「アフリカでは、飢餓でお腹が空いても食べるモノがない人もいるのよ。こんなに残しちゃってもったいない・・・」

と若い母親が子供を叱る。

でも、若い母親も子供も、空腹に堪えた経験はない。だから、言葉に実感はこもらず上滑りする。

かくして食べ物は粗末にされ、飢餓に苦しむ国の映像を見ても、同じ社会に貧困で苦しむ人がいても、そこにストレートに手を差し伸べることができない。


15日からラマダーンが始まったことを、aminaさんの記事で知った。

ラマダーンを、単なる苦行としての断食ととらえる人も多いが(確かに忍耐力を養う意味もある)、食べ物が与えられていること(生かされていること)への感謝の気持ち抱き、そしてお腹が空いても食べる物がない貧しい人達がどんな思いなのか・・・を、共同体の全員が身をもって体験することも、その目的としてあげられる。

やっぱ、自ら体験しないと、
わかんないことってあるよね。

自分は、ちょうどラマダーンの時にはカイロにいなかったので体験はしていないんだけど、大家さん家族とか友人達は、ラマダーン月を楽しみにしていた。ラマダーンの前に日本に帰国しちゃうといったら「なんで!ラマダーンまでいればいいのに。△△△っていうお菓子を大量に作るんだよ。あと△△△も用意するしね」など、マダム・サミーラは、いくつもの料理の名前をあげて「残念だわ」を繰り返した。断食明けの食事(イフタール)限定の料理というのがあるらしい(ナツメヤシとか決められているもの以外に)。日本のおせち料理みたいだ。

そっか、別に憂鬱な一ヶ月というわけではないのか。

なんでも、割と夜は豪勢な食事になるらしく、親戚の家に訪問してみんなでわいわい談笑しながら食べたり、子供達も夜更ししたりで、「ラマダーン月は太るから、終わったら断食しないと・・・」と冗談を言っていた人もいた。

ふむふむ。

ということで、ムスリムじゃない自分は断食はしないが、健康のため期間中、「断酒」を決行することにした。全世界のムスリムが水を飲むのすら耐えているのだと思えば、楽勝だろ。よっし!


追記:ラマダーン風景を見事にレポートしたページ発見♪
カイロのラマダーン

追記:ちなみに牛角は19日まで半額キャンペーン(含む生ビール)
エジプトで住んでいたのは、カイロ市ナイル河西岸のアグーザというエリア。外国人が多く暮らす高級住宅街に隣接している、まあ、中流以上の人達の居住区といったあたりか。

自分の部屋は4階建ての4階、南側フラット。ワンルーム&キッチン&バスルームという、一人暮らし用の非常に質素なフラットだった。

南と東向きに窓があり、格子戸を押し開けると隣家の庭。周囲も4~5階建てが多かったのでさほど眺めがよいわけではないが、

「東南角部屋、最上階のワンルーム、いいじゃん♪」

と喜んだものだ。

・・・しかし、それはあくまで『日本の常識』だった。

まず最上階、これは暑い。

そして東南向き、これも暑い。

ナイル河からも離れているので、日中は風がぴくりともしない。しかし南向きの窓からは日差しが差し込み、室内温度をどんどんあげてゆく。それに堪えられず、木製の格子戸を締め切ると、今度は気分的にも暑くなってゆく。

しかも水不足なのか水道設備の問題か、水の圧力が低い。そのため、日中には蛇口をひねっても4階は水があがってこないことが多かった。

同じ建物の2階には大家さん老夫婦が住んでいて、学校から帰るといつもそこでマダム・サミーラが入れてくれる甘い紅茶をご馳走になっていた。北側にテラス付きのリビングがあり、日中はそこを開け放し、通りを見下ろしながらゆっくりミントティーをすするのがサーデク夫妻の午後の習慣だった。「アティコ、ここは涼しくて最高だろ」ムッシュー・サーデクのお気に入りの場所は日の当たらない北向きテラスだった。

エジプトでアパートを借りる時の鉄則。

1.南向きのフラットを借りてはいけない
2.どんなに眺めがよくても最上階を借りてはいけない
アメブロ開始が先月16日だから、明日でまる一ヶ月だ。

ええっ??
まだ一ヶ月ぽっち?

