犬の展覧会は明治時代から開催されており、外見の比較からはじまり猟犬の訓練競技会、軍用犬候補審査会などへと発展していきました。

基本的な開催方針はどうだったのか、今回は展覧会の開催マニュアルをどうぞ

 

 

1.展覧會の種類

多數の犬を一つの會場に集めて展覧審査する會合のことを、現在では最も普通に展覧會と稱してゐますが、あながち展覧會に限つた事はなく、品評會、共進會とも云はれます。

たとへば全國畜犬共進會の類ですが、それではそれ等の名稱の間に、如何なる相違があるかと云ひますと、別に劃然たる區分がある譯ではありません。

たゞ慣例上かく云ふのに過ぎませんが、しかしどちらかと云へば展覧會は現代的の名稱、共進會は舊い傳統的のものであると云へます。即ち

 

展覧會

軍用犬展覧會、日本犬展覧會の如く、近年に生れた權威ある團體及び單一犬種の會の展覧會は一般に展覧會の名が使用されます。

そして展覧會と云へば審査も頗る嚴格に合理的に行はれ、出陳犬を幼犬、壮犬、未成犬、成犬と云つた風に生育の階級によつて、二乃至四階級に區分し、更に牡、牝を別々に審査して、賞位も一、二、三等とするのが普通です。

又シエパードなどでは獨逸の審査に傚つて、出犬全部を優(V)良(SG)可(G)不可(0)の四階級に分けて、その犬の出來を飼育者に注意することもあります。又日本犬では推奬犬の制度を設け優秀犬を推奬してゐます。

 

共進會、品評會

全國畜犬共進會の如く、この方は從來から行はれてゐる各犬種―獵犬も愛玩犬も使役犬も網羅した會が普通で、審査もごく點が甘く、優勝が總花的に振りまかれます。

賞位も名譽賞、優等賞、一等、二等、三等賞と區分されますが、出犬の過半に名譽賞、優等賞を授けらることが、稀らしくないのです。

 

觀賞會

これは審査を行はず觀賞する丈けの場合に普通使用されます。

 

同族會

或る一つの名犬の血を引いた犬丈け、又は同腹の兄弟のみを集めて觀賞、又は審査を行ふもので、一種の育成競技會とも云へます。

 

このほかに競技會と云ふものがあります。たとへば訓練競技會、獵野競技會の類で、一般展覧會も亦育成競技會の意味を多分に含んでゐるのです。

 

訓練競技會

シエパードの如く訓練犬の訓練の競技を行ふものです。

 

獵野競技會

これは獵犬の獵野に於ける獵藝の競技會で、近來この獵野競技會も盛んに行はれるやうになりました。

 

「犬の展覧會案内―展覧會に優勝虎の巻―」より

 

 

笹部君

私は今年の春、展覧會の有つた時でありますが、あの時は先づ四月一日にJSVの展覧會が東京に於て有つて、一日置いて三日にも帝國軍用犬協會の主催で開催されました。

所が其の場合の躰形審査とか或はトロツチング審査とか云ふ場合に於て、シエパード協會と軍用犬協會とは夫々各自の立場に於て見方が違つて居ると云ふ事を感じたのであります。

要するにKVの方とJSVとは夫々審査に當つて優劣の見方が全然違つて居ると云ふ譯であります。

あの時の展覧會を見まして我々業者としましても非常に参考となる材料を得ましたが、此れから考へまして矢張りチヤンピオンになる第一要素は結局ストロングヘルスとテンペラメントであると云ふ事を思ひました。

私共は始終色々の冊子に就て内地犬並に輸入犬の事等に付きまして色々研究調査をして居りますから大体の見當は解りますが、其の時の展覧會では審査當日に到りまして、私はポーランドのチヤンピオンと獨逸のチヤンピオンとの戰ひを見ました時に、初めて私共は軍用犬が非常に優秀なる成績を示すものであると云ふ事を知つた譯でありますが、然し乍ら今後に於きましては果して何れが良いか或は又惡いかと云ふ事は色々と研究調査の上、實績を見た上でなければ判然と解りませんけれど、要するに將來に於ても我々業者は余程研究を要する事であると思ひまして、其會歸阪に先ちて彼方此方と高見を叩いて研究をして歸つて來た様な譯であります。

