子どもの福祉としての養子縁組 | 環の会 -Motherly Network-      育ての親と養子として育った子どもたちからの声

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環の会で子どもを迎えた家族からの声をご紹介します。
※子どもの名前はすべて仮名です。

育て親希望の方が見る動画で横田さん(環の会前代表 故人)は言う。「特別養子縁組は子どもの福祉のためのものです」と。年々その言葉の意味が分かるようになってきた。

産みの親はどうして私たちを育てられなかったのかを考えた時、それは彼らが社会的弱者だったからと私は思う。

少し前なら大人であれば皆、子育てはできると思っていた。しかし、自分が大人になって自力で生活することの大変さを知った。そこに金銭的に苦しかったり、障害があったり、若年での妊娠であったりすれば、生活は更に苦しく大変なものだと思う。

つまり、特別養子縁組というものは比較的裕福な家庭で子どもを育てることで、様々な要因からなる貧困のスパイラルを止める役割があり、それが子どもの福祉なのだと私は思う。

 

私は中学生の時、偏食になり、揚げ物や麺、パンが一切食べられなくなった。

夜は眠れず、朝方寝て夕方起きる生活をしていた。高校生の時、ストレスで髪の毛が全部抜けた。全てに疲れ、何もせず、ずっと寝ていた。中学も高校も半不登校だった。社会人になっても、蕁麻疹や胃腸炎、頭痛など不調でない日の方が少ない。前からこんな自分は嫌だった。人は朝起きて学校に行き、部活をし、家に帰って宿題をして寝る。この普通の繰り返しが、私には全く出来なかった。

大人になって、私は遺伝的に自分の体が弱いことに気がついた。周りを見てみると、私の血の繋がらない姉弟たちも、体が強くなく仕事を続けることが難しかった。

私は思った。自分の出自をもう少し知れていたらと。私は特に思春期、普通になれない自分を責め、存在を否定した。それはとても苦しく悲しかった。

 

養子は皆思うことがあると思う。このどうしようもない性格や体の弱さはどこからきているのかと。私がもう少し出自について、産みの親について知れていたら、そういう性質を持っているからしょうがないと思えたかもしれない、もう少し物事をポジティブに捉えられたかもしれないと。

今ようやく子どもの出自を知る権利の大切さが謳われるようになってきた。隠すことで守られる体裁もあるだろう。

しかし、これから養子の出自を知る権利、子どもの福祉が守られるような制度が多くうまれ、ありのままの自分を素直に愛せる子が増えていったらいいなと思う。