「最近さ……」
私はコーヒーカップを見つめたまま言った。
「旦那と一緒にいると、
なんか涙出てくるんだよね」
「え、大丈夫?」
親友の
サツキが目を丸くする。
金色の前髪が揺れる。
サツキは去年、離婚したばかり。
共働きで保育士をしていたけれど、
今は失業保険をもらいながら休職中だ。
離婚して、休職したタイミングで、
サツキは髪を金髪にした。
彼女は高校時代からの友人。
昔から美人で、
別の高校の男子から告白されるほどモテていた。
向かい合わせで話している今も、
その美しさは健在だった。
美しいだけじゃない。
きめ細やかな優しさもある。
話すたび、
形のきれいな唇が動く。
そのたび、
私は少しうっとりしてしまう。
私は、
呼吸を整え直しながら言った。
「自分でも意味わかんない。
怒鳴られたとかじゃないんだけど」
「近くにいるだけで、
息苦しくなるっていうか……」
するとサツキは、
少し真顔になって言った。
「それさ、適応障害だと思うよ」
「…だよね」
一瞬、
沈黙が落ちた。
それを察するように
「あ、ドリンク取ってくるね♪」
サツキが席を立った。
優しい彼女は
私が次に放つ言葉を
考える時間をくれたんだと思う
昼間のファミレス。
近くには札幌ドームがある。
ここのファミレスは、
ドリンクバー付きのランチメニューがあって、
こうして友人と話し込みたい時には、
本当に助かる。
何杯飲んでも追加料金はないし、
時間制限もない。
サツキはハーブティーを
テーブルへ置いた。
金色の前髪が、
まっすぐな鼻筋の上で揺れる。
さわやかな香りが、
テーブルを通り抜けた。
「柑橘系だね」
「うん。透子も新しいの持ってきたら?」
「ありがと。
でもまだあるから大丈夫だよ」
五月だというのに、
ファミレスにはもう初夏の空気があった。
期間限定メニューには、
夏限定の夕張メロンスムージーが載っている。
そういえば。
夫の実家は、
まるで夕張メロン信者みたいに、
毎年高級な夕張メロンを送ってきてくれていた。
目的は、
息子たちを喜ばせること。
二人の息子が進学で札幌を離れた今、
もう送る理由もないだろう。
私もメロンは、
そんなに好きじゃない。
「透子!
透子、どうしたの!?」
はっとする。
目の前で、
サツキが少し困った顔をしていた。
「あ、ごめん。
なんかさ、急にぼーっとしちゃって」
「大丈夫?」
「うん。
急にさ、旦那の実家のこと思い出して」
私はコーヒーを一口飲み、
再び口を開いた。
「……サツキはさ、
色々あったけど、結局離婚できたじゃん?」
「凄い勇気だなって思うし、尊敬する」
「だから、
こんな風に余計なことで悩まなくていいよね?」
「もう気分スッキリでしょ?」
サツキは、
少し複雑そうな顔をした。
「うーん……
そうでもない」
「そうなの?」
私は驚いて、
思わず身を乗り出した。
サツキの元旦那さんは、
優しくて美しい彼女には
似つかわしくない人だった。
国家公務員で、
職業は安定していたけれど、
サツキを見下していた。
というより、
女性全般を軽視していて、
まるでサツキを
感情のない人形みたいに扱っていた。
結婚式の時もそうだった。
私は友人として、
サツキの結婚式の余興で
ピアノの弾き語りをした。
みんな喜んでくれたし、
何より、
親友のサツキの人生のクライマックスとも言える
結婚式に貢献できたのが嬉しかった。
なのに旦那さんは、
「男にとって
美しい妻を娶るということは……」
そんな話を、
二次会で得意げにしていた。
私は気分が悪くなった。
そこには、
愛なんて何もない。
まるで勲章みたいに、
サツキを扱っている。
そう思った。
周囲に気を使い、
美しく振る舞うサツキをよそに、
私は早々に
帰路についた記憶がある。
📢【更新予定】📢
📖 5月9日㈯22時
第4話 あなたには、名前で呼ばれたくない
📖 5月10日㈰22時
第5話 切ない声は体のどこから出るんだろう
📖 5月15日㈮22時
第6話 心療内科の帰り、もう一つの地球がひらく
