前回の記事では日本がコロンビア戦で勝つ可能性は極めて低いという趣旨の予想をしてしまい、すみませんでした。
もちろんラッキーだった部分もあったかも知れませんし、ハメス・ロドリゲス選手のみならずコロンビアの選手たちが全体的に動きが悪かった(調子が悪かった)というところもあったかも知れませんが、あの試合は「まぐれ勝ち」ではないと思います。
素人目に見て良かったのは、オフェンスももちろん良かったと思いますが、特にディフェンスのポジションニング、コロンビア側がボールを持っても簡単に彼等の攻撃のフォーメーションに持っていけない形で ボールの周辺以外の部分でもきっちりパスルートをふさぐ守備のできるポジショニングが機能していたように見えました。
ところで、一躍「時の人」になってしまった大迫勇也選手と彼を表現する言葉ですが、個人的には感慨深いものがあります。
というのも、大迫選手は個人的に高校サッカーの頃からずっと注目し続けてきた選手だったからです。
あの高校時代の相手選手のインタビューも、見た記憶があります。
正直に言えば、高校サッカーの頃からずっと注目してきた選手というのは、大迫選手を除いては、自分の記憶の中にはほかにはいませんでした。
そもそも高校サッカーを真剣に見るのは、自分の地元の親しみのある高校が全国大会に出場した時だけ(※いまは、カミさんの母校が出場した時も見ますが)でした。
当然、自分の地元以外の選手の名前など、まず憶えていませんでした。
しかし、大迫選手は特別でした。
あれは、10年ほど前の高校サッカーの全国大会でした。
自分の地元から、おそらくは最も有名な高校が出場したため、自分は最初から全国大会を見ていました。
結局我々の地元の高校は3回戦で敗れてしまいましたが、その大会の準々決勝で大記録が生まれました。
大会史上初の4試合連続2得点・・それを決めたのが、大迫選手でした。
そして大迫選手はそのまま記録を伸ばし、1大会最多得点記録を歴代記録タイの9得点まであげて、彼のいる鹿児島実業は決勝戦へ進みました。
もはや、自分を含む観戦者の興味は、どこが優勝するかよりも、大迫選手が史上初となる1大会10得点以上を達成するのかどうか、そればかり気にしていました。
その試合の結果は実にドラマチックで、大迫選手の史上最多10得点は達成されたものの、チームは1点差で敗れ、優勝はなりませんでした。
その時印象的だったのが、負けてしまった鹿児島実業の選手たちはほとんど全員くやしくて泣いていましたが、大迫選手は泣いていなかったことでした。
理由は間違いなく、高校サッカーは彼にとってはこの先続く長いサッカー人生のほんの始まりに過ぎず、すでに次のステップ(彼はその時点ですでに卒業後鹿島アントラーズへの入団が決まっていました)が見えていたからだと思います。
おそらく、他の選手たちにとっては「最後の大一番」だったであろう全国高校サッカーの決勝戦、惜敗すればくやしくて泣けて当然だったと思われますが、その試合が通過点に過ぎなかった大迫選手にとっては、もちろん負けて悔しいという気持ちはあったことと思いますが、大泣きするようなことではなかったのだろうと思われます。
その後、鹿島アントラーズの9番を経て欧米リーグへ移籍、2014年のワールドカップも日本代表FWの一人として出場しました。
2014年のワールドカップに登録されたときは、自分としては「とうとうあの最多得点男がきたか」と思っていましたが、結果は本人も言っていたように「何もできないまま終わってしまった」という結果に終わってしまいました。
正直、個人的にはガッカリでした。
しかし、それで終わらないところがああいう一握りの天才アスリートの違いなのだと思います。
4年前とは全く違う動きで相手にプレッシャーをかけ、本来あまりヘディングは得意ではないと言っていたと思いますが例の決勝点はCKからのヘディングでした。
おそらく気が遠くなるほど練習してきたのだと思います。
ああいう姿勢を自分も見習い、「ワールドカップに代表として出場して得点をあげる」という大迫選手の夢とは違うかもしれませんが、自分も夢が実現できるよう、気が遠くなるほど練習する姿勢を忘れないで、努力し続けたいと思い直しました。