そうして今年の春の展覧會に於て我々と致しましては實際に付て見ましたから確に参考となり大に得る所があつた様な譯で、此の點は非常に喜で居る次第であります。

 

夫れから其の後ミユーラー氏が特に獨逸から取り寄せて充分訓練の出來て居ると云ふ犬を見せて貰ひましたが、獨逸あたりではあゝ云ふ様に犬に對しての訓練が實に足つて居るかと云ふ事を知りまして、豫てから屢々然う云ふ事は聞いて居りましたが、此れを始めて實際に付て見まして、果して獨逸で訓練されたものは實に立派なものだと云ふ事を感じまして、非常に此の點は我々業者には参考になつたと思つて居ります。

此の事を私は最も感謝して大に喜んで居る様な譯であります。

將來に於ても我々は斯う云ふ様に時々實際に付て見まして感心した事を参考としまして大に研究努力をせねばならんと思つて居ります。

夫れから次に中畜の共進會を見ましたが、矢張り斯う云ふ場所で色々な犬を見較べて見ますと目も肥えて來ます。

それから大阪支部の主催で開催されました所の甲子園の展覧會の時には、参考犬が三十七、八頭位居つたかと云ふ事は判然存じませんけれど、私は此等を参考迄に見せて貰ひましたが、形は勿論其の他の事に付ても色々と参考になる事を聞き、特にボクサー、シユナウツエル等と色々な種類の犬を見せて貰つたが、此のボクサー等はあゝ云ふ様に訓練されて居るかと云ふ事を感じまして、我々業者としましても訓練の方法等其他改良すべき事が幾多もあると云ふ事を考へねばならんと思ひました。

 

夫れから又、日本で出來た犬でも斯様にして訓練が甘く出來れば決して輸入犬に劣らず相當の成績は擧げ得られる事と思ひますので、運賃、關税等の關係上輸入犬は相當高くなつて來ますので、徒らに高價なものを飼ふと云ふ事は此の點我々業者並に一般愛犬家も共に大に研究し考へなければならん事であると私は思ひます。

今年は戌の年でありまして、此の戌の年も最早余す所幾日もありませんが、一層我が犬界の爲めに御互に努力して、そうして來年に入りますと亥の年を迎へる事になりますが、而し矢張りそう云ふ感じを以て大に努力をしたいと考へて居ります。

實は本年度に於きまして去る九月二十一日の關西一帶風水害の爲めに我々業者も非常な憂き目に遭ひ、苦しい体驗を舐めて居る譯でありますが、我々は十二月に入りまして漸く活氣付きましたから、皆さんと共に此れを基礎として大に我が犬界の爲めに奮勵努力して向上發展を計る事に努め度いと存じます(拍手)。

 

日本ドッグ社「畜犬業者・昭和十年の犬界を見透す座談會」より

制作したのはニッタさんです。
 
当時のシェパード団体は帝国軍用犬協会と日本シェパード犬研究会くらいですが、松村氏がどちらの所属だったのかは不明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本が警察犬制度を採用したのは結構早く、明治43年に台湾総督府が、大正元年には警視庁も警察犬を配備しています。

しかし警視庁は「探偵犬無能」というマスコミからの批判を受け、大正8年度に警察犬制度を廃止。以降、内務省は関西方面に警察犬研究の場を移し、警察犬空白の時代が続きます。

日本犬界が青島系シェパードのことを「雑種」「タヌキ」「猛獣」と罵倒していた昭和初期、その青島犬界では警察犬を実用化し、より高度な麻薬探知犬(山東省へ入港する船舶の阿片取締り任務)へ進化させようとしていました。

「シェパードは作業犬である」というシュテファニッツの指導に従った青島犬界を、展覧会用の犬しか持たない周回遅れの日本犬界がバカにする。まさに島国根性が沁みついた井の中の蛙だったワケですね。

NSCが警察犬制度の復活を提唱したのは、ようやく満州事変の翌年になってからでした。

 

