言わずと知れた陸軍大臣にして皇道派の重鎮。
……とか何とかはどうでもいいとして、荒木貞夫は愛犬家でもありました。
軍犬調達窓口を確保するため帝国軍用犬協会と日本シェパード倶楽部との合併を画策したり、日本犬保存会に「日本犬ではなくシェパードを飼おう」などと神経を逆撫でする様な文を寄稿したり、農作物への被害に悩む春日大社へ鹿追犬を寄贈したりと、犬の世界にも色々と関わっています。
映画「戦線に吠ゆ 」に出演したシトー(チト)号も荒木貞夫の愛犬でした。
「東日主催小國民大會々場にて講演された荒木文相が、同じく當日訓練實演の爲め上継訓練士に連れられて來た愛犬シトー號とバツタリ入口で對面した所」
昭和14年
逝けるシトー號を語る
昭和16年1月16日・於東京九段軍人會館
出席者
陸軍大将 荒木貞夫
同 夫人
帝國軍用犬協會(KV)
副會長 橋本庄太郎
専務理事 松方正廣
理事 大橋道夫
犬の研究社 白木正光
帝國軍用犬協會第一軍用犬養成所
所長 阿部啓記
訓練士 上継政雄
〃 田中武
金子記者
(前半略)
荒木「永い間お世話になりました。此の頃は協會の方も却々骨が折れるでせう」
橋本「協會の一番大切な時期に、シトーの訓練實演等で非常な發展を來しまして、最近では殊に會務が進展致して居ります。會員も非常な増加を示して居ります」
荒木「お役に立つて何よりでした。今、軍隊の各隊には平均どの位の軍犬がゐるだらう」
橋本「その點ははつきり判りませんが、一年購買せられるのは○○頭位ありますから、どうしても資源補充をやらなければならぬと思ひます。で、今は實際に使はれる訓練がなければならぬわけでありまして、此の点シトーの残した足跡は大きいわけであります。一般の訓練の中には曲藝式のものがあるのですが、正常なるものを伝えると云ふのはシトーの様に本當の模範的なものをやらなければならぬと思ひます」
荒木「シトーの後継はありますか」
橋本「昨年頃からシトーの體が弱つたと云ふので、気はつけてゐるのですが、先程もお話致しましたが、三拍子揃はぬと駄目であると思ふのです。それは家畜にも魂があると思ふのです。で、シトーを造るには第一に閣下のお宅で育てられると云ふ事が一つ、系統も性質もよいと云ふ事が一つ、訓練士が一つと云ふ様にあると存じます。訓練のよく入つた後半となれば、之が一體となつてしまふのですが、之を考へると後継もむづかしいと思ふのです。シトーは之が軍として必要な、そして本當の訓練と云ふのはこう云ふのであると云ふ事を一般に示してくれたのはシトーであると思ひますね」
荒木「師岡君(※ブリーダー)が連れて來たのですが、右の耳がどうして力がない―甘やかした結果だと云つて居つたが―來た時からそうであつたのですよ。大臣官邸の直ぐ下にハウスがあつて、ひまになると覗くが何時も耳が曲がつてゐるんですね。「戰線に吠ゆ」を見て、どうして脚を引摺つてゐるか疑問に思つた事があつて、何もああいふ訓練は實際にさせなくてもいいと思つてゐる」
上継「今その種明しの話(※被弾負傷の演技ができなかったため、他の犬の脚に麻酔を打って撮影したこと)もあつたのです」
荒木「(寿命は)十歳ですね。外の犬とくらべてどうですか」
上継「軍の方の使役年齢は確か八歳迄と思ひます。二年餘計働いてゐるわけです」
荒木「前にゐたエスは何歳位だつたかね」
荒木夫人「七、八歳ではなかつたでせうか」
荒木「前にエスと云ふ犬が居つたのですが、之は餘り手入も何もせずにゐたのですが、確かセツターだつたと思ひますが。此の犬は何もしないのですが、子供はよく守つたですね。庭にゐて玄関の方に足音がすると、それが外に出て行く足音であるとのこ〃ついて行つて子供の遊んでゐる近所にゐるんですね。非常に可愛いものですね。子供を叱つた事があるのですが、何時も座敷なんか上つた事がなかつた犬が飛んで來てゆるしてくれと云ふ様に哀願するのですね。可愛いところがありますね」
大橋「閣下が最後にシトーを見たのは何時頃ですか」
荒木「昨年の夏頃見たのが最後ですね。近頃新聞などに犬の肉をどうの、犬の皮をどうの(※官僚やマスコミが推進していたペット毛皮供出論のことです)と云つて居るが、あゝいふ風に量見が狭い様では駄目ですね。飼料の方はどうですか」
橋本「配給制度になつた地方は大體協会の登録犬に對してはうまく行つてゐる様であります」
大橋「それでは永い間どうも有難う御座いました」
……とか何とかはどうでもいいとして、荒木貞夫は愛犬家でもありました。
