早朝のそら勉強会 2013.5.17   7:30~8:30





こんにちは☆


今日は暑くもなく寒くもなく心地よい天気ですな!

週末は☂ですが、私たちsoraは日曜日にアウトドアクラブを企画しています。


本格的にはまだ実行に移しませんが、この一年は会社・身内で挑戦をしたいと思っています。




来年、より良い形でみなさまへと提供ができますように、頑張ります!









そんな今日、社長の森田のアウトドアクラブへの深い思いを改めて思い知らされました。

私は簡単に考えてしまっていたことを反省しました。


その深い思いのあるアウトドアクラブを任してくれたことには、大きな意味があると思います。

私にはまだ深く感じれない部分もあります。

すごいな、楽しそうだなという意見しか頭に存在しなかったのです。


深く感じ取れなかったことを私はやっていく上で感じ、その思いに共感し、私は私の思いを出していきたいなと思います!



私のほうがアウトドアクラブに対して、強く強く熱く熱く思っているんだと社長に言います!

社長の思いを超えます。





まずは社長に思いを聞き続けます。


この朝の時間だけでは足りないくらいの気持ちがあると思います。





私は社長についていきます。

そこから越えてみせます!



まずは私の目標は本気の失敗です!!



失敗を恐れない強い人になりたいです。







早朝のそら勉強会 2013.5.16     7:30~8:30









今日も一昨日に引き続き、致知6月号の特集「一灯照隅」






日本マクドナルド社長原田泳幸さんとエステー会長鈴木喬さんが対談しています。

「経営の灯火を灯し続けよ」


企業のトップとは会社という一灯を守ることが最大の仕事だと言える、日用品のトップブランドであるエステーさん。外食産業の雄、マクドナルドさん。

ともに一度はその火が消えかかったが、新しいリーダーにより、より大きな炎となって生まれ変わった。






私がこの特集を読んで響いたことは、「勝負っていうのは、三日・三月・三年です。三日で全部言いたいことを言って、三ヶ月以内に全部実行に移す。それでケリがつかない時は三年かけて攻め落とす。」






これが実行できたらいいなと思いました。

今の私にはやるしかないのです。


成長するためにも、みなさんに良い提供をするためにも。







庭がある意味を伝える。

soraにしかできない庭を造る。


そんなことができるんだ、庭に価値があるものなんだと思っていただきたい。




それを伝えていくのが私たちの仕事でもあります。

さらに私たちは夢を抱いています。







私には想像がつかないですが、見てみたいです。



おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~!!!!




って驚くような世界を見たいのです。




私が感動感激したことを自分だけではなくみなさんで味わいたい、共有をしたい。



ブルーオーシャンな世界を作っていきたいのです!

早朝のそら勉強会 2013.5.15   7:30~8:30





「子曰わく、士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議るに足らず。」






意味

「孔子が言われた。道を志す士(君子になろうとする志の高い人)が粗衣粗食を恥じるようでは、ともに語るに足りない人間である。そのような者は、道を志す資格がない。

すなわち、衣食はよい衣食であれ、悪い衣食であれ、道をきわめるには関係がないということである。たといよい衣食をしていても、それで道を志しているとはいえず、悪い衣食だからといって、道を志していないことにはならない。道を志すのは、外見ではなく、心の内側の問題だということである。」









良い衣食と悪い衣食、、、

高い服を着ていて、高級な料理を食べている人。

安い服を着ていて、安い料理を食べている人。





でも、たとえ悪い衣食の人でも、道を極めている人もいる。

衣食は関係ないのです。



何かを犠牲にしないと何かを得ることはできないから。

自分が今、優先することを考えたらいい。




かといって第一印象が大事とは言いますよね?


第一印象も大事だとは思いますが、自分のためではなく、相手のためにすることです。









人間らしい。

人間らしいとは、無理をしないこと。比べないこと。






soraが伝えていくのは人間らしさ。

庭からそのことを伝えていけるんではないかと、毎日いろいろと挑戦しながら進んでいます。

このことが自然と伝わっていくと家族も周りも変わっていくのではと信じています(*⌒∇⌒*)




























早朝のそら勉強会 2013.5.14     7:30~8;30





本日の題材は、致知6月号より

「安岡正篤活学一日一言」


その中の言葉で[一灯照隅]



