この日が来た
12/9・火。
晴天、洗濯物と布団干し日和。
在宅リモートワークの合間に家事も行う。
喪中はがきも出し終えたし、あと残った年末の一大イベントは大掃除と暮れの買い出しくらい。
(大掃除が一番大変か)
さて先日実家に顔を出した際、庭の柿が大収穫。
大量にお裾分けを頂いた。
捌ききれないので親戚・知人・ご近所にお裾分け。
その中の一軒、古くからの友人「姐さん」から柿ありがとメール着信。
※姐さん:前の会社の嘱託看護師で私のメンタル等色々気を配ってくれた姉のような人。
そのメールで気になる文面。
前の会社が買収先の完全子会社化。
社名から旧親会社・ブランド名が消えたとのこと。
驚き!
早速HPをチェック。

あった。
そして社名変更の案内。
社名から旧ブランド名削除。
ライバル会社のブランド名のみとなった。
ついにその日が来た。

もともとは旧ブランドグループ傘下で家電部門を担当していた会社。
TV、ビデオ、ゲーム機等を設計生産。
が、私が入社した90年代頭には万年赤字でグループのお荷物。
2000年に分社、赤字部門売却(いわば店じまい)。
私がいた映像機器部門はそれ専門の会社として自立。
当初は時代の波に乗り、好調・黒字だった。
が、2008年のリーマンショック、2010年代中国・台湾メーカーの台頭とコストダウン攻勢であっという間にジリ貧。
業績悪化で2012年に中堅社員の大量解雇。
私も首切りで今の会社に転職。

その後も定期的に人員削減を続けたが業績回復の見通しも立たず。
5年前、ライバルグループに株式譲渡、合弁会社としてブランド名だけはかろうじて残っていた。
が、いずれ100%子会社となる日が来るとは姐さんから聞いていた。

そしてその日。
私が長年勤務し、苦労・努力をしてきた会社が無くなった。
今更未練があるわけでもないし、つらいこと、苦しいこと、嫌なことが多かった。
が、それと同じくらい頑張った記憶もある。
そういった長年の苦労と足跡が消えた。
本当に悲しい。
そして経営を立て直しできず、責任を取ることなく会社を売り渡してのうのうとしている、していた「上の連中」には心底腹が立ってくる。
同じ思いの仲間もきっといるだろうな。

姐さん曰く
『研究開発センターは親会社の地方営業所に成り果て。
残っているのは約130名。
(30年前、研究開発センター設立時は1000人近く社員がいたのに…)
1年後はどうなって(閉鎖の可能性も)いるか想像もつかない。』と言う。
まだ友人らも幾ばくか残っているだろうがどうする、どうなるんだろう…
辞めて会社と縁を切った身ではあるがやはり気にはなってしまう。
これを使うだけで
キャベツ・白菜など
葉物野菜が驚くほど長持ち!

野菜高騰の今、
これがあれば何とかなる!