COX & 明治屋 GP  !

スロットカーのレースリポート +メンテナンス忘備録

 

<プロローグ>

明治屋GPに持込んだのは前回同様、ホンダS800。

目標のトップグループは12秒台後半、3分間でコンスタントに13周廻る。

当初、自分のS800はRPMBオーバル・インフィールドで14秒台=3分で12周。

その後、ギヤ比やフリクションロスを見直し何とか14秒を切れた。

TKZ氏のS800と延々ゴールまでデットヒートを続け13周をマーク。

その時マーシャルTOM氏から見応えあって良かったとは言われたが、

以降PUパワーダウン、12周どころかスピードDNの一途 ..(~~;)

   ”メンテの基本は清掃だ” 

とは某メーカー在籍中、トップテクニシャン”上笹貫さん”から教わった言葉。

例えばリレーコンタクトもキレイにして初めて接触タイミングもワイプ巾もチェックする意味がある.. 汚れたままで正確なセッティングなど、あろうはずもない。

失意のうちに亡くなられた氏を今でも悔やむ気持にさせるのは、組織セクションのトップでありながらも現場に神出鬼没、私も何度か助けられ、また多くのご教示を頂いたからだ。

仕事だろうと趣味の世界だろうと、素晴らしい人格人柄にはインスパイアされる。

 ”レージハウスくげぬま”の鳥居さん同様、何かある度に故人から頂いたアドバイスは心に沁みる。

いつもなら、カーボンブラシを外しただけで綿棒ワイプするだけだが、天声ならぬ尊敬する故人の声を思い出し手間を惜しまずOHすることに ..

 

(左)カンケースを開けたらエンドベル内側は金属粉含むスラッジが沢山!

(中)コミュテータにハミ出た?泥状油分ゴミには髪の毛?も絡んでいた。

(右)更に輪っか状の金属片発見!ほぼ同径ゆえ偶然の付着物となったのか?

また、軸受メタル凹部にはモリペーストをLUBROID(金属改質剤)で溶いて塗布。

 

Ref.  こちらはストリップ状態で大丈夫か?と思える電関モーターだが、

マブチのプラ製エンドベル内部みたいにゴミが溜まること無いし、

どこもバラさずコミュテータOHできるのがいい。

 

明治屋クラスは、最低地上高わずか1.0mmの位置に指定モーターFT16青線カンケースの大きな窓が開いている。

そこから進行方向後部に位置したエンドベルはコース上のゴミを拾いやすく汚れの蓄積も当然だろう。

 

普通スロットカーのロードクリアランスは2㎜程度なのだが、コイツは1㎜。

エキスパートのオーガナイザーがそんなギリギリ数値設定した事には意味がある..

と思うのは決して深読みではない。

と云うのも、キットシャーシにプラボディが中心だった60年代前半、”トレッドの狭いクルマは重心さえ下げれば速くなりますから”とされていた。

ある程度のボディサイズのクルマでグリップしすぎないシリコンタイヤであれば、車高やトレッド管理にシビアさは不用。

しかし32クラス並みのスモールボディ(60s連盟規格は32クラス最大幅が60㎜、S800のトレッド巾は52.5㎜)に ハイグリップの現行ブラックマジックタイヤ、

とくれば、車高はできるだけ下げる方が良い。

重心が高いとドリフトする前に転がってしまうからだが、勿論、シャコタンばかりが低重心化じゃない。

今回はバランスウェートを追加調整した。

車高をギリギリまで下げると同時に、クリアランス1.2㎜の位置にウェートを追加

鉛は、即ち柔く走行中簡単に曲がってしまうから取付は鉛直端部をサポートした方が良い。

明治屋シャーシは、左右に出ている羽根(クリアボディを使う時のボディマウント取付部)があるので、そこを利用した。

左のA案の方が簡単で剛性も高いが、ネジ穴付スペーサとは即ち長い金属ナットゆえ軽くない。

右のB案はアルミパイプをスペーサとし、ワンサイズ細いネジで締付けるもの。

今回は、ギリギリ低い位置の7gウェートを生かすためにも、その上部は重くしたくない。

それゆえ、A案より約1g軽いB案で組んだ。

明治屋”ユニバーサルシャーシ”は剛性もあり付属ホイルも軽く、GTカーの大きなクリボディにつかっても競争力があった。但しフォーミュラには中央左右の羽根をカットしなければならなかった。

 

<明治屋(エスロクヨタハチ)GP>

 


 

直前のCOX-GPで初優勝、嬉しかったが疲労感も半端ない。

老けた肉体は正直だ。

車体の軽い明治屋クラスはハードブレーキ(マイクロSWの回路短絡)の頻度が少ないが、

そのブレーキ担当の左中指は (疲労物質のせいか?)ばね指状態、COXのリヤタイヤじゃないがジャダってしまっては洒落にならない。

リラックスして楽しもうと自分で言い聞かせながらもマーシャルスタートあけの第2ヒート、ヒート1のファステストを更新(0.01秒)できた事もあって、攻めて走らせたい気持になってしまう。

