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2015年5月提出
第61回角川短歌賞応募作50首詠
「死は咲き乱る」
梶間和歌
ほのぼのとうつろふ春は過ぎぬめり咲けふぢ浪ようるはしき哉
むらさきはくるしきものとおもひ寝にされど待たるゝ藤の比(ころ)なる
おほ空は霞の春も暮れ果てゝたゞはつ夏の藤の夜の夢
風になびく藤浪のこゑほのかにてかたちなき影はかくぞ見えつる
しのゝめの雲まより洩る陽のもとに揺る自己に藤は揺りつゝぞ咲く
葬送の楽を奏づる花ぶさのいのちの藤は経血のいろ
経血は燃ゆるこゝろの墓じるし膣の記憶はむらさきの花
藤浪の揺るを風としながむればそは挽き歌とひきうたとして
ふぢ浪を空に仰げば吹きわたる風はつ夏の暮れなづむ影
花のいろはうつろふ夏の夕暮れの藤やはらかく散らむともして
またの世に匂ひおこせよ藤花の経血のいろは君に忘れじ
君は其処に触るればとゞく哀しさに藤の花散るふぢのはなちる
いち陣の風ふきわたるたまゆらに君は君とぞ生まれ死にける
君は君と我れは我れとしまたの世によき母を持て藤は語らず
そよ君は藤が根もとに去りてけりまたの世にては我れをえらぶな
揺り籠の揺るにまかせて吹く風にふぢの奏づる葬送の歌
揺り籠よ揺りそな揺りそ藤の風ゆりそなゆりそふぢにふくかぜ
あるじなきふぢの揺り籠かなしさは夕べの夜半の風を待つ花
むらさきの憂さ哀しさは君ゆゑに否我がゆゑに我がこゝろから
むらさきにむせぶそはこそうれしけれ君につらなる花と思へば
待たれつる花はけふしもひらけゆく我が時をとめ育ついのちよ
藤花のしだるゝ滝に砕くればのこるこゝろはうたかたの夢
其れよりは去りし君がため揺る藤の滝はくだけて珠とこそ散れ
ながむればむかしを云はぬおもひ寝に藤のさゝやくはつ夏の夢
貫きみだれ床(とこ)敷く珠の藤花の哭かまほしきはいのちなりけり
匂ひをば袂にのこし藤は落つ去りける君のなきがらに風
子宮よりあふるゝ花を知らざれば如(し)かずをとこの生殖の歌
よろづなる卵管を提げ揺り乍(なが)らふぢ咲き盛る咲き乱れ死す
経血の匂ふにほひよ藤花の落つるおもひはおも影として
うたゝ寝に途絶えし夢のかよひ路に血のいろ匂ふ藤の夏風
しのゝめの藤のかをりに目覚むればかひなに重き君がおも影
やは肌のいのちおぼゆる花かげに我が経血は脈たからかに
木(こ)のまよりふぢはきらきらこぼれ落ちてかなしきものは夏のまぼろし
さ緑の風に吹かれて夕暮れの藤はかゞよふみづうみに映ゆ
哀しさは花のあひより洩る影にゝほへる風の血の経血の
ひと房のひとひらの死に対(むか)ふきは藤のはなぶさ経血の花
散りそめていよゝ匂へる藤花にしのゝめの空ゆふぐれの風
夕暮れの風こそにほへ花房を抱くかひなのやはらかき哉
明日はこの藤も落つべし落ちぬべきをほのぼの匂ふけふの哀しさ
思ひ出でむ明日こそなけれ忘られずいかで忘れむわすられめやは
生きてまた見るべき藤は生きてまた見むなき君のまたの世の影
むせぶほどに肩を抱けばくづれ落つ藤のにほひは忘られぬ也
君ゆゑの悔いも驕りと知り乍ら袖の湊に死は咲き乱る
うらみじなとがと思ふは我れのみに君は我がため来き去りにけり
母よ母よ悔いそな悔いそ生殖の海に宿りしよろこびを知れ
月はめぐりひとゝき海に抱かれてたらちねの母ようれしかりけり
いまはとて風にまかするむらさきのかなしく散るをかなしくぞ見る
ながむれば藤のかをりの運ばれてかたちを持たぬそはいのち也
枯れ果てゝさりとも散らぬむらさきの藤は空にぞはゆべかりける
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【本歌、参考歌、語釈】