◆

 

傳令に捜索に警戒に襲撃格鬪に、軍用に有能なシエパードが警察犬として役立たない理由はない。

役い方が惡かつたのか、餘りその名稱―探偵犬等と云ふ―に始めから多くを期待し過ぎた爲めか、要するにその飼育訓練に専門的の研究を重ねて、使ふ方の忍耐強くあつたなら、必ず成功すると思ふ。

獨逸を始め、白耳義、伊太利、その他の諸國は勿論のこと、上海の工部局、青島、大連、滿洲各地の警察署ではすでに署として、或は警官個人として犬を飼ひ、巡邏に愛犬を曳き供して、護身とし、賊を追ふ場合に使用して屢々偉功を樹てゝ居る。

 

東京でも、郊外の寂しい場所を、夜半警官獨りでの巡邏は職業柄とは云へ、随分不氣味なものに相違ない。

暗夜の場合、良く潜伏犯人を發見し得やうし、その不審訊問等の場合、訓練してある愛犬が嚴然と、一瞬の隙なく、側に居たとしたら、どんなに心強いか。また訊問せらるゝ相手は、それが犯人である場合、どうすることも出來ないであらう。

 

當時の警察犬採用の主唱者は誰れで、どう云ふ研究をして、どこから犬を輸入し、その結果がどんなであつたのか。そして遂に止めねばならなくなったいきさつは何んであつたのか。

※警視庁萩原警部補の警察犬は、バフレー(英国から輸入したラフコリー)、リリー(英国から輸入したレトリバーの雜種)、スター(米国から輸入したグレート・デーン)などで構成され、科学的な鑑識システムがなかった当時に捜索能力を発揮できないまま廃止されました。

 

それは「犬を訓練する人」の訓練が不足であつた爲めが主な理由であつたとしても、その當時の所謂偉い人の認識の缺如、即ち食べず嫌ひの研究もせずして犬なんかと云ふ、天から之を馬鹿にしてかかつた氣持がやがてどうしても之を續けて行けなくなつたんぢやないかと推察しますが、我々同好者にとつて一昔前の、その當時の警察犬の歴史を聞くことが出來たとしたら、その興味は勿論、今後各地に於ける警察犬の採用とその後の發展に何等かの寄與をなし得ると思ひます。

 

依つて警視廳その當時を知る方々にその邊の消息を書いて頂いて、また現在警察關係の人々が、警察犬と云ふものをどう解釋して居らるゝか、種々な感想を伺ふこともあながち無意義なことでなからうと思ひます。

そう云ふ記事を始めとして、當倶樂部その他の諸權威の「現今外國に於ける警察犬の状況」とか、之が訓練法とか、日本の警察で之を採用するとして、その感想等、いろ〃書いて頂くつもりです。

ですから警察犬に對して何んでも御意見を有せらるゝ方々は、御遠慮なくどし〃御投稿下されば、豈我獨りのみの喜びならんやで、立派な内容の雜誌が出來ればメンバー一同の心よしとするところ。之によつて我シエパード犬に對する研究興味をより以上深くすることが出來たとしたら、それで會報の目的の一部は達せられた譯です。

遠隔の地に居られる方で御寄稿下さる場合、どうも日限がたりないとお申召される方は、一寸葉書一枚でお斷り下されば、三日や四日、首を長くしてお待ちしますから、ふるつて御投稿下さる様お願します。

 

日本シェパード倶楽部 津村福章(昭和7年)

すさまじい勢いでアクセスをかけては底引き網のように大量の記事を漁っていくbotをアメブロのカウンターが除外するようになったので、元の過疎状態に戻っております。しずかだ。

 

周囲の農地に次々と賃貸アパートが建ちはじめ、人口が減っている田舎なのに需要があるのか?と他人事ながら心配になる今日この頃。知り合いの観光業者も「ホテルが足りないから増設せねば」とか言っていますが、オフシーズンの客室回転をどうすんだよ。

 

