誰もが直視したがらない、不要犬の殺処分問題。その世界にも歴史があり、試行錯誤と紆余曲折を経てきました。
昭和初期に農商務省から内務省へ移管された狂犬病対策は、傘下である警察の畜犬行政へと統合されます。地域の警察は駆除業者への委託で野犬狩りを実施し、駆除野犬の遺骸は三味線皮としてリサイクルされていました(ちなみに猫の三味線皮はペット泥棒が供給源で、「犬釣り」「猫釣り」と呼ばれたペットの大量盗難事件がたびたび報道されています)。
野犬狩りは極めて危険な作業で、犬に咬まれたのが原因で狂犬病感染による殉職者が続出。また、戦時体制下のペット毛皮献納運動にも利用されるなど、社会の暗部を押し付けられる業務でもありました。
しかも遺骸の処理過程で犬肉の横流しが相次ぎ、それが戦後も繰り返されたことで厚生省は昭和42年に遺骸の焼却処理を義務化。野犬狩りも業者委託から行政職員へ業務移管し、欧米のマスコミが問題視したのを機に撲殺処理から炭酸ガス安楽死措置へ移行。現代へと至ります。
戦前の野犬狩り制度について、警察側の解説をどうぞ。
捕獲野犬に就て
質問者・東京日日新聞記者 K生
【問】
野犬捕獲に使用するところの經費に就いて伺ひ度いと思ひますが。
【答】
野犬を捕獲すると云ふ目的は狂犬病を豫防する爲でありまして、現在では内務省の所管としてその運動をやつて居ります。その經費に就いても内務省と東京府とが犬の税金を徴収してゐる關係上、兩方から毎年相當の經費を支出して狂犬病豫防に努めて居ます。
【問】
野犬を捕獲するに就いての方法及びその處置に就いて……。
【答】
現在警視廳に於て用いてゐる方法は、毎日個々の組の人夫が東京の新市及び舊市に亘つて各方面を分擔して廻つております。
人夫の捕獲方法については縄の捕縄を以てするのと針金の輪をもつて首にひつかける方法とある。
捕獲した犬は滿三ヶ日繋留箱の中に繋留して置いて、それ迄に飼養主の出て來ない場合は三ヶ所の化製所(※家畜処理施設)に分配して撲殺するか、或は學術研究の爲病院や大學に送つて使用せしめる事を許してゐる。
最も捕獲の際には必ずその所轄警察署の衛生掛り或は受持巡査立會の下に捕獲するのであるから、畜犬票の住所の判明して居る犬は無斷で持つて來る事は絶對に無いのである。
その捕獲した犬は一ヶ年を通じて二萬四、五千頭に上つてゐる。
それ以外に春秋二季の野犬狩り、或は廢犬(※飼育放棄されたペット)の買上げを行つておる。その買上げ値段は成犬四十錢、小犬十錢として、各警察署で之を買上げ帝る。それを全部三ヶ所の化製所に送るのであります。
捕獲された犬の住所の判つた場合は何時でも無償で下渡すことになつてゐる。
捕獲した野犬の處置に就いては畜主の無いものは病院亦は學校の研究用に供し、それ以外のものは全部撲殺しておりますが、それは余り悲惨なやり方であると云ふので、人道會のバーネット夫人(※在日アメリカ大使館付武官・バーネット大佐の夫人)その他の方から殺犬用の箱を寄附されたので、現在はその箱の中に燃料用の瓦斯を通して窒息せしめる方法を採つておりますが、然し瓦斯の窒息方法は二、三分から五、六分はどうしてもかゝるが、棍棒で一撃を與へて處置する方が忽にして殺すことが出來るので、却つてらくに死ねると思ひます。
※バーネット夫人が警視庁へ寄贈した炭酸ガスチャンバーは、経費上の問題で夫人のアメリカ帰国後に廃止されました。
【問】
屍体の皮、肉骨等の利用方法並にその價格等に就いて……。
【答】
殺したその皮は三味線の皮となり、製造所に於ける値段は大体六寸四方の二枚で三味線一丁分となり、それが一丁分約十五錢から二十錢位である。
大きい犬になると五、六丁分はとれ、その中は小犬もあるから平均三丁分位はとれるやうである。
それを一ヶ年約三萬頭の犬を捕獲したとしても一萬参千五百圓の金高となり、今では三味線の皮は殆ど野犬の皮で餘程良いもので無いと猫の皮を使用しない。
皮を取つた後の肉からしぼつた脂肪は石鹼の材料と成り、之が一頭平均十錢位となり、これ丈けでも一ヶ年三千圓位となる計算である。
脂肪を採つた肉や骨臓物類は全部肥料會社に送つて肥料に製造しておる。
【問】
捕獲人夫の収入額に就いて……
【答】
人夫は一組三人づゝとなつており、警視廳の直營で平均一日二圓宛の日當を拂つてゐる。二人で捕獲して一人は箱車を引くのである。
こういふ組が八組もあり、之等の人夫は何れも三ヶ所の化製所の方から雇はれて、それを警視廳の方で身許調査をして其の上で使用してゐる。
人夫一ヶ月の収入は警視廳よりの手當一圓と、捕獲一頭毎に十錢づつ奬勵金を與へられて居り、皮の収入共合計して少い月でも五、六十錢、多い月は百圓位になるのである。
野犬は何れも斯くの如く致しますが、お金持の家に飼はれた恵まれた犬等は死んだ後も多摩に犬の埋葬墓地がありまして、そこに埋葬されるのであります。
この墓地も多摩と板橋の志村と大泉の三ヶ所があり、何れも埋葬員が鄭重に埋葬し供養をしてゐる(※大泉動物霊園は火葬施設も保有していました)。
その供養料の如きも一頭について小さいのは一圓五十錢位から、大きいのになると五圓位迄あり、特別となると十圓位のもある。
春秋二季の彼岸には僧侶が丁寧に供養し、中には五十圓或は百圓もかけてミカゲ石の立派な墓をつくり、愛犬ジヨンの墓等と彫まれてゐるのもある。
殊に花柳界の方等は自分の子供や兄弟にでも別れたやうな氣持ちとなり、月一、二回は必ず自動車でお参りに來て、線香をあげてゐると云ふやうなことをしば〃聞いて居ります。
回答者 警視廳獸醫師 荒木芳蔵「?おたづね―おこたへ!」より