春だねえ。


僕には別に春は来てないけど。


でも、なんだか穏やかな気分になるねえ。


あとなんか、ウズウズしてくるよねえ。


目とか鼻とかが。


ああぁ、彼女と「飛行機雲だよ!」とか「試合頑張ってね!」とかいうメールしてえぇ。


まあでも、そんな欲求不満も春の匂いが吹き飛ばしてくれるよねえ。


幸せって、なんだろうねえ。


春だねえ。
例のティッシュ配りのバイトなんですが、一度シフトで一緒だった人と再会したことはまだほとんどないのに、なぜか以前お伝えした駄目な子(三十代)とは毎回会います。

今のところ、遭遇率100%です。

なんで?

気持ち悪いんですけど。

もう見たくないんですけど。

なんかバイト内でも有名らしいです。

チームに好みの娘がいると必死で連絡先を聞き出すらしいです。

そんで少し仲良くなったりすると、プレゼントとかを渡して必死で貢ぎまくるらしいです。

そんで勝手に彼女扱いし始めるらしいです。

貢ぎすぎるせいでバイト毎日入ってるのにいつも金欠らしいです。

そういう必死さが有名らしいです。

はっきり言わせてもらいます。

気持ち悪いです。



昨日ティッシュを配っていたら、高校時代の歴史教師アオノ先生を目撃しました。

アオノの都市「アオニア」の建設を夢見るピーターパンおじさんです。

でも、ティッシュはもらってくれませんでした。

僕はアオノ先生を尊敬しているので、是非とも僕のまごころのこもったティッシュを差し上げたかったのですが、残念です。

アオノ先生は、あの頃よりも少し歳を取られたように思いました。



ところで昨日のティッシュ配り現場には常に長蛇の列を成している鯛焼き屋さんがありました。

僕はティッシュを配りながらその鯛焼き屋さんが気になって仕方がありませんでした。

さぞかしおいしいんだろうなあ。

行列が途絶えないもんなあ。

もしかしたらこのバイトが終わる頃にはすいてくるかもしれないなあ。

ようし、食べよう。

バイト終わったら食べよう。

たとえ並んででも食べよう。

どんなにおいしいお店とかためになる法律相談所であっても、基本的に行列には並びたくない僕ではありますが、4時間に亘るティッシュ配りの間その鯛焼き屋さんのことばかりを考えていたので、僕はどうしてもその鯛焼きが食べたくなったのです。

僕はその鯛焼きに、退屈なティッシュ配りの中の一筋の光明を見いだしたのです。

僕は、鯛焼きのえもいわれぬような美味を想像してわくわくしていました。

しかし、駅に辿り着けば電車は僕を置いて出発し、横断歩道に差し掛かれば信号はいつも赤に変わってしまうものです。

そう。

あともう一息と思われたバイト終業の30分前に、その鯛焼き屋さんは見事鯛焼きを完売し、シャッターを下ろしてしまったのでした。

その時の残念さと言ったらありません。

4時間かけて大事に育てた僕の鯛焼きへの憧れは、あと一歩のところで無惨にも踏み潰されたのです。

思えば、僕はどうしてこんなに鯛焼きに縁がないのでしょうか。

以前、このブログにも書かせて頂いた面影橋の近くの鯛焼き屋さんには、僕はその後二度に亘り、すなわち計三度鯛焼きを買い求めに行っているのですが、最初は臨時休業、二度目は送別会に遅刻しそうになったので途中で挫折、三度目はこれも完売だったのでした。

これは天意でしょうか。

大いなる意思が僕に鯛焼きを食うなと告げているのでしょうか。

…いや、まあいいんですけどね、鯛焼きくらい。

でもね、逃がした魚は大きいという言葉もあるでしょう。

得られなかったものや、失ったものほど、なんとも愛おしく見えるものですよ。

だからね、なんだかね、鯛焼きが食べたいんですよ。

いや、どうでもいい話なんですけどね。
卒部旅行が終わった。

三泊四日の北海道旅行。

多くを語る必要はなかろう。

仲間と酒とは、本当によいものよ。
下の親知らずを抜かなければならない。

前々から矯正歯科の先生に言われていたことなのだが、そろそろほんとに抜かなければならない。

僕は、ちっちゃい頃歯並びが悪くて、放っておくと成長期と共に猪木ばりのしゃくれになってしまうという危険があった。

そのため、爾来何年にも亘って歯列の矯正治療を受けてきたという経緯がある。

現在も補定装置と言われる入れ歯的器具を付けているが、お蔭様を以て歯並びは現在ではかなり矯正されている。

しかし、下の親知らずの野郎共が何を血迷ったのか完全に横向きに埋まっていて、こいつが生えてこようとすると奥歯を押してしまい、せっかく並んだ歯列を崩してしまうというのである。