猛暑もひと段落したので、身近な生き物がどうなっているかを巡回にでかけました。

メガソーラー開発事業者から見向きもされず、ミシシッピーアカミミガメやアライグマの勢力範囲からも外れたエリアには、ひっそりと生き残っている在来種がいるんですよね。

耕作放棄地や草生した廃道を越えていった先に、相変わらずニホンイシガメやイモリたちがわちゃわちゃ泳いでいるのを見てひと安心しました。渇水によりサンショウウオの繁殖地が幾つか干上がっていたものの、雨が降ればすぐに復活するでしょう。

過疎ゆえに救われているものもあるんですねえ。

 

ヤモリになりたかったイモリのイメージ図(たまにこんな感じで流木に登ってます)

湯川忠一

二十六日 伊藤藤一様

 

赤い夕陽の滿洲から第一信を御送り致します。

奉天に着て今日で丁度十五日目、時は日は眼まぐるしく經過致します。廣い廣い滿洲各地に散在して居る守備隊をアチラコチラと走り廻つて自分の仕事をして行かねばならぬ私、着任の翌日からもう滿洲の各地を餘程歩きました。然しまだ〃滿洲と言ふものが何んなものであるかさへ頭に這入りません。

然し確かに滿洲と言ふものについての認識が不足してゐたと申されませう。

と同時に内地の人々も實際今日の滿洲と言ふものについて、頗る研究が足りないのではないかと思はれます。

 

私は今、貴志大尉(※満州事変で戦死した板倉至大尉の後任ハンドラー、貴志重光大尉)と同宿して居ります。

故板倉少佐の居られた官舎で、然も私が起居して居る室は少佐の遺骸を寝かせてあつた室だとの事で御座いまして、誠に少佐とは因縁が深いのだなアと感心して居ります。せめて夢にでも少佐が一度訪れて來て呉れゝばと思つて居りますが、未だにその訪れもありません。

 

軍用犬は着任時既に一三〇頭近く集つて、下士、兵、犬の教育最中でした。翌々日から犬係將校を集合して教育を始めましたが、一同の眞摯な研究振りには全く感泣致した次第で御座います。

各地から百頭以上も急に犬が集つたもので御座いますから、色々な病氣が流行る。特に犬瘟熱(ジステンパ-)が多く發生しまして混沌なる状況。

毎日數十頭の犬の治療に少くとも四時間と言ふ時が費された譯でしたが、昨今漸く落ちつきまして、今では十數頭にまで減ずることを得ました。黄疸を呈するもの、頑強な眼症状を呈するもの、皮疹型に來るもの、肺炎型、腸炎型、各種各様で御座います。

 

愈々犬も第一線に立つて、この効果を認められる時が來たと思つて居ります。

昨日も電線を盗みに來た一支那人を發見、直に攻撃して之を半殺にするまでにして之を捕へることが出來ました。實に〃勇猛に働きをして呉れます。

犬によつて守備兵の援けられる事は頗る多う御座います。

 

●相馬安雄社長から藤村高軍曹へ寄贈されたレオ・フォン・インネンドルフ。小野康生氏が寄贈したダミー號は輸送途中に病死しました。

日本シェパード倶楽部が関東軍へ寄贈した犬は2~3頭程度で、大部分は青島シェパードドッグ倶楽部から調達されています。その重要性に反して青島犬界史が無視されるのは不思議ですね。

 

昨日藤村軍曹(※陸軍歩兵学校軍用犬研究班の藤村高曹長)が着任致しました。相馬さんから頂いたレオは中々元氣で御座いますが、小野さんから頂いた分は途中安東驛で斃死したそうです。

可愛そうに、早速埋葬しておきました。

長い間御世話になりまして早々御禮状も差上げたいと存じながら、つひ延び〃になりまして申譯も御座いません。會員の方々へも一々御禮状差上げたいと思つて居りますが、失禮致して居ります。

よろしく御傳へ下さいませ。

來月一日から洮南、泰來の方へ一寸行つて参る筈になつて居ります。

 

先は右まで、落ちつき次第又詳しく御報申上げ得ることも御座いませう。

尚藤村君も當分守備勤務の實情を知るまでは一般下士として服務し、その上で犬班に編入される様になるだらうと存じます。

 

日本シェパード倶楽部(昭和8年)