駅を歩いていたら、突然後方から「ふざけんなオンドリャコリャアー」というとてつもない咆哮が聞こえた。
振り返ると、如何にも貧弱そうなメガネの兄さんが、スキンヘッドでムチムチの化け物のような人間に壁際に追い詰められていた。
その化け物はとても同じ横浜に住む生物とは思えないくらいムチムチでツルツルでコワモテであり、人間というよりは肉弾戦車という感じであった。
可哀相なのはそんな戦車にカラまれてしまった貧弱メガネ兄さんである。もうあからさまに怯えている。「あわあわ」という言葉はどちらかというと擬態語だと思っていたが、この兄さんはもう普通に「あわあわ」と発声していた。
どうしたものかと思ったが、あんなお肉戦車相手に僕なんぞが何をしようと結果は目に見えているから、僕はとりあえず駅員さんに言いつけることにした。
あれほどのミートタンクとなれば基本的には誰が挑んでもやられるわけで、それ故こんなときに頼るべきは腕力ではなく権力である。
駅員は企業に、企業は社会に、社会は国家に繋がっているから、戦車がどんなに強くてもその力が不当に行使されるかぎり、最終的には国家権力という巨大な力の前に為す術なくプチッと捻り潰されるのである。
そんなこんなで通報(結局僕が言い付ける前に他の人が通報してた)を受けて現場に向かった駅員さんはこれまた明らかに貧弱そうな人だったが、その姿はどこか頼もしい。
なぜなら、その細い背に負うものが公の秩序である限りにおいて彼の背後には確かに国家が存在し、故にその時、彼は最強であったからだ。
結局、僕はことの顛末を見届けることなく家路についてしまったから、あのお肉が国家権力との凄絶な闘争の末についに敗れたのか、駅員さんの権威の前に意外にあっさり屈服したのか、あるいはアワアワメガネ兄さんの思い掛けぬ反撃にあって非業の死を遂げたのかは定かではない。
しかしいずれにせよ、アワアワメガネ兄さんが助かったのは間違いなかろう。よかったよかった。
さて、諸君。
これでわかったと思うが、いざ戦いに臨むことになったら、兎にも角にも勝つことが重要である。
そもそも戦いは、極力避けなければならない。
避けられる戦いは必ず避けるべく、我らは手を尽くさねばならない。
そのうえで、それでもどうしてもやらねばならぬ時には、勝利のために徹底的にやりきることが肝要なのだ。
やるならば飽くまで勝つ。
勝利のために最も合理的な手段を採用して勝つ。
巨大な肉の塊に肉体で勝負を挑むのは勇気ではない。
それは勝負を捨てる行為である。
蛮勇は勇気に非ず。
勇気とは、強大な敵を前にして、それでも必ず勝利するという不退転の決意を胸に方途を模索し、その実行において一足たりとも退かぬ、そんな不撓不屈の精神を指す言葉である。
よくよく吟味すべし。
まあ僕はただ駅員さんにチクりに行っただけなのでそもそも戦ってないのだが。