自分中心の欲望に囚われず | 2019R01のブログ

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神から人。


神から人へ、授け、賜り、与える、数々の恩恵、恵み、物質、環境、地球の自然、それら全て、神の御心に適うようにと、作られ、整えられ、仕組まれておられし。


なれば、そを乱せば、統一狂い、調和 乱れ、破滅と、滅亡、存続の危機、かかる危険に遭遇もし、また、困難、難題、数限りなく起こってまいらん。


なれば、人は、自分中心の欲望に囚われず、全体の一部、統一体の一部分、部品の一つなることを思い、おのが我を通すことを戒め、常におのが身分、分際をわきまえ、出すぎることなく、控えすぎることなく、行動すべし。

 

振る舞うべし。行うべし。
 

なれど、そもまた人間の弱さ。

 

脆(もろ)さ。儚(はかな)さ。哀しさ。哀れさよ。
 

ときに己失い、神見失い、人にあるまじきの行い、言動、行動、暴虐(ぼうぎゃく)あり。


なれば、人を諌め、難じるよりも、先ずは己を見直すべし。

 

振り返るべし。省みるべし。
 

われらが伝える、日々のことばも、人により、魂により、心により、思想により、信仰により、捉え方異なり、与える 意味も変わらん。
 

なれど、表に表わる意味は異なれ、知能によりて理解さるる内容変われど、裏に込められし、神の神意は一つなり。

唯一絶対、無二不変、恒久普遍の真理なり。


なれば、人はわかろうとするなく、理解解釈試みるなく、素直にのみこみ、肚(はら)に入るべし、納めるべし。


しかる後、自ずと現る、自ずと変わる。

 

人の行い、感覚、考え。

 

人への思いも、神への信も。
 

さにて神意は理解さる。

 

神のことばは人に伝わる。

 

顕われる。人に広まる。浸透す。
 

そが、神の望む、信仰なり。信心 なり。宗教なり。
 

人の一人一人が、自ずと己高め、神の思いを自然に行い、神の心と一体化する。そが、神の望まる、人の昇華、精進なり。

 

 

 

 

 

 

 

~神から人へ〈上〉 :今日の話題社: 新版 (2003/09)ひふみ ともこ より~

 

 
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