やることねえ。

土日は社会人のオアシスだけどやることねえ。

お散歩するしかねえ。

昨日も日が暮れるまでお散歩してた。

でも日が暮れて帰宅したらやることなくてずっと素引きしてた。

なにこれ、やることねえ。

土日やることねえ。
僕が常時ひげづらだとか思わないで下さいよ。

ただお休みの日は剃らないだけなのです。

仕事の日には毎日剃らなきゃならないので、その反動なのです。

お休みの日くらいのびのびしたいし、させてあげたいのです。

ひげにも。

だから伸ばし放題なのです。

伸び伸びさせ放題なのです。

でも遠的大会の応援に行った日は、ちゃんと頬っぺた髭は剃って行ったのですよ。

試合の応援に行くのに、ほんとのほったらかしヒゲで行ったら失礼だと思ったからです。

皆さん、ちゃんと気付いてましたか?

まあ、どうでもいいんですけどね。

というか、どうでもよすぎてしょうがないですよね。

でも今、そんくらいしか僕のアピールポイントないんで。
たしか昨日の帰りの段階でSuicaの残高が70円くらいになってて。

でも遅刻しそうだったからとりあえず一番安い切符を買って電車に乗りました。

あとで精算すればいーやと思ったからです。

でも、電車の中でお財布を改めて開いてみたら、驚いたことにきれいに1円しか入っていませんでした。


…。こ、このままでは改札を出られぬ…。


電車の中で僕は一人テンパりました。顔は平静を装いつつもテンパりました。

そして、これはもう駅員さんに懇願するしかないと覚悟しました。


弓手師「…あのー、お金がなくて精算できないんですけど、お金をおろしてきてはいけませんでしょうか?」

駅員さん「いや~、それはちょっと…なにか身分を証明するものありますか?」

弓手師「あ、免許証があります。」

駅員さん「では、今日の何時頃支払いにきてもらえますか?」

弓手師「あ、えーと、では6時頃に。」

駅員さん「では、引き継いでおきますので18時頃忘れずお支払いに来て下さい。」

弓手師「あ、ありがとうございます!!すみません、ご迷惑をおかけします!!本当にありがとうございます!!失礼します!!」


僕は駅員さんのフレキシブルな対応に心の底から感謝をしながら改札を出ました。

しかし、いずれにせよこのままでは次の電車に乗ることができません。

つまり、どこかでATMを見つけてお金をおろさなければならないのです。

しかし、ここは横浜。

いまだかつて僕が迷わなかったためしのないラビリンスです。

しかも遅刻までのタイムリミットは10分。

すなわち、僕はその10分の間にコンビニを見つけ、お金をおろし、駅に戻り、Suicaにお金をチャージし、改札を通ってホームに上がらなければならないのです。

駅ナカですら迷うほど広いこの横浜で、たった10分の間にそんな多くのことをやってのけるのは神業であるように僕には思われました。

けれど、やるしかありません。
新入社員が遅刻するなんて、あってはならないことだからです。


近くにいたおまわりさんに道を尋ねると、コンビニは思いのほか遠いということがわかりました。

なんで大きな駅というのはたいていコンビニが近くにないのでしょうか。良識を疑います。

そんなわけで、僕はコンビニまでの道のりを全速力で走ることにしました。

メガネをガタガタ揺らしながら全速力で横浜西口を走り抜ける僕を見て、人々は恐怖したに違いありません。

なにしろ僕は店頭応援のため紺のポロシャツを白いチノパンにビッチリ全入れしたオジサマスタイルで、右手にはビジネスバッグを持ち、豚インフル対策のためウイルスを99%除去するがっつり系のマスクを装着していたのです。