以前は、限界を超えるとテールが振り出す前に、ひっくり返ったり飛び出したりと、とんでもないクラッシュをしたが、今回の7gアップデーションでドリフトコントロールできるようになった。

常勝US氏相手に、これだけ競り合えると つい欲をかいてしまうが、最速ダークグリーンのKD氏ホンダを忘れてはいけない。

US氏と私はファイナルが同じ28t(旧バンプロ製M0.5で一番小さなクラウン)という事もあって、(レーンの組合せで多少違うが)足の速さはほゞ同じ、だがKD氏はひと廻り上をいく。

唯、トータルラップレースを意識されてか譲ってくれたのか分からないが、隣り合うと必ず引いてくれる。

こちらから見ると安全マージンを多く取っているように感じたが、レーンアウト覚悟でやられたら私のエスハチは先ず敵わなかったろう。

 

さて、自分が途中ラップダウンを喫したのは6コース。

不安定なレーンコンディションに力んだ訳ではないが、体調も悪くなってしまった。

最初、左ふくらはぎがツリかけたので、アキレス側のスジをのばそうとしたら前スネがつってしまった。

ビッコ引きながらもレーンチェンジで移動したら、次のヒートは靴の中で左足指先が丸く縮こまった状態で固まってしまった。

痛いの何のって.. 根性で我慢しながら右重心で立っていたら、今度は右足がカチカチに肉離れ寸前!

6コースの後は2ヒートマーシャル続き。

 

そして、不安定な6コースに手を焼いたのは私だけではなかった。

”魔の7コース”のバンクは不思議とウネリがなくなっており、誰もバンクで外れなくなった

私の次に6コースに当たったのは、前回デッドヒートしたS800のTKZ氏。

トップでスタート後 、1周目のホールショットを決めるかに見えたがコントロールBOX手前で一時スローダウン、全車に抜かれてしまった。

6コースのTKZ氏S800は、追い上げて4位にすべり込む。

(最近、私の影響で?新車バイクGB350を買ったというTKZさん、どうぞご安全に!)

6コースは編線補修、それまでの平均ヒートリザルト 5.2位 ⇒ 補修後2.3位に。

復旧できたとみていいだろう。

(左)第7ヒート、1位KD氏2位US氏

(右)同じく第7ヒート、YAS氏ホンダ  vs  TKG氏トヨタの接戦、3位4位でゴール

 

リザルト ;

1位: 77ラップ / HondaS600/KD氏 

2位: 76ラップ / HondaS600/US氏

3位: 75ラップ / HondaS800/KMY

ファステストラップ : 12.51sec /KMY

2nd ファステスト    :12.63sec /KD氏

 

レース後、私の足を心配してくれたTKGさんより頂いた漢方薬。

未だ足を引きずる状態だったが、YASさんに駅まで送っていただいた。

ありがたきは善き先輩方の情けかな..

 

 

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閑話休題

本日は 母の日。

南町田からの帰路、手土産もって目黒の実家を訪ねた。

 

「今日はスロットカーのレースで町田に行ってきたんだよ」

「あぁサーキット、今でもあるの?」

「都内には、いや町田も都内だけど、今はあんまりなくてね」

「昔は アチコチ沢山行ったわね」

「うん、東京タワーだけじゃなく赤坂テアトルもお墓に近かったしね」

「清正公前(=白金のコト)にも 大きなのあったじゃない?」

「あそこが一番広かったよ。最初は連れてってくれたね、ありがと」

「レースには子供も出てるの?」

「まぁ、今はオトナばかり。同世代老人が骨董品を楽しんでるよ。」

「昔も子供より大人が多かったし、いろんな年代の人が沢山来ていたねえ」

「今は若い人は来なくて、画面のゲームばかりだろうし。 

でもこの間、藤沢(=ガレージハウスくげぬま)で小6生に会ったよ。

小学生はめずらしいから、みんなが タカちゃんタカちゃん、って

色々教えたくてしょうがない感じになっちゃった。

それに母親に連れられて来てたから、自分の子供の頃を思い出したよ」

 

端午飾りの兜は(自分は覚えてないが)、母の昔話によると 父が仕事仲間に頼まれ、その知人(地方から出てきた)2人組を家に泊めたげた処、後日その方、富山県の実家から送られてきたそう.. 

自分はそんな経緯を知らないが、仕事仲間”大石さん”は当時小学生の私の相手をよくしてくれたから覚えている。

”三丁目の夕日”のような下町、麻布新網町で 歌手の克美茂さんともキャッチボールをよくやったが、このトシになると古き良き時代だったと思えてくる。


 

きっと、タカト君も何十年後には カーネーションを手に、

母と訪れたスロットカーサーキットの思い出話しをするだろうか..。

ガレージハウスの鳥居さんは、彼の記憶の中で生きている。