ほのぼのとうつろふ春は過ぎぬめり咲けふぢ浪ようるはしき哉
過ぎぬめり:過ぎたようだ。
「めり」は視覚推量の助動詞。
花のいろはうつろふ夏の夕暮れの藤やはらかく散らむともして
うつろふ:「花の色は移ろふ」と
「移ろふ夕暮れ」「映ろふ夕暮れ」を
掛ける。
またの世に匂ひおこせよ藤花の経血のいろは君に忘れじ
こちふかば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな
(菅原道真 拾遺和歌集雑春1006)
ながめつる今日はむかしになりぬとも軒ばの梅は我をわするな
(式子内親王 新古今和歌集春上52)
いち陣の風ふきわたるたまゆらに君は君とぞ生まれ死にける
たまゆら:ひと時
揺り籠よ揺りそな揺りそ藤の風ゆりそなゆりそふぢにふくかぜ
揺りそな揺りそ、ゆりそなゆりそ:
揺れるな、揺れてくれるなよ。
「揺りそ」「な揺りそ」ともに
禁止の命令形。
むらさきにむせぶそはこそうれしけれ君につらなる花と思へば
思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れ形見に
(後鳥羽院 新古今和歌集哀傷801)
待たれつる花はけふしもひらけゆく我が時をとめ育ついのちよ
ひらけゆく:咲きゆく
貫きみだれ床敷く珠の藤花の哭かまほしきはいのちなりけり
かぎりとてわかるる道のかなしきにいかまほしきは命なりけり
(『源氏物語』「桐壺」巻 桐壺更衣)
貫きみだれ床敷く珠:
糸を抜き散り乱れる珠のように
床を濡らす涙
子宮よりあふるゝ花を知らざれば如かずをとこの生殖の歌
如かず:匹敵しない
経血の匂ふにほひよ藤花の落つるおもひはおも影として
匂ふにほひ:
同義の動詞と名詞を重ねた、
永福門院の好んだ表現を踏襲。
さても我が思ふおもひよつひにいかに何のかひなきながめのみして
(永福門院 風雅和歌集恋一、979)
夏深き草のしげみのしげくのみ思ふおもひは道もとほらず
(永福門院 自歌合58)
散りそめていよゝ匂へる藤花にしのゝめの空ゆふぐれの風
いよゝ匂へる藤花:
ますます美しく輝く藤花
思ひ出でむ明日こそなけれ忘られずいかで忘れむわすられめやは
思ひ出でむ明日こそなけれ:
未来において振り返って
思い出すだろう明日こそないだろうが
忘られずいかで忘れむわすられめやは:
忘れられない、どうして忘れよう、
忘れられるものか。
生きてまた見るべき藤は生きてまた見むなき君のまたの世の影
生きてまた見むなき君:
生きてまた(この藤を)
見るだろうこともない君
君ゆゑの悔いも驕りと知り乍ら袖の湊に死は咲き乱る
袖の湊:
袖に湊の出来るほどに泣く比喩表現
うらみじなとがと思ふは我れのみに君は我がため来き去りにけり
うらみじな:私を恨まないのだろうな
君は我がため来き去りにけり:
君は私のためやって来た。
そして、去ったのだ。
母よ母よ悔いそな悔いそ生殖の海に宿りしよろこびを知れ
悔いそな悔いそ:
悔いるな、悔いてくれるなよ。
いまはとて風にまかするむらさきのかなしく散るをかなしくぞ見る
花ならでまた慰むる方もがなつれなく散るをつれなくて見ん
(式子内親王 玉葉和歌集春下239)
うき雲の風にまかする大空の行くへもしらぬはてぞ悲しき
(式子内親王 式子内親王集98)
神無月風にまかするもみぢばになみだあらそふみやま辺のさと
(式子内親王 式子内親王集157)
いまは:死に際
枯れ果てゝさりとも散らぬむらさきの藤は空にぞはゆべかりける
春はただ曇れる空の曙に花はとほくて見るべかりけり
(北畠親子 玉葉和歌集春下198)
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モチーフとした50首詠です。