そんないでたちの人がまじ走りしてたら、僕だったら必ず道を譲ります。かかわりあいになりたくないからです。


しかし、そんななりふりかまわぬ全速力の結果、奇跡は起きました。

なんと僕は余裕を3分も残して改札に辿り着いたのです。


いやあ、やっぱり努力は報われるよね。

結果に辿り着いたときにこそ自分がそれまで辿ってきた道のりを努力だったんだと思えるというかなんというか、そんな気がするよね。

ゴールに立ってはじめて、自分が辿ってきた道のりを振り返ることができるわけだし、全速力で走ってるときに「ああ、俺いま努力してるなあ」なんて思ってる人はいないよね。

やり遂げた今だからこそ思うんだよね。

ああ、あのメガネをガタガタ言わせて走ってたとき、俺、頑張ってたんだなあ、って。

とんフル対策のマスクのせいで呼吸がしにくくて酸欠になるかと思ったけど、諦めないで走ってよかったなあ、ってね。


3分も余裕を残した僕は、Suicaをチャージすべく悠々と券売機にカードを入れました。





「Suica残額700円」





……え?あれ?

なんでこんなに残額あんの?え?なにこれ。
あれ?昨日ななじゅ…あれ?うそ。あれ?





……。





なんということでしょう。

そう。全ては茶番だったのです。

電車の中で一人テンパったことも、駅員さんにフレキシブルな対応をしてもらったことも。
おまわりさんに道を尋ねたことも、全速力でコンビニと駅の間を走り抜いたことも。
タイムリミットまで3分も余裕を残して駅に着いたことも、自分の歩んだ道のりを振り返って悦に入ったことも。