って驚いてしまう自分。きっと他のアメブロユーザの方々も同じ思いじゃないだろうか。

実際には一部関係者を除き、サービス開始初日にスタートした人ばかりではないだろうから、明日以降、順々に「ブログ開設一ヶ月目」を迎える人がでてくるのだろう。自分は21日で「1ヶ月記念」を迎える。

「そういえば登録時、何を書こうか迷ったっけ」
「このタイトル、後で変えればいいかって、適当につけたんだよね」
「ネタすぐ尽きるかと思ったけど、割とあるもんだな」
「うーん、他のテンプレートに変えてみようかな」
「来月は、ジャンルを変えてみたほうが面白いかも」

などなど、いろんな思いを抱きながら「一ヶ月アニバーサリー」を迎えることだろう。 「周囲を見て 足元を見て」(アンドロイドは電気執事の夢を見るか?)に書かれていて納得したのだが、方向転換ってのもありだろう。自分を自由に解き放つ発想は大切だ。

まだまだ始まったばかり。
たかだか一ヶ月だ。
自分が一番楽しめるスタイルを求めて、ちょっと深呼吸してみよう。

参考記事:「燃え尽き症候群」にご注意を(ボーゲンの直滑降)

+++

ところで、さっき、サイバーエージェントのリリースを見ていて今更ながらに知った。ここって・・・

2004.9.16
現金還元型BLOGサービス「アメーバブログ」を開始


「現金還元型」ブログだったんだ・・・!!!
(すごいネーミング)

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初めて記事に「穴」をあけた。絶やさず書かなくちゃ・・・と思っていたわけではない。単純に毎日、いや朝も昼も夜も日に何度も、記事を書きたくて書きたくて仕方なかっただけだ。しかし、そんなことをしていたら「ブログ廃人」になってしまう。で「一日一本(以内)」と決めた。

昨日は飲み会で遅くなり、日付が変わる前に帰宅できなかっただけなのだが、電車の中で時計を見て、「あ、アメブロ更新しそびれた!」とショックを受けた。でもまあ、一度穴をあけると、後が気楽かもね。週に一日くらいは「BLOGを休む日」ってのもいいな。少しずつRから解放され、普通のブロガーらしさを取り戻してゆく自分を感じている。


追記(2004.10.20)
祝!「プチ大家族の日常。」一ヶ月・・・いつも盛り上がっている元気いっぱいの場所!これからも楽しみにしてます(キュートなお子さんの写真にも期待♪)
前記事「握手時に手渡される現地ガイドのバックマージンは何%?」の答えは、

50%

金製品やパピルスなど、US$100超のかさばらない高額商品も多く、一人当たりのお土産支出は相当なものとなる。

その売上げ金額の半分が、現地ガイドの右手の中に握らされた。

「うーむ、大したことしてないのに」
「お客さんに『どっちの絵のほうが有名ですか?』と聞かれて答える程度なのに」
「今回はバックマージンだけで半月分の生活費になっちゃうぞ」

最初はこの「不労所得」に良心が咎めたものだが、そのうち違和感は消えていった。まあチップ制のサービス業同様、このバックマージンも含めた合計金額がガイドの収入ということなのだろう。

半分も懐に入るから、店のスタッフに同調して高いものを買わせようとするか・・・というと、自分も含めて他の現地ガイドさんもそういうことはしていない。

お客
「店員は200ドルのほうが名前きちんと入るって勧めるんですけど」 
自分
「まゆみさん6文字なので、120ドル以上のなら大丈夫ですよ」
店員
(おいおい。お前、小さいのを勧めてないだろうなあ??) 

