ちょっと疲れたような。

 

でも、
ほとんど無表情に近い顔で。

 

透子はファミレスへ入ってきた。

 

細身のジーンズ。

白いキャミソール。

その上から、
薄い透ける素材のシャツを羽織っている。

 

午後の日差しが、
彼女の胸元を照らした。

 

鎖骨のくぼみで、
小さなネックレスがきらりと光る。

 

無造作に束ねた髪が、
透子を少しだけミステリアスに見せていた。

 

36号線が見える、
窓際の一人席。

 

透子はそこへ腰を下ろす。

 

ちょうど、
湊から横顔が見える位置だった。

 

湊の視線は、
自然と彼女へ引き寄せられていく。

 

そういえば。

 

透子の顔、
ちゃんと見たのは初めてかもしれない。

 

昨日は突然倒れて、
それどころじゃなかった。

 

注文用タブレットを操作する、
その手首は折れそうに細い。

 

左手の薬指には、
光を失った結婚指輪が、
指になじむようにはまっていた。

 

「お待たせしました。大ジョッキです」

店員が、
琥珀色のビールをテーブルへ置く。

 

湊は思わず二度見した。

 

大ジョッキ。

 

しかも昼。

 

透子の細い肩が、

小さく揺れる。

 

『専業主婦のリアリティがない』

門脇の言葉が頭をよぎった。

 

「……そういうこと?」

さらに店員が料理を運んでくる。

 

「枝豆です」

「冷奴です」

「じゃがバター塩辛になります」

 

完全に居酒屋の注文だった。

 

湊は唖然とする。

 

なんだそれ。

 

最高か。

 

思わず笑いそうになる。

 

専業主婦って、
もっとこう……

 

柔らかい色のワンピースを着て、
昼間はカフェラテを飲んでる生き物だと思っていた。

 

自分の偏見に気づいて、
湊は少し恥ずかしくなる。

 

透子は、
昼間のファミレスで、
一人ビールを飲んでいる。

 

それなのに。

 

どこか壊れそうだった。

 

心療内科の診察券。

 

泣き腫らした目。

 

崩れた化粧。

 

専業主婦=幸せ。

 

そんなふうに思っていた自分が、
急に薄っぺらく感じる。

 

……いや。

 

それすら、
また勝手な思い込みなのかもしれない。

 

 

透子は細い指で、
枝豆をひとつ摘まんだ。

 

しばらく観察するみたいに見つめて。

 

ぱくり。

 

そのあと、
ビールで流し込む。

 

横顔だから、
表情まではよく分からない。

 

でも。

 

少しだけ目を細めている。

 

笑ってる?

 

あの顔。

 

どこかで見たことがある。

 

湊は記憶を探る。

 

……あ。

 

ハム太郎だ。

 

ひまわりの種を頬張る時の、
あの満足そうな顔。

 

湊は危うく吹き出しそうになった。

 

そのあとも透子は、

 

料理を見つめて。

丁寧に味わって。

ビールで流し込む。

 

ただそれだけなのに、
やけに幸せそうだった。

 

女の一人酒なんて、
寂しいものだと思っていた。

 

でも。

 

それも男の勝手な固定観念なのかもしれない。

 

 

甘いカフェラテを飲みながら、

 

「糖分ないと無理っす〜」

 

とか言ってるのは、


むしろ事務所の男アシスタントたちだ。

 

 

湊は小さく息を吐いた。

 

そして、
ふと思い出す。

 

母のことを。

 

昼間から酒を飲んでいた母。

 

でも。

 

あんなふうに、

美味しそうには飲まなかった。

 

楽しそうにも。

 

生きようとするみたいには。

 

湊は立ち上がる。

 

ドリンクバーへ、
コーヒーを取りに行くために。

 

📢【更新予定】📢

📖 5月24日㈰22時
第11話 白いシャツの人

📖 5月29日㈮22時
第12話 漫画なら、一巻の表紙に描きたい

📖 5月30日㈯22時
第13話 平岸の団地

📖 5月31日㈰22時
第14話 みんな幸せになりたいだけなんだ