笑顔が人を安心させたり、癒したりする





また
この「ちょっとした事」が、人との関係の中では
とても大切な気がする




だから私は、そういった意味での汚れをなくしたい…と無意識にして思ったのだわ、多分(笑)
汚いヘドロがまだまだいっぱいだからね(笑)
修行、修行(笑)




真面目に長々と書いてしまった(笑)
最後まで読んで頂いて、本当にありがとう♥感謝お願い

 

  
  
 
 
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・現在「寺子屋わこ塾」経営


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