なにもかも、そう、なにもかもが無意味な独り遊びだったのです。

これを虚無と言わずして、なんと言うのでしょうか。

でも、もうわかりました。

僕は道化。僕はピエロ。虚無で笑いを買うピエロ。

いいのです。もういいのです。

あなたが笑って下されば、それでいいのです。
たとえ初対面でも、同期には強いてタメ口をきくことにより、お互いの距離を飛躍的に縮めることができる。

そんな人見知りとは思えぬ高等技術を身につけたわたくし、ジーゲスゾイレ。


弓手師「ちなみに、部活は何部だったの?」

同期女子「あ、私はボート部。」

弓手師「へえ~ボート部かあ。あーでもボートっぽいね。」

同期女子「え?どの辺が?」

弓手師「えーと、ガタイとか。」

同期女子「…でも私マネージャーだったからボートには乗ってないの。」

弓手師「…。あ、そうなんだ。」


















飛躍的に縮めた距離が劇的に開いていった。
社会に出てまだ二週間足らずなわけですが。


いやいや、お前に彼女(彼氏)いちゃダメでしょ、ってレベルの奴に彼女(彼氏)いるケース多すぎ。


わかってます。あれですよね、この世の中、うんこにだって彼女はいるってことですよね。


つまり僕はうんこ以下ってことですよね。


“lower than Unko.”ってことですよね。


わかってます。


“UNKO”って書くとなんか国際機関っぽくなりますよね。


まあ、うんこには変わりないんですけどね。
配属先。



















東京都港区浜松町。
























……。
研修で相部屋の同期。


すっごい頭もよさげだし、きちんとしてていい人だ。


でもずっと、鼻毛が出てる。


イトウ君、


すんごい出てますよ。


毛筆みたいになってますよ。


習字のあの名前書く用の小筆みたいになってますよ。


言ってあげるべきか否か、思案中。


でもまあ、きっとこのまま何事もないかのように毎日は過ぎ去り、この研修もいつの間にか終わってるんだろうな。


そして、同期入社もみんな散り散りになって、彼のことも、鼻毛のことも、全部、忙しい毎日の中に埋もれていってしまうんだろうな。


研修の詳しいことについては、コンプライアンス上の問題がありますので書きません。


まあ、僕、ぶっちゃけ社会人ですからね。


そりゃコンプライアンスとか顧客満足とかそういう言葉出ちゃいますよ。


それはもうポロッと自然に出ちゃいますよ。


なんせ社会人ですからね。


今日は、ようやく訪れた休日。


今日まで研修施設から外に出られなかったから、季節がどれくらい移ろったのかということさえ知らない。


桜は、咲いているのかな。


今日は好機。


お花見に行きたい。
先日、卒業式があった。

我が青春の舞台であった早稲田とも、これでいよいよお別れである。

多くの友人と「おめでとう」「また会おう」という言葉を交わし合った。

大きな別れのときにこそ、人は「さよなら」なんて言葉は使わないものだ。

嗚呼、出会いと別れを繰り返し、泣いたり笑ったりしながら人生を死に向かって真っ直ぐに歩む人間の、なんと儚く美しいことよ。


この日、弓道部卒部生の有志一同は案の定オールで酒とカラオケに興ずる運びとなった。

僕としてはオールで飲みでもよかったんだが、まああのメンツが集まるとたいてい飲みの後オールカラオケという運びになるのである。

このメンバーで、こんなふうに夜通し遊ぶのも、これが最後かもしれないね。

なんてしんみりした発言は一言たりとも出ず、ただ眠気を堪えながら歌を歌い続ける不毛と言ってしまえば不毛に違いない一晩であった。

でも、数十年の後にあの日のことを思い返せば、それは不毛どころか、桜色の青春としてこの胸に思い起こされることであろう。


オール明けの払暁の頃、高田馬場には雪が降った。

カラオケボックスから出てきた我々はいずれもぐったりとしていたが、高田馬場の、まだ暗い春の空からちらほらと舞い降りてきた雪の華は、別れゆく我々の旅路を祝福しているようであった。

「東京で見る雪はこれが最後だなあ」と、さみしそうに僕が呟いたかどうかは定かではない。

よしんば呟いていたとしても、それを横で見ていて歌にしてくれるような恋人はいない。

だが、あと二週間もすれば、どこの空の下にいるかもわからぬ我が身である。

次に東京で雪を見るのは、いつになることであろう。


でも、寂しくはあるけれど、悲しくはない。

切なくはあるけれど、つらくはない。

最初から、わかっていたことなのだから。

僕らは、いつかやってくるお別れを知っていながら、それをいつも目の端でぼんやりと眺めているだけで、直視しようとはしない。

それでいいのだと思う。

そうやって、僕らは覚悟を決めているのかもしれない。

別れはいつか、やって来る。

来るべきときが来たというだけのことだ。

いや、むしろ引越しの準備までさせられてるのに東京勤務になるというケースが一番寒い。


我が学びの庭よ、また会おう。

友よ、また会おう。

旅立ちの時は来た。

往くか男の、この花道を。

人生劇場、いざ序幕である。
イチローかっこよすぎる!


あの場面で打つなんてかっこよすぎる!


わあああああああ


世界一わあああああああああ
故あって、内定先の同期とカラオケに行くこととなった。


比較的ATフィールドの強力な僕ではあるが、それにしたって圧倒的な水の合わなさに驚愕する。


驚愕しながらも、同期達のノリに合わせて知りもしないモーニング娘の歌にノって踊る。


己の信念の脆さに、失望する。


いや、でも仕方がないじゃないですか。


他の全員ががっつり踊ってるのに、俺一人だけ腕組みして黙ってるわけにはいかないじゃないですか。


ああ、さりながら、あの光景を思い返してみるがよい。


モーニング娘の歌に合わせて踊る己の姿に思いを馳せてみるがよい。


虚しき風は、飄々と我が胸を吹き通るだろう。


そう。


つまりは、そういうことだ。


己を殺せということだ。


それが、人の中で生きるということだ。


ならば踊ってやろうじゃないか。


ああ、いくらでも踊ってやろうじゃないか。


モーニング娘だろうが湘南乃風だろうがイーティーキングだろうがなんだろうが、好きでもなければ知りもしねえ曲を、さも大好きな歌であるかのように踊ってやろうじゃないか。


武士道と言ふは、死ぬことと見附けたり。