そのようなわけで、僕は下の親知らずを抜かなければならないのである。

昨日、その検査のために歯医者に行ってレントゲンやらなんやらを撮影した。

すると、状況は思っていたより面倒極まる事態になっているということが判明した。

なんかその親知らず共は横向きに埋まってる上に骨に埋まっているため、抜く場合にはハグキをざっくり切開し、骨を削り、親知らずを細かくカチ割りながら抜いていくことになるのだという。

なにそれ。工事?

おまけに運の悪いことに僕の親知らず共のとても近くに神経が通っており、抜歯の際にその神経を圧迫したりすると、術後アゴのあたりに麻痺が残ったりするのだそうな。

なにそれ。後遺症のこるってなにそれ。

そんな困難極まる抜歯術になるため、担当は院長先生か外科医しかやれないんだそうな。

なにそれ。歯医者で「困難」ってなにそれ。


もう「親知らず」という名前とか生えてる位置とか、存在自体が嫌い。

「もう親知らずというか、うんこです。」といつもなら言うところだ。

でもうんこが口の中にあるというのも嫌なので、今回はやめておこう。


なに?なんなの?

大人になってから生えてくるその中途半端さなんなの?
他の歯が頑張って生えてきてるときに全然出てこないその協調性のなさなんなの?
あとそんな奥で食べ物噛まないからね?そんな食道の直前で噛んでたらなんかまだ飲み込みたくないときに飲んじゃったりするからね?なんなの?
あと「親知らず」って名前なんなの?なに迷惑な存在なくせにちょっと特別な名前ついてんの?謝れ!お前らより役に立ってる他の奥歯の皆さんに謝れ!


あーもう。
自分の身体の一部に危害を加えられるのほどもどかしいこともない。

僕は以前、足の爪が巻いて自分の足の指に食い込んで痛くなる「巻き爪」という病に悩まされたことがある。これはつらかった。

僕のこれまでの人生史上もっとも痛かった経験は、この巻き爪によるものだ。

僕の巻き爪治療の先生は、麻酔もせずにその巻き爪付近を素手でむしり取ったりするバラし屋ジョネスみたいな人だったので、そのときの苦痛は言語に絶するものがある。

痛みで全身から汗が吹きでるという経験は、後にも先にもバラし屋の手にかかったときだけだ。


まあ、そんなジョネスばなしはともかく、僕は自分の身体の一部に攻撃をされることが多い。

怒りを誰にぶつけていいのかもわからず、もっともストレスが溜まることの一つであることは間違いない。

てかこの場合俺が悪いの?どうなの?親知らずって俺なの?巻き爪って俺なの?つまり自傷の一種という扱いなの?どうなの?

まあいいや。なんでもいいや。

それにしても、明日から卒部旅行である。

荷造りしなきゃ。

寝坊しないようにしなきゃ。

5時起きだもの。
昨日のバイトについて、一つ書き残したことがある。

とてつもない美人女子高生の話だ。

昨日の夕方のほうのバイトには、すげえ美人の女子高生が二人、友達同士で参加していた。

特にそのうちの一人は、僕がひそかに好きな女優である国分佐智子と松下奈緒を足して2で割ったような凄まじき美人である。

その国分奈緒のほうと、思いがけず妙に仲良くなったというおいしくておいしくて仕方がない話である。ふっふっふ。

僕は女の子に対しては敗北の経験しか持ち合わせていないので、美人がいても仲良くなりたいなあとはあまり思わない。

おまけに朝の仕事で例の駄目な子(おっさん)の女への必死さに完全に萎えていたため、誰とも喋りたくねえよ、特に女は話しかけるんじゃねえ。俺はあいつとは同じにならねえぞ。ばあかばあか。