こんな感じだ。

もう一人エジプト人ガイドがつくと折半になったが、どっちにしても物価の安いエジプトで、悪くない収入だ。語学学校の月謝支出が重たかった自分はともかく、そうでなければ「5日働いて25日遊んで暮らす」なんて贅沢(怠惰?)な生活も十分可能だったろう。「大学復学」というものがなかったら、そのまま居ついて「ガイドくずれ」の一人になってしまっていたかもしれない。

§国や会社によって仕組みは異なるので、現地ガイドには一円もバックマージンが入らないケースも多いと思う。

§写真は記事とは関係なく、あるホテル内のお土産屋さんで撮影させてもらったもの。
先日お会いしたKさんの胸元に、ヒエログリフの18金ペンダント。

「お名前を刻んだカルトューシュですね」
「よくご存知で!」
「昔住んでいた事があって、私も持ってます」

懐かしい思い出が脳裏をよぎる。

現地ガイドを初めてすぐに仰天したのは、ツアーでまわる土産物店からのバックマージンの存在だった。どこに立ち寄るかは、店と現地旅行会社との間の契約で決まっている。ピラミッド通り沿いや王家の墓へ行く途中にある、比較的規模が大きくきれいな(具体的にはトイレが清潔な)、大型バスを手前に駐車できるところだ。

店と会社の間でいくらのお金が動いているのかはよくわからないが、日本の主催旅行会社側で熾烈な価格競争が起こっているため、現地の旅行会社には、下手するとバスのガソリン代くらいしかお金が落ちてこないとも言われている。そのため、格安のツアーに参加すると、土産物店の梯子になってしまうのは致し方ない。いや、そうやってツアー旅行が、安かれ悪かれで質を下げてゆくのは、日本の旅行業界の大きな課題だと思う。

話がそれたが、実は現地ガイド(添乗員ではない)にも、店から『バックマージン』が支払われる。ツアー客が購入した金額合計の一定割合がその場で手渡しされるのだ。だから、現地ガイドは最後のお客さんが買い物を終わって店をでるまで店内にとどまり、最後に責任者と握手をして店をでる。その時、握手した右手から右手へ、紙に包まれたしわくちゃのドル札が移動するのだ。

(アティコ、今日は豊作だぜ!やったな!)

財布の紐が緩めのツアー客が多かった日には、彼の目が爛々と輝いている。エジプト人は根っからの商売人が多く、「儲け」「お金」に対し非常にポジティブだ(美しい言い方をすれば)。「こんなもらっちゃ申し訳ない・・・」という、こちらの恐縮しがちな姿勢は、彼には理解しがたかったことだろう。

日本人ツアー客のお土産購入予算は半端ではない。リストをチェックしながら、家族や友人、会社の人、仕事で世話になっている人、昔、海外土産をくれた人などにも律儀にお土産を買う。
はっきりいって「買出しツアー」だ。

カルトューシュとは、古代エジプト王国でファラオや神の名を刻むのに使われた台座付の楕円の枠。それを18金やシルバーで作り、内側にヒエログリフで名前をはめ込んだペンダントトップが、女性の間では人気の高い「自分用」お土産だ。
大きさ(金の重さ)によって、US$80からUS$300くらいまであり、実際にはUS$120前後のものを買ってゆく人が多かった。

定番のお土産と言えば、やはりパピルス。
手漉きのパピルスに、王家の墓内や神殿の壁に描かれた神々やファラオの姿、踊り子や動物などの図柄を手書きで書いたものが売られている。こちらも大きさと絵師のレベルによって値段は大きく異なり、確か小さいもので二千円前後から、大きい立派なものだと数万円の値段になったと思う。
ちなみに偽者は「じゅーまいせんえん!」だ。

さて、ここで問題。


握手時に手渡される現地ガイドのバックマージン、
果たして何%だと思う?



>>続く


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この記事は「10エルシュ」の続編なので、未読の方はそちらを先に。

「10」という“元祖”アラビア数字については問題なく読めたと思うのだが、その両脇にも4桁の数字が縁に沿ってふたつある。

何を意味する数字か、おわかりだろうか?