一灯照隅とは自分のいる場所を照らす、ということである。人は皆、一人ひとりが一灯となり、自分のいる場を照らして生きねばならない、と安岡師は説く。

安岡師の言葉の海に取り組む中で、この一灯照隅には二つの局面がある、と思うようになった。一つは、自分の周りを自分がいることによって照らす。もう一つは、「自分自身という場」を照らす、ということである。

まず自分という人間を照らす。それによって自分の周りを照らす。さらにその火を他の人に点じていく。のみならず、その火を次の時代を担ぐ世代にも継いでいく。








soraでは良い庭を作っていくことで福山のエクステリア業界を価値のあるものへしていく。

良いライバルがいれば一緒に成長していける。自分だけがいいで終わってはいけないんです。




自分自身を照らすことによって周りも照らしていけます。





ライトウォーカー=灯台のように道を灯してあげれる人







私は灯台のような人になりたいです。


それは社会でも家庭でもどこでも、人に光を灯してあげれる人になりたいです!!




そんなこと無理だと思っていた自分にはさよならです。

自分ではない人になる、その楽しみも味わいたいです。


















とにかく、今は挑戦です!!!!ヾ(@°▽°@)ノ

頑張ります!





早朝のそら勉強会 2013.5.13









「子曰わく、君子は泰にして驕らず。小人は驕りて豊かならず。」



意味

「孔子が言われた。君子はゆったりとして、しかも驕り高ぶらない。小人は威張っていて、しかも落ち着きがない。

君子の条件には幾つもあるであろうが、この「ゆったりしている」ことも不可欠の条件である。才気煥発が許されるのは若いうちで、君子と呼ばれる大人物は、みなおだやかで寛大で、やたらに威張らない。その反対が小人であり、人間はときどきこの尺度で自己反省してみなくてはならない。」






ゆったりとしている、、、、



私は落ち着いている人のことだと思いました。



仲間は「いっぱいいっぱいにならない」

「7割3割」


7割3割とはスポーツ選手に例えると、7割は選手3割は監督。

選手は突き進んでいく、監督は周りも見渡す。

仕事でも7割を本気でする、3割はゆとりある時間。

その3割が伸びしろの部分になります。自分の成長。








私は正直、いっぱいいっぱいでした。

仕事を始めてやったことのないこと、全てが初めてでした。

だけど、今のままではいけないなと。

それをどうするか、どうしたらいいのか考えないとこのままだなと。





この一年でゆったりしている人になりたい。

だからこそ、この一年は無我夢中で走り続けたい。


一年って多いかな?

でもたった半年では私には足りない。

一年でも足りないかもしれない。

とりあえずの設定を一年にしたい。


やっていく上でまた変わるかもしれないし、状況も変わるかもしれない。


その過程も楽しんでいきたい。

苦痛に思うのではなく、私は楽しみたい!!!









まだまだ私は土の中で芽を出そうとしている花です。

芽を出してようやくスタートです。

自分の殻を突き破って出てきます。

三年後には私は今まで見たことのないような綺麗な花を咲かせます❀❀❀





みなさんからしたら遅いって思われても私は私で楽しみたい。

自分が楽しくないと良いものなんて提供できないかなと私は思うからです。





私には素晴らしい仲間がいます。

尊敬できる仲間です。

私を優しく見守り支えてくれる。

信じて私も進みます!!!!!!!!!!!!!!