という謎のテンションであった。

それゆえ、なぜその松下佐智子と話をすることになったのかは謎である。

しかし、結果的に僕はその娘と仲良くなったのだ。ぐへへ。

僕はなぜか、その国下佐緒子の身の上話みたいなのを聞かされることになった。

彼女は絵がとても上手で、美大に行きたいとも考えていたが附属高校からエスカレーターで某大学に進学するという高三で卒業間近の才女である。

しかし、その美貌とは裏腹に、彼女は中高といじめにあい、暗黒の青春を過ごしたという。

僕はそんなこんなで、彼女の悩みや愚痴を聞きつつ、美女と語らう楽しい時間を過ごさせてもらったのだった。いやあ、満腹。


だが、異変は帰りに起きた。

僕はバイトでの馴れ合いに異を唱える論客であるので、己の信念に従い仕事が終わるとさっさと一人で帰るのを常としている。

しかし昨日は、僕が帰ろうとした時にその松分奈智とその友達の茶髪美人が寄ってきて、一緒に帰りましょう的なムードになったのだった。

まさかモテ期なのか。
待ちに待ったモテ期到来なのか。
人生で二度か三度しかないモテ期という名の甘い日々が、ついに僕にも訪れたのか。

僕は、美女二人と駅までの道のりをうへうへ言いながら帰ることとなったのである。うへうへ。

聞くと国下さんと茶髪さんは、いずれも僕とは違う路線であった。

それゆえ僕は、まあ駅の改札あたりで無難に「んじゃお疲れ様でした!」とか言って互いに別れ、後で奈智子さんとの甘い時間を思い出して悦にでも入ろう。いやあ今日は大収穫であったなあ。とか考えていたのである。

しかし、突然、非常に不自然な形で、茶髪さんの方が「あっ、わたしちょっと待ち合わせがあるんで、もう行きますから!」とどっかに行ってしまったのである。

あれ?と思っていると、二人きりになった奈智子さんのほうは僕に肩が触れ合うか触れ合わぬかくらいなポジションに近付いて歩き始めた。

次第に、僕は異変におののき始める。

「国下さんは、××線だっけ?」と僕が尋ねると、奈智子さんは「えーと、ちょっとよくわかんなくなって来たんですけど…(笑)」とか微妙な返答をする。

完全になんか妙な雰囲気である。

ちょっと奈智子さんの顔とか雰囲気ももじもじした感じになってるし、これは妙だ。


僕は直感した。

これは罠だ…!
何らかの罠に僕は陥れられようとしている。

基本的に女に対しては負け犬根性の塊であるところの僕は、美女の誠意については大いに懐疑的である。

普通の男なら、ここでどっか喫茶店に誘ったり、連絡先を聞いたりするコースだ。
だが俺をその辺の男と一緒にするんじゃねえぞ。

考えてみれば、妙ではないか。

こんな世にも稀な美女がいじめられてただと?
美人な上に性格も明るいのに?
おかしいじゃないか。
それじゃあもう一人の美女はなんなんだよ。
美女二人していじめられてたとでも言うのか?

こんな美人が「だから今まで恋愛とか全然してないんですよ」なんて状況になるか?
共学なのに?これまで10年間以上ずっと共学の絶世の美女が、そんな状況になるか?

否、ならぬ。

これはおかしい。

間違いねえ。これは罠だ。罠に違いない。ツツモタセの類かもしれん。

これで喫茶店とかに行こうものなら、ヤンキーどもが乗り込んできて「ワシの女(タレ)になにしとんじゃワレ」とか言ってボコされて脅されてせっかく稼いだ金をふんだくられるに違いない。そうに決まってる。

茶髪美人のほうは、ヤンキー共と奈智子の間の連絡係というわけだ。
つまり、喫茶店に入った時点で茶髪美人がコワモテ共を呼んで乗り込んでくるのだ。

間違いない。

そうかいそうかい。
そうやって俺の誠意を踏みにじるつもりか。
お見通しなんだよ。ふざけやがって。俺がそう簡単に女を信じると思うのか。

前日に松本清長のドラマで、健気な女の皮を被ったとてつもない悪女に人生を狂わされる弁護士の話を見ていたこともあって、僕の脳内の議論は見事にその結論に着地した。

まあ要は、僕はいつの間にか女性不信の境地にまでいたっていたというわけだ。


結論に達すると同時に、僕はさっさと改札に向かい、別れの言葉を述べた。

弓手師「またお会いすることがあるかどうかわかりませんが、今日はありがとうございました。」(原文ママ)