まず左側。「1」と「9」は私達が普段見慣れたアラビア数字とほぼ同じだ。Vの字が逆さまになっているのは「8」、3の反対みたいなのは「4」だ。これでお分かりだと思うが、硬貨の発行年だ。

1984年

右側は既出の数字ばかりなので読めるだろう。

1404

ただ、これが何の数字なのか、すぐわかる方は少ないかもしれない。
ヒントは「西暦とは何なのか?」だ。
西暦とは、イエスキリスト生誕年を元年に「今年はイエスキリストが生まれてから何年目」なのかを示す暦だ。イスラムではイスラム暦(ヒジュラ暦)を利用する。その元年は、預言者マホメットがメッカを追われメディナへ聖遷した西暦622年だ。

1984-1404=580
・・・計算が合わないのは何で??

ちょっと複雑な話になってしまうが、
太陰暦と太陽暦という異なる暦法を採用しているためだ。

◎イスラム暦・・・太陰暦(月の満ち欠けで日付を決定)/約354日
◎西暦・・・・・・太陽暦(太陽のまわりを一周して一年)/約365日

つまり、イスラム暦と西暦では、一年の長さが約11日間異なる。
西暦からイスラム暦を求める計算式は、
イスラム暦=(西暦-622)×33÷32
だそうだ。試しに計算してみると、

(1984-622)×33÷32=1404.5625

おおっ(当たり前だが)ぴったり!

イスラム暦と西暦の対応計算ツールもあるので、
そんなのを使ってみるのもいいだろう。

こよみのページ


追記:日本には「皇紀」というものがあります。
先月21日。深夜にここを読んでいて、「話のネタ」にどんな機能のブログサービスなのかだけ見ておこうと登録した。ところが登録の際にジャンルを決めないといけない。真面目に作るつもりもなかったので困ったが、思いついたのが「昔のエジプトネタ」だった。

ところがそれから20日間。「一日に原則一本まで」と制約をかけないと、仕事に支障がでてくるほどにはまった。ここでブログをやっている人の多くがそうだと思うが、自分も「ブログ初体験」というわけではなく、またサイト運営歴も割と長いほうだ。

なのになぜ今更「急性ブログ中毒」になってるんだ?

△ランキング?(読者増えるんで気にはしてるが賞金は狙ってない)
△アメブロが使いやすいためか?(リンク張りにくいよぉ!)
○面白いブログが多いから?(怒りブログとか秘密の扉とか好き)

うーん、でも多分本当の理由はこれだな。

サイト運営者として初めての体験なんだけど、
他の、同じジャンルの似たテイストのブログに、
自分でも不思議な程、強い仲間意識を感じちゃったからだ。

◎仲間ブログが更新されるのが楽しみ。
◎仲間ブログを訪れてコメントするのが楽しみ。
◎自分が記事を書いて、見にきてくれるのが嬉しい。
◎そして時々コメントを書いてくれるのが嬉しい。
◎トラックバックで記事をつなげてゆくのが面白い。

自分はあまりそういうキャラじゃなかった。いわゆるコミュニティみたいなのとか苦手で、オンラインで友達作るとかいうタイプでもない・・・不思議だ。

思うに、旅行のスタイルだったり、視点だったり、感性だったり・・・が、多分どっかでちょっとずつ似ているのかもしれない。だから読んだり交流したりしていて心から楽しめるんだろう。

最初のきっかけはANNAさんだ。

ピラミッドつながりで中米と中東に接点が生まれた。ANNAさんの文章も写真も(トリミングも絶妙!)読んでいて最高に面白い。
そしてANNAさんの記事経由で3gpabcmbyu-meさんのブログを知った。スペイン語は表示できないのにロシア語ができるのはなぜ?と書かれた記事を読んで、勝手に3gpabcmbyu-meさんのブログから 『 Dо свидания 』 という単語をコピペしたのが最初の縁だった。
3gpabcmbyu-meさんの感性・文章にも、共感した。あのブログを読むと、ついそれにつなげる形で記事を書きたくなり、何度もトラックバック記事を書いてしまった。人に影響されることが少ない自分としては、結構珍しい。
そして何とベンガル語を話してしまうaminaさんのブログも知った。彼女の国際結婚&バングラデシュでの生活体験は自分にとって本当に未知の世界で、その写真にも魅せられていった。