毎年、世界で一番売れている本は今でも聖書、バイブルだそうです。


日本で最近、村上春樹さんの新書が発売されて話題になりましたが、


日本で初めてのベストセラーは明治時代に福沢諭吉が書いた「学問のすすめ」だそうです。




「学問のすすめ」には有名な一説に「天は人の上に人を造らず。人の下に人を造らず。」とありますが、


人間には上下は無く、みんな平等であるということですね。




そして、この一説には続きがあります。





「されども今、この世間を見渡すに、賢き人あり、愚かなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、


貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違があるに似たるはなんぞや」とあります。





福沢諭吉も人間はそもそも、みんな平等なはずなのに、何でこの世は良い仕事で人を幸せにする人もいれ


ば、人の幸せを奪うものもいるのか、お金持ちの人もいれば、そうでない人もいるのか・・・。




こうした世の中の現状を見た福沢諭吉はその原因を学問の力であると悟り、



「人学を学ばない者は愚人(愚かな人)になり、学ぶ者は賢者になる」とし、


学問をすることを推奨するため、この「学問のすすめ」を出筆されました。






よくダイヤモンドに例えて言われることがありますが、ダイヤモンドの原石は普通の石とさほど、


変わりません。しかし、何度も何度も磨いていって初めて、人を引き寄せる輝きを自ら放つようになります。


ダイヤモンドで言う何度も磨くことが、人にとって学問を学ぶということでしょう。





大金を手にしても使って しまえば、消えてなくなりますが、学問から得た知恵は一度、身に着けると


決してなくなることはなく、子供や友達にも教えてあげることができます。


一度きりの人生を悔いのないものにするためにも、学問をする時間を大切にしていきたいですね。




早朝のそら勉強会 2013.5.11   7:30~8:30



今日は仲間の一人が持ってきました新聞をみんなで読みました。


スティーブ・ジョブズ氏の伝説のスピーチです。









ジョブズ氏はご自身の人生から三つの話をされていました。





1つめは点をつなぐことについて

2つめは大切なものとそれを失うことについて

3つめは死について





1つめの点をつなぐこと


繰り返す。

先を見通して点をつなぐことはできない。振り返ってつなぐことしかできない。

だから、将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。何かを信じなければならない。直感、運命、人生、カルマ、その他何でも。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、私の人生に大きな違いをもたらした。




2つめは大切なものとそれを失うこと


私は幸運だった。人生の早い時点でたまらなく好きなことを見つけた。

二十歳の時に実家の車庫でアップル社を始めた。十年で二十億ドル企業になった。

そして、三十歳の時に会社を首になった。

それでも、自分でしてきたことがまだたまらなく好きだった。

やり直すことを決意したのです。

その時にはわからなかったことが、アップル社を首になることは私に起こり得る最善のことだった。成功していることによる重圧は、再び親参者となったことにより、軽快さに置き換えられた。私は人生で最も創造性豊かな時期へと解き放たれた。




3つめは死について


自分が間もなく死ぬことを覚えておくことは、人生の重要な決断をするときに助けてくれる、最も大切な道具だ。なぜならほかの人からの期待や、あらゆるプライド、恥や失敗に対する恐れ、これらのことは死を前にしては消えてしまい、真に重要なことだけが残るからだ。

死を望む者はいない。しかし死は我々すべてが共有する運命だ。なぜなら死は生命による最高の発明だからだ。

自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。心と直感は本当になりたい自分をどういうわけか既に知っている。


ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。








死のことを考える。


私はこの会社に入って初めて考えましたが、、、

死にたくはない。

そう思うしかないのです。


だけど、いつかは死ぬのです。


いつ死んでも構わないくらい人生をしっかり真剣に生きていきたい。

悔いの残らないように。



だから、苦しいことからはにげたくないなと思うのです。

正直言うと、逃げてしまいたいんですよ。

だけど、逃げてしまうと何も変わらない、なにも成長しないのです。




わたし思うのです。

平凡が幸せだと、、、少し前までは思っていたのです。

今は、平凡が辛いです。


甘えていたんだなと。

自分で作ったものではないんだと。



自分で作り上げたものこそが幸せなんではないのかなと。


これが正しいとかではないんですよ?

私が素直に思ったことです。




一人の意見では見えてないこともあると思います。

お客様やブログ見てくださっている方の意見も聞いてみたいですね(〃∇〃)

私はこうだと思うとか、こうだったらどう?とかいろいろ意見を聞き共有したいです。






私はまずは自分自身に格闘したいと思います。

まだまだ恐れている自分がいます。


自分の壁を崩していきたいです!!


早朝のそら勉強会 2013.5.10   7:30~8:30










三省=一日三たび反省すること。我が身を振り返ること。



今日の私は朝からこの言葉に目覚めさせられました。


少しずつ成長できたらいいけど、早く追いつきたいな。

そう思うのですが、気持ちと行動が一致していないなと思います。






でも、私はゆっくりでもつまずきながら登っていきたいな。


一気に登ってしまうと、有り難みがない気がするんです。




適度なスピード感も必要になるとは分かってはいます。





私なりに私らしくいきたいです!!!