奈智子「あの、弓手師さんは次いつ入れてますか?」(「弓手師」は原文では本名)

弓手師「それあまだなんにも決めておりやせん。明日どうなるのかもわからぬ我が身にござんす。ま、風の吹くまま気の向くままでさあ。」(原文意訳)

奈智子「あ…それじゃ、また会ったときは」(原文ママ)

弓手師「そうですね。お疲れ様でした!失礼します。」(原文ママ)


昨日は、そんな興味深い体験もしたのであった。

濃い一日だ。

常苦会の大カラオケ大会に参加できなかっただけの見返りはあったやもしれぬ。

にしても、すんげえ美人であったなあ。
マキァウ゛ェリ的知性仮説によれば、他者の心理を読み取ろうとしたことが人間の知性のはじまりであるという。

そのため、人間は相手が何を考えているのかを想像する能力に長けていると言われている。

その能力のうちの一つに、視線方向の確定が挙げられる。

すなわち、他者が何を見ているかを察知する能力だ。

視線というものは、瞳がどこを向いているかということの視認によって判断されるものであるが、人間というのは、かなり遠くにいる人でも、その人がどこを見ているのかを察知することができる。

それはつまり、遠くの人の目の中の白目と黒目のバランスという非常に微妙なものによってそれを判断しているということだ。

これは考えてみるとすごいことであるような気がする。

なぜ視線方向にそんなに敏感になる必要があったか。

それは、視線というものはその人が何を欲しているかということを率直に示すものであるからだ。

知能の高い猿はバナナを見つけても、近くに自分より強い猿がいるとそれに気付かぬふりをするという。

つまり、その状況でバナナに飛びつけば、強い猿に奪われてしまうと考えるからだ。すなわちこの猿は、強い猿が何を考えるかということを推測し、またバナナに視線をやれば強い猿にそれを気付かれてしまうということを知っているのである。

これが、マキァウ゛ェリ的知性仮説の根拠とされる事例の一つである。


それに付随して、僕も今日ティッシュを配っていて気付いたことがある。

相手の目を見てティッシュを配ると、もらってくれる率がアップする気がする。

特に女性。

男は目を見ていようといなかろうと欲しければもらうし欲しくなければもらわないという傾向が強い気がするが、女性はそうではないように感じた。

目を見て話しかけながら渡すと、なんかもらってくれるのだ。(まあそんな気がするだけかもしれないけど)

いや、厳密に言うとティッシュ欲しい人は目とか関係なくもらってくれるけど、目を見て渡すとほぼ興味なさそうな顔してた人がもらってくれるのである。そしてその目を見たおかげでもらってくれたという感じの人が、男より女のほうが多いように思われたのである。

このことから感じたのは、女性というのは男性よりもコミュニケーションを重視する生き物なのかもしれない、ということだ。

より発展的に言えば、女性のほうが視線方向の確定に長けているのかもしれない。

これは、一般に言われる男性の目的重視の指向性と女性の経緯重視の指向性にも合致するところがあるだろう。

考えてみると、男ってそんなにコミュニケーション関係なく女を好きになって、近付くための手段としてコミュニケーションを利用する気がするけど、女は男に一目惚れするというよりもコミュニケーションの中で男を好きになる傾向が強い気がする。
つまり、好きになった女性を獲得するツールとしてのコミュニケーションと、好きになるためのツールとしてのコミュニケーションという感じの違いがある気がするのだ。