軍犬調達窓口を確保するため帝国軍用犬協会と日本シェパード倶楽部との合併を画策したり、日本犬保存会に「日本犬ではなくシェパードを飼おう」などと神経を逆撫でする様な文を寄稿したり、農作物への被害に悩む春日大社へ鹿追犬を寄贈したりと、犬の世界にも色々と関わっています。
映画「戦線に吠ゆ 」に出演したシトー(チト)号も荒木貞夫の愛犬でした。
「東日主催小國民大會々場にて講演された荒木文相が、同じく當日訓練實演の爲め上継訓練士に連れられて來た愛犬シトー號とバツタリ入口で對面した所」
昭和14年
荒木の愛犬シトーはKVの宣伝業務だけではなく、山岳遭難のレスキュー活動や映画出演など錚々たる経歴をもつ在郷軍用犬でした。
そのシトーが死んだときの座談会の記録から。逝けるシトー號を語る
昭和16年1月16日・於東京九段軍人會館
出席者
陸軍大将 荒木貞夫
同 夫人
帝國軍用犬協會(KV)
副會長 橋本庄太郎
専務理事 松方正廣
理事 大橋道夫
犬の研究社 白木正光
帝國軍用犬協會第一軍用犬養成所
所長 阿部啓記
訓練士 上継政雄
〃 田中武
金子記者
(前半略)
荒木「永い間お世話になりました。此の頃は協會の方も却々骨が折れるでせう」
橋本「協會の一番大切な時期に、シトーの訓練實演等で非常な發展を來しまして、最近では殊に會務が進展致して居ります。會員も非常な増加を示して居ります」
荒木「お役に立つて何よりでした。今、軍隊の各隊には平均どの位の軍犬がゐるだらう」
橋本「その點ははつきり判りませんが、一年購買せられるのは○○頭位ありますから、どうしても資源補充をやらなければならぬと思ひます。で、今は實際に使はれる訓練がなければならぬわけでありまして、此の点シトーの残した足跡は大きいわけであります。一般の訓練の中には曲藝式のものがあるのですが、正常なるものを伝えると云ふのはシトーの様に本當の模範的なものをやらなければならぬと思ひます」
荒木「シトーの後継はありますか」
橋本「昨年頃からシトーの體が弱つたと云ふので、気はつけてゐるのですが、先程もお話致しましたが、三拍子揃はぬと駄目であると思ふのです。それは家畜にも魂があると思ふのです。で、シトーを造るには第一に閣下のお宅で育てられると云ふ事が一つ、系統も性質もよいと云ふ事が一つ、訓練士が一つと云ふ様にあると存じます。訓練のよく入つた後半となれば、之が一體となつてしまふのですが、之を考へると後継もむづかしいと思ふのです。シトーは之が軍として必要な、そして本當の訓練と云ふのはこう云ふのであると云ふ事を一般に示してくれたのはシトーであると思ひますね」
荒木「師岡君(※ブリーダー)が連れて來たのですが、右の耳がどうして力がない―甘やかした結果だと云つて居つたが―來た時からそうであつたのですよ。大臣官邸の直ぐ下にハウスがあつて、ひまになると覗くが何時も耳が曲がつてゐるんですね。「戰線に吠ゆ」を見て、どうして脚を引摺つてゐるか疑問に思つた事があつて、何もああいふ訓練は實際にさせなくてもいいと思つてゐる」
上継「今その種明しの話(※被弾負傷の演技ができなかったため、他の犬の脚に麻酔を打って撮影したこと)もあつたのです」
荒木「(寿命は)十歳ですね。外の犬とくらべてどうですか」
上継「軍の方の使役年齢は確か八歳迄と思ひます。二年餘計働いてゐるわけです」
荒木「前にゐたエスは何歳位だつたかね」
荒木夫人「七、八歳ではなかつたでせうか」
荒木「前にエスと云ふ犬が居つたのですが、之は餘り手入も何もせずにゐたのですが、確かセツターだつたと思ひますが。此の犬は何もしないのですが、子供はよく守つたですね。庭にゐて玄関の方に足音がすると、それが外に出て行く足音であるとのこ〃ついて行つて子供の遊んでゐる近所にゐるんですね。非常に可愛いものですね。子供を叱つた事があるのですが、何時も座敷なんか上つた事がなかつた犬が飛んで來てゆるしてくれと云ふ様に哀願するのですね。可愛いところがありますね」
大橋「閣下が最後にシトーを見たのは何時頃ですか」
荒木「昨年の夏頃見たのが最後ですね。近頃新聞などに犬の肉をどうの、犬の皮をどうの(※官僚やマスコミが推進していたペット毛皮供出論のことです)と云つて居るが、あゝいふ風に量見が狭い様では駄目ですね。飼料の方はどうですか」
橋本「配給制度になつた地方は大體協会の登録犬に對してはうまく行つてゐる様であります」
大橋「それでは永い間どうも有難う御座いました」