10月に入ったら、何故かみんなでジャンル上位にいた。
同じジャンルだと変にランキング意識して競争してしまいそうだけど、それは互いにない。こんな風に仲良くブログ同士で交流していけるなら、ランキングも悪くないかも。

+++

そしてほんの数時間程前、3gpabcmbyu-meさんがブログをいったん休止するという記事を読んだ。何故こんなに喪失感を感じているのか、自分でも不思議なくらいだ。短い期間で会った事すらない人。だけど「友達」だったんだな、自分にとって。

この感覚は、一人旅の途上で出会って意気投合した人との別れに似ている。たった1週間のつきあいなのに、昔話とか将来の夢とかいろいろ話して盛り上がり、まるで昔からの友人のように思えちゃう、でも「またいつか会おうね」って言って駅で別れる。

3gpabcmbyu-meさん、頑張ってくださいね!
でもって、またいつか(半月後でも一年後でも)、
続きをどこかで書いてくださいね!

§3gpabcmbyu-meさんの「突然ですが、決心がつきました」にトラックバック中
悲しい事件がエジプトで起きた。
シナイ半島のリゾート地タバで、自動車爆発テロがあり、イスラエル人23人、エジプト人5人が死亡、100名以上の負傷者、多数の行方不明者がでている。

タバ以外にも、ヌエイバなど他のリゾート地でも爆発テロが起きているという。

インフォシークニュース>エジプト関連ニュース

犠牲者の数だけを見ていても、何が起こったのか実感としてはわからないが、犠牲者の家族の声を読むと悲しみと嘆きが伝わってくる。

毎日新聞「6人家族、ホテルの部屋割り生死分け」

幸せな時を過ごしていた人が、そしてその家族や親戚、友人、近所の人などが一瞬にして悪夢のような世界に突き落とされた。それはその人達が人生を終えるまで、ずっと付きまとう悲しみとなって、さらには憎しみになっていく。

テロリストは悪──。
そんな簡単な問題ではないのだろう。今回の自動車爆発テロでも、実行犯は全員命を落としているだろう。多くの場合、未来ある若者で、過去に何らかの強い憎しみを抱く経験をしているケースも多い。それは家族や友人が殺された体験だったりもする。パレスティナ人に強い連帯感を抱いている人はエジプト人の中にも非常に多く、一緒にテレビを見ていても、若いイスラエル兵士がパレスティナ人の集団に向かって銃撃を加える映像などに激しく反応する(日本ではあまり放映されないが、中東では目を覆いたくなるようなニュースが多く流れる)。

ロシアのチェチェン紛争に絡むテロでも、夫や子供を失った女性が、持て余してしまうほどの憎しみを抱えながら次々と自爆をしていった。以前「カーラのゲーム」という小説を読んだことがあるが、そこには夫と最愛の子供を失った女性が、テロリストになってゆく心理過程が描かれていて、考えさせられた。

「憎しみの連鎖」という言葉がよく使われるが、
それを断ち切るのは本当に難しい。


+++


ところで、なぜエジプト国内なのに、大量のイスラエル人がいたのか・・・と思った人もいるだろう。まずタバという街、これはイスラエルとの国境沿いの街だ。私が訪れたことがあるのはヌエイバだけだが、紅海をはさんでサウジアラビアも見える、アカバ湾沿岸のリゾート地だ。

シナイ半島は、1967年の第三次中東戦争でイスラエル軍が制圧。国連安保理が占領地からの撤退をうたった決議を採択したものの、1982年に「エジプト・イスラエル平和条約」で返還されるまで、イスラエルの占領下となっていた。その占領時代に開発されたのがシャルムルシェイクを始めとするリゾート地だ。今でも、14日以内ならイスラエル人はビザなしでこのエリアに入ってこれるとかで、高級ホテルにはヨーロッパ人とともに多数のイスラエル人の姿がある。

