vol. 216
今日も
昨日の続きです
昨日の記事はこちら
みなさんこんにちは!
ドイツ在住ピアニスト・音楽心理セラピストの
ラインスハーゲン わかなです。
こちらのブログでは
音楽や演奏についてドイツの音楽事情ドイツやドイツ人のこと
などについて発信しております。
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お忙しい中読みにきてくださって
ありがとうございます♪
巨匠が弾いているから
メイちゃんは
「自分で決められない」
ということをお話ししました。
では、自分がどう弾きたいかを
自分でよ〜く知っているテツオくんの場合は
どうでしょうか?
今回は「小学生」の設定にしてあるので
最終的に、テツオくんはしぶしぶ
「わかりました」
と言っていますが、
これが「大人」のテツオくんだったら
「リヒテルはこう弾いてるので!」
と言ったでしょう
実際、私がある大人の生徒さんに言われた言葉です
スヴャトスラフ・テオフィーロヴィチ・リヒテル(ロシア語: Святосла́в Теофи́лович Ри́хтер、ウクライナ語: Святослав Теофілович Ріхтер、ラテン文字転写例: Sviatoslav Teofilovich Richter、1915年3月20日 - 1997年8月1日)は、ソビエト連邦のピアニストである。ドイツ人を父にウクライナで生まれ、主にロシアで活躍した(ただし在留ドイツ人として扱われた)。その卓越した演奏技術から20世紀最高のピアニストの一人と称された。
(Wikipediaより)
ドイツ人夫と話していても時々思うのですが、
ドイツ人は、時として頑固です
ディスカッション好きな彼らは、
「自分はこう思う!」「君はどう思う?」との
意見交換をよくしています。
それで、
「ふーん、君はそう思うんだ!
なるほどー!
面白い意見だね!」
となることもありますが、
時として・・・
時として・・・
そのテーマや自分の考えに
思い入れがすごく強い場合、
自分の意見が絶対だと思ってしまってる場合、
他の人が何を言おうが、
「いや、でもね!
それは違うよ!!」
という感じで、
相手の意見を耳に入れようとしません。
いや、相手の意見が入ってこない、
と言った方がいいのかも。
もうとにかく、
自分の世界に没頭です。
自分の目の前の一本道しか目に入ってない。
周りの景色を楽しむ余裕がありません。
テツオくんは頭が鉄のように硬いからテツオ
「リヒテルはこう弾いてるので!」
と言った大人の生徒さん。
もう10年以上も前の話ですが、
当時の私は心の中で
「えええ、リヒテルですか!?」
と絶叫し、
その方に何も言えなくなってしまったのを
今でも鮮明に覚えてます。
何を演奏されて、私が何を言ったか、
細かくは覚えていないのですが、
ペダルかリズムが気になったので
「こうしたらどうですか?」と伝えたのです。
そしたら、上のセリフでした
昨日も書きましたが、
「リヒテルがこう弾いてるから」
と演奏されるのは、別にいいんですよ。
真似から入るの、大事です。
ただ、第三者が聞くと
それがリヒテルの真似だってこと、
1ミリもわからなかった・・・
そして、その第三者は
ペダル濁ってるな、だったか
リズムちょっと甘いな、だったか
先生として気になった部分があったのです。
だから、「こうしたらどうでしょう?」と伝えた。
なのに
「リヒテルがこう弾いているから、この演奏は正しい!」
=
「あなたの言ってることは、聞きません!」
だと、
テツオくんにこれ以上の成長は望めない、
と私は思うのです。
昨日のメイちゃんと同じように
真似は真似で終わると
(真似できているならの話
↑
今日は辛口ですみません笑)
所詮真似なので、
偽物です。
フェイクになってしまう。
余談ですが、
その方は、責任ある高給の仕事に就かれていました。
誇り高い方だったのかもしれません。
誇りを持つことは大事です。
ただ、なんとなく
「僕は偉い。僕はなんでも知っている。
だから君の言うことなんか聞かない」
というものを少し感じてしまいました
一対一の人間として、相手に敬意を持つ
いつも謙虚に素直に
人の意見を受け入れる器を持つ
そんな姿勢でレッスンを受けると
どんどん可能性も広がり
成長していくのではないでしょうか・・・
ナオモトくんの場合
じゃあ、ナオモトくんのような生徒が
いいのか?
