世の中には、いろんな形、いろんな大きさ、いろんな素材の金魚鉢があって
金魚たちは、金魚鉢のなかにいれば、誰かがお水を取り替えてくれたり、空気を循環させたり、餌をくれたりして、環境を整えてもらえる代わりに、金魚鉢のなかのお作法に従うことになっている
金魚鉢のなかでは、選択肢はあらかじめ準備されていて、その中から消去法で選ぶ
金魚たちは、ちっちゃな金魚鉢のなかで、いつも椅子取りゲームをしている
お作法は、紙に書いてあるのもあれば、金魚たちの心の中の見えないお作法もある
紙には、「個性や多様性を大事に、違いを知って共存」みたいなお作法が書いてあるけど、金魚たちの心の中の見えないお作法は、紙の通りじゃないことが多い
心の中の見えないお作法が絶対で、「それ以外は許さん!」ていう金魚がいて、そういう金魚は、自分と違う種のダメ金魚とか金魚モドキを排除しようしたり、お作法を押し付けて自分と同じ金魚にさせようとする
見えないお作法に従わない種は、仲間外れにされたり、杭を打たれたり、足を引っ張られたり、意地悪されたりする
お作法をおしつけられて拒否すると、鉢のそとに追い出されるか、鉢のなかでの扱いが悪くなる
だから、見えないお作法を従順に守るようになり、いつのまにか金魚鉢のなかは、似たような顔ぶれになっていく
そもそも、見えないお作法が何のためにあるのかわからなくなってしまって
なんで自分と違うのがダメなのかもわからなくなってしまって
そのうち、「なんかおかしいぞ」とも思わなくなる
いつのまにか、ちっちゃな金魚鉢の世界がこの世の全てだと思うようになり、心の中の見えないお作法は世界中のみんなのお作法だと信じるようになる
自分で考えることを忘れてしまった金魚は、金魚から茹で蛙に変身していて、もう誰も世話をしてくれなくなっていることに気づかず、ただ日々を消化するだけの人生を送り、このままいたらヤバいことになるってことにも気づけない
みんなと同じ金魚になろうと頑張ってみたけど、みんなと同じになりきれない金魚モドキは、「何か違う、何か違う」と違和感を抱え続け、自分を偽っていることが苦しくて苦しくて、生ける屍のようになっていく
金魚モドキは、金魚鉢を飛び出したいと思うのだけど、金魚鉢のそとでは、誰もお水を取り替えてくれないし、空気を循環させてくれないし、餌をくれなくなると思うと、怖くて飛び出せない
この金魚鉢から出たら死んでしまうと思う
金魚鉢のそとには、めくるめく果てしない世界が広がっている
そこでは、金魚鉢のなかの見えないお作法は通じない
そこでは、金魚になれなかった金魚モドキは、もうモドキなんかじゃない
もう、金魚になる必要はない
もう、自分以外の何かになる必要はない
金魚鉢のそとでは、金魚もカメもイルカもクジラも、モドキではない「自分」で生きている