過去の話(1) | 土田和歌子オフィシャルブログ「Wako☆blog」Powered by Ameba

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妻であり、母であり、アスリートである、パラリンピック金メダリスト土田和歌子のオフィシャルブログ

今日はコーチ代筆です。

少し過去の話を書いてみます足あと



実はその昔、私もこんなスポーツをしていました
ユニバ97

※1997ユニバーシアード500m(韓国・全州)



生まれた所が寒い地方だった為、冬になると学校の校庭がスケート場となり、そこが子供の頃の遊び場でした。

本格的に競技を始めたのは小学3年生からで、そこからはスケート三昧、大学を卒業して社会人で2年、

計16年間の競技生活でした。



競技者として目指すものはやはり『オリンピック』でしたが、夢はかなわず1998年の長野オリンピックの

代表最終選考会が事実上の引退レースとなりました。

当時まだ24歳で競技を続行したい気持ちも少しありましたが、所属させていただいていた会社の意向と、

競技者として『燃え尽きた感』が拭えなかった自分の気持ちが、選手を辞める事を決意させました。



競技を辞めてからと云うもの、気持ちの切り替えが下手な自分は、なかなか物事が手につかず明確な目標も無く

ダラダラとした生活を続けていました。そんな日々が1年程続いたある日、一本の電話が鳴りました。

それは幼馴染でもあった一人のスケート選手からでした『俺のコーチになって一緒に頑張ってみないか・・・』

突然の言葉に驚きましたが、とりあえず時間を作って(その時点ではそんなに乗り気ではなかったが・・・汗

彼の練習を見に行くことにしました。

彼は当時長野オリンピックで金メダルを獲得した選手と2人で活動をしており、その時は某競輪場でハードな合宿の

真っ最中でした。


久々に見た彼らの厳しい練習の光景と、鍛え抜かれた肉体を見て私は『愕然』としました。

私の現役時代のベスト体重は73kgでしたが、現役を離れてから僅か1年の間に90kg近くにまで達していたのです。

その時、『はっ』と気づかされました。こんな自分ではダメだ!自分を変えなくては!



その日から新たな指導者としての日々がスタートしたのであります。



今日はここまで

続きはまた後日・・・