東京地裁判決は、裁判を名目とする検閲 | 平山朝治のブログ

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3月27日東京地裁判決の最大の問題点は、被告会社が被告大学と原告に対して通知書(甲15)において指摘した問題点以外のことを持ち出してきた点にあります。

 

裁判の過程において、通知書(甲15)にはないことを被告大学が持ち出したのに対して原告は以下のように主張し、裁判長もそれに理解を示しました。にもかかわらず、判決において裁判官は、通知書(甲15)にはない点を重要な論拠として採用するという信義に反することを伴いながら、表現の自由や学問の自由を侵害する検閲官の役割を果たしました。詳しくは以下の通りです。

 

原告準備書面(5)第3、2、8〜9頁において、

 

本論説が本通知書で被告会社の主張した名誉毀損に該当しないことは訴状第7で詳述した通りである。これに対し、被告大学から準備書面(4)で具体的な反論が出された。本来であれば訴状第7の主張に対する反論のはずである。しかし、そのような反論はひとつもなく、被告大学から出された反論は、被告会社が本通知書(甲15)で名誉毀損を構成すると主張した項目のうち2つ(被告大学準備書面(4)3頁(4)、5頁(13))を除いてすべて新たに出されたものである。この反論のやり方に対し、原告は根本的な疑義がある。なぜなら、これらの項目は本論説の記述のうち被告会社が自社の名誉毀損にあたると主張していない部分だからである。被告大学の研究者の学問の自由の保障に励むのが本来の責務であるはずの被告大学にとって、クレーム対応としては名誉毀損が指摘された項目について検討することが求められ、なおかつそれで基本的に必要十分である。それ以上、当事者が名誉毀損として指摘していない部分についてまで、検討に踏み込むのは被告大学の研究者の学問の自由の保障との関係で、クレーム対応の逸脱濫用と言わざるを得ない。

 従って、今回の被告大学準備書面(4)の主張は、被告会社からの本通知書を端緒に、被告会社に成り代わって原告の研究成果(本論説)の問題点の発掘及び糾弾に励んでいることを意味する。本来、権利侵害を主張する者と権利侵害を指摘された者との双方の言い分を斟酌して適正な措置を下すことが求められている被告大学が、権利侵害の通報を端緒として、対象となった研究成果の問題点を洗いざらい取り上げてその法的判断を下すのは、あたかも検閲官の立場から研究者の研究成果を検閲するものであって、これ自体が大学における学問の自由の侵害と言わざるを得ない。

 

と述べたのに対し、令和4(2022)年7月8日の口頭弁論において、裁判長は原告の主張に理解を示しながらも、控訴審に備える意味もあるので、被告大学準備書面(4)の当該部分を念のため具体的に検討するよう要望しました。にもかかわらず被告大学準備書面(4)の当該部分を判決2、(2)、イ、(イ)(33〜4頁)において採用したことは、信義に反する騙し討ちであり、本件裁判官自身が被告大学同様「対象となった研究成果の問題点を洗いざらい取り上げてその法的判断を下すのは、あたかも検閲官の立場から研究者の研究成果を検閲するものであって、これ自体が大学における学問の自由の侵害と言わざるを得ない」のです。