まあ、男だとか女だとか一概には言えないとは思うけどね。こんなカテゴライズでは本質は見抜けないんじゃないかとは思うけどね。

というか僕は男女について詳しいことはさっぱりわからんような人生を歩んできてるので、「気がする」以上のことは到底言えぬ悲しき死なない蛸に過ぎぬのだがね。


他者の心を理解しようとする指向性。それに伴う視線方向の確定。

いずれにせよ、他者の心理を理解しようとして人の知能が発達したというのは、確かに頷ける話だと思う。よしんば頷けなかったとしても、面白い話だ。

しかし、そんな人間でありながら人の気持ちがさっぱりわからないのが、所謂「駄目な子」である。

まあ僕も女心に類する人の気持ちはさっぱりわからない男だが、駄目な子のそれは次元を異にするレベルなのだ。

もうほんと。喋ってみればわかると思う。その駄目さ。てかみんなも長い人生の中で何度かそういうやつに遭遇してると思う。

昨日の日記にも書いたように今のバイトにも駄目な子がいるのだが、その駄目な子(30半ば)と同じシフトに入れられる日が多くてほんと嫌だ。んもうほんと嫌だ。なんでスタッフ5000人いるはずなのにこんなに一緒になんの?おかしいでしょ。絶対スタッフ数サバ読んでるでしょ。

昨日、渋る女の子に無理矢理バイトを入れさせていたその駄目な子(おっさん)であるが、今日は電話でそのバイト(女の子限定)に「ADとかでなんとか入れてよ。」と自分も無理矢理入ろうとしていて、本格的に気持ち悪かった。

こういう人はなんなんだろう。マキァウ゛ェリ的知性仮説を無視して進化してきた別の人種なのだろうか。あるいはマキァウ゛ェリ的知性仮説が誤りなのだろうか。

今日は、同じシフトに初めてチャラくもなく可愛い女の子がいた。

うぉぉ、ティッシュ配りにもこんな素敵な娘が!!と駄目ではないにしても残念な子ではある僕は一瞬テンションを向上させる。

しかし例の駄目な子(しかもおっさん)が再び必死な感じになり、「そういえば××さんはこの後夕方の仕事も俺と一緒なんだよね?今から俺どっかで時間潰してから行くけど、一緒に行ったりしないすか?」と完全に気持ち悪い状態になった。

僕はそれを見て女を得るために必死になる姿のあまりの惨めさに戦慄し、完全に興ざめしたので、仕事後に駅までシフトメンバーみんなで一緒に帰る空気を無視して「お疲れ様でした!失礼しまーす。」と離脱した。

ほんとは僕も夕方に彼らと同じ勤務地の仕事が入っていたが、「あ、夕方入ってますけどどこか忘れました。」とぬけぬけと嘘を吐いて離脱した。

ちなみにその駄目な子(おっさんなのにもかかわらず)はその可愛い娘に「あ、でもちょっとわたし用事があるんで…」というあからさまな嘘であっさりフラれていた。

あー気持ち悪い気持ち悪い。


ところで、先の視線方向の確定に関連して僕は閃いた。

僕が女の子とこんなにも上手くいかないのは、視線に大きな原因があるのでは、と。

僕は概ね人間が苦手な上に、女の子がより苦手で、初対面の人間がもっと苦手で、そして初対面の女の子が最も苦手である。

そのため、僕は初対面の人間と目が合いにくい。
また概して女の子とも合いにくい。少なくともその人を異性だと意識しているうちはかなり目が合わない。
初対面の女の子となると、テーブルで向かいあってでもいない限りほぼ目は合わないと言っても過言ではない。

だからじゃないか?ということだ。

僕が初対面の人間と仲良くなるのに時間がかかり、女の子とは友達になるまでに数年かかるのはそのためではないか。

よく、寡黙なのにモテる男がいるが、そういう人は目ヂカラでモテているんじゃないか。

てか友達になるのに数年かかるんじゃ、ほんとに胸を張って彼女と言えるくらいお互いにわかりあった彼女ができるころには、僕はじじいではないのか。

あー、もうなんか、この話考えるのやめよ。虚しいわ。こんなことを考えている自分が情けなく恥ずかしくみっともなく鼻血の出る思いだわ。

まあとにかく、言いたいのは眼ヂカラが大切ってことですよ。

いや、というか彼女が欲しいってことですよ。
朝になると、雪は止んでいた。

積もってもいない。

興もなくただ寒いのであれば、それは単なる苦痛である。

しかも、途中から雨も降り始めた。雨は楽しくもない上に欝陶しいので、より悪い。しかも最後のほうドシャ降り。

家の中にいる時に雨が降るのならば、雨音の調べに耳を傾けるような余裕も生まれてこようが、外でティッシュ配りをしなきゃいけないのに雨というのは、もはやうんことしか言いようがない。

それにしても、まだこのティッシュ配りバイト(プロ用語的にはサンプリングね、サンプリング。)を始めて二日しか経っていない僕であるが、今のところチャラい奴と駄目な子の2パターンの人種にしか出会っていないのはどういうことだろうか。

いや、まあ引退してからというものチャラ男街道をひた走っている僕ではあるが、僕のチャラさなどおよびもつかぬ程のチャラさを醸し出す奴ばかりなのだ。男女問わず。

なんですか?ここは。ガラパゴスですか?ガラパゴスなんですか?