先生に「こうしたら?」と言われて
「どうしてですか?」だと、
理屈っぽく聞こえるかもしれません。
ケンカ売ってるのか!って思われても、
しょうがないかも・・・?
もし、先生がこのセリフの前に
「ここはこうだから、もっとこうしたら?」
「こうなってこうなるから、こうした方がいいと先生は思う」
など、
どうして先生がそう言うのか、
先生の考えやその考えに至った経緯が明確にわかったなら、
ナオモトくんは、納得がいくかもしれません。
または、納得がいかないかもしれない。
柔軟に、まっさらな気持ちで
まずは先生が言ったことを受け取ります。
そしてそれを自分の中に落とし込みます。
納得がいけば、先生の言ったことを採用するし、
納得がいかなければ、採用しません。
どちらにせよ
自分で選択する
ということをします。
そう、メイちゃんと反対で、
自分で決められます。
私が教えてる大学では
複数の先生からレッスンを受けることもあるので、
それぞれの先生がそれぞれ違うことを言った場合、
「〇〇先生は違うこと言いました」
とのセリフが出てくることがあります。
きちんとそれを目の前の先生に伝えられるという事は
とても素晴らしいと思います。
でも、このセリフを言っているのは
ほぼほぼドイツ人、欧米人です。
大抵のアジア人は
「〇〇先生がこう言いました」とは
言えません
「〇〇先生は違うこと言ってたんだけどなぁ・・・」
と、心の中でつぶやくだけです。
そして未消化な気持ちのまま
レッスンの時間を過ごしていることが多いです
ナオモトくんは素直だからナオモト
上でも書きましたが、
ドイツ人はディスカッション好き。
先生がレッスンで伝えることも
先生の解釈です。
たくさんある解釈の中の一つ。
極端に言えば、
ただの先生の好みです
レッスンの中で、
先生と学生は、
ディスカッションをしている感じかと。
「もっとこうしたら?」
「〇〇先生に違う提案をされて」
「そうなんだ。
人の解釈はそれぞれだからね。
でも僕はこうだからこう思う。」
「なるほど。」
「まぁ、弾くのは君だから、
君の好きにしていいけど。
でも明日の本番で
僕が言ったことを採用してくれたら
僕はすごく嬉しい。
(アピールは忘れない)」
のような会話をしています
これがアジア人だったら・・・
「もっとこうしたら?」
「・・・はい」
弾いてみる
「なんかまだ足りないなぁ」
「・・・」
弾いてみる
「僕の言ってること理解できてる?」
「はい・・・」
顔が晴れない
「なになに、こう弾きたくないの?
どう弾きたいの?
言ってみて」
顔に出さないアジア人だと、
最後のセリフには辿りつきませんが、
でも大体こんな感じでレッスンは進んでいきます。
ナオモトくんは素直に、ただ純粋に
「どうして先生はこう言うのかな?」
と思える。
素直で謙虚です。
「ペダルが濁ってるからこうしたら?」に対して
「そうなんだ」と素直に受け取れる。
「僕の解釈はこうだからこうしたら?」に対して
「そんな解釈もあるんだ」と素直に受け取れる。
そして、受け取った後で、自分に合うか吟味する。
せっかく貴重な時間を割いて
レッスンを受けるなら、
ナオモトくんのように
「素直と謙虚さ」を忘れずに
人の意見に耳を傾ける
ということを忘れずに
私自身もやっていきたいなと思います!
今日はここまで!
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました!
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