ウィキペディア (Wikipedia)『中東戦争』



写真はシャルムルシェイクの通り沿いのカフェ。
海外へは、現金とトラベラーズチェック、クレジットカードの三点セットに加え「PLUS」マーク付の国際キャッシュカードも予備で持ってゆくが、手数料がかかるので基本的には使わない。

しかし、一回だけ使わざるを得なくなったことがある。それは、先日記事にした帰国便が飛んでいっちゃった事件で、さらに2日の滞在を強いられた時だ。トラベラーズチェックは100ドル単位しか残っておらず、円現金も千円札がない。

「いっそ100ドル換金して、豪勢に遊んで使い切るか?」

とも思ったが、結局路線バスに乗ってナイルヒルトンホテルに行き、ATMでエジプト通貨を必要な分だけ引き出すことにした。

馴染みがない人もいると思うので簡単に説明しておこう。


◎クレジットカードでのキャッシングとは違う
いわゆるクレジットカードでのキャッシングとは違う。キャッシングは「借り入れ」で、翌月や翌々月などにクレジットカード会社から引落され、その際に利息も徴収される。キャッシング利息は、結構高い。三井住友VISAカードを見ると「利率(年利)27.8%以内」とある。ただ、これは年利なので、借入れ期間が2ヶ月程度なら5%前後、例えば5000円キャッシングしても利息は250円前後だろう(計算は適当です)。帰国したら繰上返済をすることも可能だ。例えば三井住友VISAカードなら、三井住友銀行のATMで簡単に返済ができる。キャッシング金額が大きいようなら、早めに返済しておいたほうが安全。

三井住友VISAカード「海外キャッシュサービス」


◎国際キャッシュカードは引出し時に手数料がかかる
都市銀行の国際キャッシュカードでは、現金引出しの度に「引出し手数料」が通常かかる。210円のところが多いようだ。為替レートも事務手数料として3%が上乗せされるものもある。また通常のキャッシュカードから国際キャッシュカードへの変更にはカード再発行が必要となるため、カード発行手数料1,050円が取られる場合が多い。東京三菱銀行は一年毎の利用料もかかるようだ。

みずほ銀行「みずほインターナショナルキャッシュカード」
海外旅行ウェブジャーニー

まあ、厳密に計算してはいないが、5000円前後の現金を用立てたいという場合には、キャッシングを利用しても国際キャッシュカードによる引き出しでも、さほどコストに違いはない。2-300円程度と考えておけばいいだろう。


§ANNAさんの「メキシコのコイン」にトラックバックしています
文字もはっきりしてるのでわかるだろう。10エルシュだ。えっ?「10」とは書いていないって?「1」はわかるけど、その隣の「・」は何だって?もちろん「0」だ。アラビア数字と違うって?いやいや、これが“元祖”アラビア数字なんだってば。

さて基本のお金が1エジプト・ポンド。アラビア語(エジプト方言)だと「1ギニー」。その10分の1の補助単位が1ピアストルでアラビア語(エジプト方言)では「1エルシュ」。

上半分に幾何学文様のようなものが見えるだろう。
確かに一番上の段のつぼみのようなのは文様だが、次の二段は文字だ。モスクなどでも文字を装飾して文様のようにして使うのが一般的だが、ここに書かれているのはイスラム的な言葉ではない。

ゴムホレイヤ ミスル アル・アラベイヤ
(アラブ・エジプト共和国)

と書いてある。
ミスルが「エジプト」だ。

(上の言葉では実際には後ろにアル・アラベイヤが続くのでミスラルアラベイヤ・・・と発音する・・・はず)


紙幣には、アラビア数字と“元祖”アラビア数字の両方が印字されているので大丈夫だが、コインは基本的に“元祖”アラビア数字のみ。
市場などで香辛料などを買おうと思っても“元祖”アラビア数字しか書かれていないので、エジプトなど中東に旅するときには、まず数字だけはアラビア語を覚えて行くといいだろう。

アラビア数字


§この記事は3gpabcmbyu-meさんの「れあ集め!!」にトラックバックしています。
§メキシコのお土産になりそうなキレイな金銀コインはこちら。