稀にチャラくない奴がいたと思えば、そいつは中学校の頃クラスに数人はいた周りが嫌がってるの気付かずに自分の自慢話しまくっちゃったりする駄目な子である。男女問わず。

なんですか?ここは。異界ですか?異界じゃないなら誰か彼らを異界送りしちゃってくれませんか?

僕は、チャラ軍団のすぐに馴れ合おうとするタメ口的風潮に迎合することなく一人敬語を貫いて孤高の紳士と化し、駄目な子のほんとにつまらない話にみんなが爆笑する中、一人だけピクリとも笑わない峻厳たるひとりM-1審査員の様相を呈したのであった。

だが最も救えないのは、チャラいおっさんと駄目なおっさんである。

明らかに30半ばなのに、その髪型はない。その髪の色はない。その喋り方はない。その不真面目さはない。「そろそろ終わりじゃね?まだやんの?うぜー。」とかない。あってはならない。残念過ぎる。

明らかに30半ばなのに、チャラいながらもかわいめの女子大生と喋りたいがために自分のアドバイスの実行を強要するその必死さはない。「焼肉屋じゃ五万くらいしか稼げないっしょ?だからこのバイトのほうがいいって。これやんなよ。ほら、今電話しなよ。紙とペン貸すから。」とかない。あってはならない。駄目な子過ぎる。

ああー、いやだー。こんな世界いやだー。ザナルカンドに帰りたいよー。

でも明日も朝から晩までティッシュ配り。

そのおかげで、かねてより企画されていたナベ君、サカス先生、ヲカ女史との大カラオケ大会にも参加できなくなった。

「明日開催」というメールがヲカ女史から来たとき、僕は万感の想いを胸にこう返信したのだ。

「俺の屍を越えて行け」

つまり、僕は彼等の楽しきカラオケ大会のための大いなる犠牲として誇らしく散るのである。

パパスですか?パパスなんですか?ビアンカとフローラ選べる立場って、主人公うらやまし過ぎませんか?

うらやまし過ぎます。

以上です。
僕が屋外でのアルバイトをやると雪が降るという伝説は本当の話だ。

今日は、某所でティッシュ配りのアルバイトであった。

かつて、郵便局の配達バイトの時に二日連続で何年かぶりの大雪に見舞われて風邪をひき、39度の熱を出しながら見事に配達物を配りきったという伝説を残した僕であるが、それ以来となる久々の屋外でのアルバイトである。

今日、雪が降り出したのは、仕事も終わりに近い午後8時頃であった。

僕は鼻で笑った。

ふふん、やはりな。
やはり俺が外でバイトをするときは雪が降るというわけだ。
なんとも趣深い話ではないか!

まあ今日は前回のような何年かぶりの大雪ではなかったし、その雪の中を雨合羽を着込んで自転車で疾走する必要もなかったし、その上勤務時間も終わりのころだったのでよかったのだが。

女子諸君。
ホワイトクリスマスを望むなら、僕と屋外でデイトをすれば間違いないですよ。

まあだが、寒かった。いずれにしても寒かった。雪のあるなしにかかわらず寒い。寒すぎ。ユニフォームのジャケット薄すぎ。人通らなすぎ。寒すぎ。身も心も寒すぎ。

あまりに寒かったので、帰りに自販で普段は見向きもせぬおしるこを買ってしまったほどであった。

ちなみに、「大納言しるこ」という、時代が時代なら華族しか飲むことが許されなかったであろうそのおしるこは、しかし、その名とは裏腹に家庭的なふつーのしるこであった。その上おもちも入っていない。

