先日、「キャリアデザインを考える」という社内セミナーに参加し、その中で定年後の人生について考える時間がありました。
その中で講師の先生は、「定年後 全く仕事をしない人は、暇で暇でしょうがない人生を送ることになり、結果認知症などを冗長することにつながってしまう事例が多い」という話をされました。
なのでその先生のおすすめとしては、簡単なこと・楽なことで構わないので細く仕事を続けること、もしくはコミュニティなどに積極的に参加することで、とにかく暇にならない、生きがいを保つようにするということでした。
その話に、多くの方は「やっぱりそうだろうな」という感じで納得されていたようですが、自分としては、完全には理解できない部分がありました。
なぜなら、自分は「暇になる」という概念を持っていない人間だからだと思います。
少なくとも、一人暮らしを始めた18歳のころからは、自分が認識している限り基本的には一度も暇になったことはないと思います。
もちろん、何もない牢獄のようなところに何も持たないまま閉じこめられれば暇になると思いますが、最悪紙とペンだけでもあれば暇にはならないと思います。
では予定のない休日などは暇ではないのか、と聞かれたこともありますが、まず第一に「やらなくてはいけないのにできていないこと」をこなすだけでも休日はあっという間に終わってしまうのが現状です。
単純なところでいえば、家の掃除が日々行き届いていないのでじっくりやりたいですし、エアコンのクリーニングも早いところやらなくてはいけません。カオス状態になっている物置もすべて見直してすっきりさせたいところですし、表のタイルも一枚一枚磨くくらいの勢いで洗浄したいところです。
仮に「やらなくてはならないこと」が全くなくなくなったとしても、今度は「ずっとやりたかったけれどもできなかったこと」が何十年分も溜まっていますので、それらをじっくり、心おきなくやりたいです。
単純な例でいえば、もう一度(できれば3度4度)見たいと思って録画しておいたドラマや映画のDVDやBlue-rayが何百枚もありますし、じっくり読みたい本も何百冊もストックしています。
さらにそれらのDVDや書籍を全部消化したとしても、自分はもともともの作りが大好きなので、作りたいものや、作りたいソフトウェアなどが数え切れないほどあります。
作りたいソフトウェアの例としは、高校時代に作ろうとして、結局プロトタイプレベルで止まったまま完成させられなかった、8ビットCPUを使ったオリジナルインタプリタ(自分独自のプログラミング言語)を、数十年の時を越えて完成させたいという思いがあります。
・・「そんなもの、仮にできたとしても何の役にも立たないし、今の時代にまったくそぐわない。誰も見向きもしないだろう。そんなものを作るくらいなら、もっと今の時代に向いたものを作れば?」という声が聞こえてきそうです。
確かにその通りだと思います。なんの役にも立ちませんし、言ってしまえば時間の無駄なのかも知れません。
ビジネスの観点でいえば、上記のような開発は絶対にやってはいけないことに相当すると思います。
しかし、たぶんそこが、自分が暇にならない人間である所以のひとつのような気がします。
つまり自分は、悪く言えば自己満足だけのために夢中になれるのです。
だからこそ、定年後に誰からも何の期待もされていないものを一生懸命作って、それができたという達成感だけで幸せを感じることができると思いますし、作りたいものは無数にありますから、暇になるという状況は考えられません。
もう一つ、定年後にやりたいことを付け加えるとすると、「今までは時間がなくて 学ぶ時間がとれなかったことを、じっくり学びたい」ということがあります。
思えば社会人になってから今まで、個人で学習してきたことの多くは、「間接的であっても、仕事につながること」でした。
英語ももちろんそうですし、PCやデジタルテクノロジーに関することも、生涯IT業界で生計を立てていこうと腹をくくっているから知識をつけなくてはならない、という思いから学習・情報収集を続けています。
もちろん、それらの学習はただただつらい、仕事以外の役にまったくたたないということでは決してありませんでした。
同時に個人的な知識欲を満たすといったことにも大いにつながっていました。
自分の個人的興味があることを仕事に出来ていたことは、とても幸せなことだったと思います
しかし、定年後は、仕事の役に立つとか、将来なにかの役に立つといったことから解放されて、何の役にも立たないかもしれないけれど、ただ興味があるからやってみたい、という理由だけで学びたいことが沢山あります。
一例として、フランス語を学習したいです。
はい、なんの役にも立ちません(笑)
フランス人の同僚とフランス語で話したいと思っているわけでも、フランスに長期で旅行に行ってみたいわけでも、フランス映画を字幕なしで見たいわけでも、何でもありません。
しかし、フランスには興味があります。歴史的に見てフランスという国は非常に特徴ある国であり、フランス人という民族は独特の誇りと文化を持っていると思います。フランス語を勉強することで、そんなフランスの背景がもっと深く見えてくるような気がします。
・・繰り返しますが、それが何の役に立つというわけではありません。自己満足です。
でも、それで十分に、学習が進む中で幸福を感じることができると思っています。
お金もほとんどかかりません(笑) ちょっとしたテキストブック数冊と、ネットの無料コンテンツだけで十分です。
そういうわけで、自分の定年後の人生は忙しいと思います(笑)
ただ、一方で、定年まで待っていたら、そのやりたいことに体がついてこない可能性があることもよく分かっています。
今でさえ既に、右肩が上がらないという症状のため、バッティングセンターに通う、テニスのトレーニングを再開する、という楽しみは定年後を待たずして物理的にできなくなってしまいました。
おそらく年を追うごとに、体の老化に伴って できなくなることも増えていくものと思われます。
したがって結局は、やりたいことがあるのなら、優先順位をつけて定年を待たずにできるだけ早く、今のうちから、優先度順にやり始め、定年を迎えた時点でまだできていないことを、体がついてくる範囲内でやっていく、という生き方に切り替えていかなくてはいけないと思っています。