と、いき込んだとこで論語に入ります。




「子曰わく、徳ある者は必ず言あり。言ある者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり。勇者は必ずしも仁あらず。」


意味

「孔子が言われた。徳のある人には、必ずその徳に裏打ちされた言葉がある。しかし、いい言葉を話す人に、すべて徳があるとは限らない。それと同じように、仁がある人にはかならず勇気があるが、勇気がある人に必ず仁の心があるとは限らない。

「言葉は人なり」というが、立派な人は言行一致である。人徳を実行するにも勇気がなくてはならない。したがって、本当に人徳のある人は、仁勇一致なのである。」







難しいですよね。。(゚ν゚)ニホンゴムズカスィネー




その人のことを思ってしているとは限らないよ

自分のためだけに相手側に飛び込んでいるだけかもよ


売り込みセールスに例えてみるとわかりやすいと思います。



庭で言うと、良いことも悪いことも話すこと。

実践してきたことを提供してあげる。









本心でやってくれている人こそが徳のある人ではないかなと思います。

自分のためではなく、相手のために思える人。









soraも本当の人徳のある人を目指してやっていきたい。







自分がどうなっているかなんて想像つかないのですが、成長しているんではないかと確信ができ、楽しみでもあります。

三年後、、五年後、、何を話しているだろう、何を考えているだろう。

想像はできないけど楽しみですね♡













早朝のそら勉強会 2013.5.9   7:30~8:20







今日は7日の研修について話し合いをしました。


今回の研修は教育現場に行ってきました。





三人それぞれが課題を持って行き、それぞれが違うことを学んで帰ってきました。






その中で私は全てに感動をしました。

こんなに素晴らしい所があるんだ。

素直にそう思いました。




子供を大事に思う気持ちはみんな一緒でも、やり方一つ一つが違っているのです。




私は仕事でも家庭でも、沢山学ぶことがありました。




本来の教育を目の当たりにした気分でした。




一般と言われていることが、実は一般ではなく。

変わっていると言われていることが、実は本物。




今の世の中にはそれがあると思います。



どこから変わっていったのだろう。

そんな疑問が出てきます。





でも、今そんな本来を取り戻そうとしている人がいるということ。

本来よりも良いものを。






私は世の中こんな人達が手と手を繋ぎ合い、その輪がだんだんと広がり、素晴らしい世界になるだろうと想像しています。



今の段階では夢のような話ですが、いつかなるんではないかなと。







今回の教育現場でも見られましたが、試してみることから始まり、発見して良いものができる。



それに一人一人が大変と辛い顔をしているのではなく、笑っているのです。




楽しんでいると言ったら、失礼かもしれませんが、楽しそうでした(*^▽^*)





仕事が楽しい=己の成長にも繋がります。





私も仕事を楽しんでやりたい!





社長に入社当初、「今日は楽しかった?」と聞かれて答えてましたが、、、

私はだんだんと忘れていたように思います。

仕事を楽しむということ。



楽しむためにはどうしたらいいのかを試していきます。

何事も挑戦ですよね?

常に頑張りどきです。








soraの庭づくりを発見するために今回の研修はいいものとなりました。

いろいろと学べた日になりました。





それを庭づくりに影響したいと思っています。






今朝、手にした本の中に弘法大師、空海の教えに出会いました。




「もしそれ、鉛刀(えんとう)、終(つい)に鏌耶(ばくや)が績(わざ)なし、


泥蛇(でいち)、豈(あに)、応龍の能あらんや」  ~十住心論~




~要訳~


そもそも、鉛の刀をいくら叩いても名刀にはならないし、


泥で書いた龍がどうして飛龍になるものか。





弘法大師、空海も多くのお弟子さんを持たれた時期がありましたが、


空海ほどの大天才ですら、目をかけ、力を尽くして育ててきた弟子が


自ら修行を辞め、目の前から去っていく。




そんな辛い経験を数多く経験した空海から出た言葉ですが、


現代に置き換えると、どんなに能力のある師匠や上司が、


偽物にいくら熱心に教えたところで、一人前にはならないということでしょうか。





ここで言う偽物とは、偽物の心、すなわち、



本物の心ではないということでしょうか。



本人が心の底から本心で本当にやりたいと思っていれば、



その思いは本物なのでしょうが、周囲への体裁や自分としての評価が気になったり



した中での「やりたいこと」では、困難な状況を目の前にした時、本人の中に立ち向かう



勇気は生まれず、失敗を恐れ、問題を回避することに心が奪われてしまうのでしょうか。



仕事やものごとに取り組む姿勢を作る前に、自分自身の本気、本当の心を作ることの大切さ、



心を作りあげる準備段階が必要だと実感します。