豪奢なイメージのあるお公家様がこんな質朴なおしるこを飲んでいただなんて…。餅も入っていないおしるこを飲んでいただなんて…。

僕は、大納言に大いに親しみをおぼえたのであった。

それにしても、ティッシュ配りをやってみて、初めてわかった。

たとえノルマがなくたって、自分が差し出したティッシュをもらってくれると嬉しいものなのだなあということを。

おまけに声をかけたりしてくれる人がいたりすれば、なんだか救われた気分になるのだなあということを。

今日は、美人のおねいさんがティッシュを差し出す僕に向かって「お疲れ様。」と声をかけてくれて昇天しそうになった。

これから何かを配る仕事をしている人に出会ったら、それがどんなゴミでも受け取ることにしようと思った。

もしそれがいらないものだったら、もらったあとでこっそり捨てようと思った。

そんなこんなで、アルバイトをしています。

明日も朝から晩までクーポンやらティッシュやら配っているので、近くに来る用事のある人は是非僕からクーポンやらティッシュやらをもらってやって下さいね。


それにしても。

わあい、雪だ雪だ!

わあい、つもれつもれー!!
OBになったら、絶対弓道部にはパラサイトしない。

現役には迷惑をかけない。

こちらからは彼等に何も強要せず、ただ彼等の武運を祈り、でも請われれば資金援助を惜しまぬような、そんな素敵なOBになろう。

そう決めていたので、卒部してからはもう部活の道場には寄り付かない決心をしていた。

そう公言してもいた。

しかし、送別会後、運の悪いことに地元の道場が工事のため使えなくなった。

素引きとゴム弓で我慢する日々。

せっかく自分の弓を購入したのに、愛でることしかできぬ日々。

僕は、ついに我慢ができなくなった。

そうだ。第二道場はいま春合宿やらなんやらでだれもいないに違いない。
おまけに僕はまだ学部を卒業したわけではないから、大学的にも僕が道場に入るのは問題にならない。

ならば、こっそり行って引いても誰にも迷惑はかからないだろう。

むしろカラカラに乾燥しているに違いないあづちに水をやり、後輩達の役に立つくらいじゃないか!

誰にも知られない内に善行を施すだなんて、これこそまさしく陰徳を積む行いだよね!

ようし、行っちゃお行っちゃお。こっそり行っちゃお。

と思って第二道場に向かってこっそり馬場歩きをしていたら、思いがけず現二女、内キャッスルさんに遭遇した。

そんでそのインサイドオブザキャッスルさんと馬場歩きをしていたら、今度は現副務のチャミスル☆さとこさんにお会いした。

さらに彼等と別れたあと、駄目押しで前女子主務のアローフィールドさんとエンカウントした。まあ彼女はすでにOGだが。

何これ。

なに今日。

こっそりどころか今日部員とのエンカウント率異常に高いんだけど。

いつも部員に会うどころか、知り合いに会うことすらもなく一人なのに。

なぜ今日に限って?

まあ、あれですよね。

寂しいときには誰もいないのが世の常ですからね。

まあそんなわけで、こっそり第二で引くつもりだったのだが、あっさりばれてしまった。

ばれちゃったので、もうみんなに言っちゃえと思い、その無念をブログに刻み付けることにした。

でもよくよく考えてみると、問題はないと思うんだけど、やはりすでに引退したOBが道場を一人で使うという状況は、弓道部的にはグレーゾーンな気もするので、もうしません。

ほんとすいませんでした。ごめんなさい。でも、我慢できなかったんです。


新弓の引き味は悪くなかったのだが、己の腕の鈍りをひしひしと感じた一日であった。

ちなみに、キャンパスにはすでに桜が咲いていた。

どうやら、満開もそう遠くはないようだ。

きっと今年も、神田川沿いとか無茶苦茶きれいになるだろうな。

あああ、彼女とお花見しながらお散歩というあまぁい気分を味わいたいものよの。

四月には、僕はもう東京にいるかどうかもわからぬ身の上。

もしも東京を去ることになるのなら、僕が避遠の地に旅立つ前に、東京の桜が咲き乱れる様を目にしておきたいものだ。

桜花よ、早く満開となれ。
わあい、雪だ雪だー!





ついに雪が降ったぞう!!





わあい!つもれつもれー!