式子内親王 ながむれば | わたる風よりにほふマルボロ

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百首歌の中に

 

ながむればころもですずしひさかたの天の河原の秋の夕ぐれ

式子内親王
新古今和歌集秋上321

 




【現代語訳】

 

秋の憂愁もあり、

もの思いから空を眺めると、

我が袖も涼しく感じられるよ。

まだ見えぬ天の河原に

吹き渡る川風が

地上にも吹き越してくる

秋の夕暮れは。

 

(訳:梶間和歌)

 

 

【本歌、参考歌、本説、語釈】

 

夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪そふりたる

作者未詳 万葉集巻十、2319

 

ながむれば:眺めると。

 「ながむ」はもの思いを伴って

 ぼんやり眺めること。

 用言の已然形に「ば」が付く場合、

 順接の恒常条件の因果関係や

 時系列などを表す。

 

ころもで:袖

 

ひさかたの:「天」「月」「雲など、

 天空に関係する語を導く枕詞

 

天の河原:天の川を川に見立てた、

 「天の川の川原」を意味する言葉

 

 

 

式子内親王の出家直後に

詠まれたか、と想定されるのが

「A百首」と呼ばれる百首歌。

 

その「秋」部3首目の七夕の歌で、

『新古今和歌集』に入集しています。

 

 

まだ星の出る前の夕空を

眺めている、

という読みでよいかと思います。

 

 

 

「七夕」という題材は

『万葉集』の昔から

好んで歌に詠まれました。

 

が、

鑑賞に堪えうるものは実に少ない。

 

 

七夕物語をそのままなぞって

「神代し恨めし」などの

お決まりパターンで締めくくる

『万葉集』七夕歌の数々、

 

理知という名の情趣のなさを

前面に押し出した

『古今集』七夕歌の数々……。

 

 

『新古今集』七夕歌も、それは、

前時代と比べれば

マシですけれど……という感じ。

 

とはいえ

秀句表現はちらちら見えますね。

 

七夕歌そのものを味わう目的

ではなく、

 

散見される

秀句表現や斬新な発想を

学ぶためにそれらを読むのが

よいか、と思います。

 

 

式子のこの歌も、

天の川の出る前の空を眺めて

涼しさを感じる

という視点の新しさが

指摘されています。

 

二句切れで、しかも枕詞を使う、

というと

新古今時代の流行とは違いますが、

 

ぴしっとした体言止めという

新古今らしさもありますし、

バランスがよいと感じます。

 

 

初句「ながむれば」は、ご存じ

式子の愛用語ですね。

 

 

 

あっ……。

 

和歌を味わううえでは、「七夕」は

秋というか、初秋のものです。

 

 

このあたりの季節感のずれには、

新暦を使う我々、

特に気をつけておきたいですね。

 

 

ながむればころもですずしひさかたの天の河原の秋の夕ぐれ

 

 

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