近所のマックが閉店になってしまいました | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

マックの存在は、自分の中では小さいものではありませんでした。

多くの人にとってマックのハンバーガーは、安価なファーストフードだったのではないかと思いますが、自分にとっては贅沢な食事でした。

まず中高校生時代のマックは、高嶺の花でした。
年に数回、駅前の繁華街に行ったときに、ちょっと背伸びをして食べるのがマックであり、しかも買えるとしたらせいぜい「チーズバーガー」止まりでした。
ビッグマックなど、一部の裕福層にしか手が届かない贅沢品のように映っていました。

意を決してビックマックを注文しようと思ったのは、上京後の、19歳の時でした。
自動車学校での卒業試験の終了後、自分へのご褒美に、その自動車学校に隣接していたマックで注文しようと思っていたのでした。
ちなみに当時は、昼食はパンの耳(パン屋さんの閉店前に行くと、40円でどっさりパンの耳を打ってくれたのです。それを数枚ビニール袋にいれて、お弁当として食べるというのが定番でした。これなら昼食一回で10円はかかりませんでした。)でしたので、マックで昼食、しかもビックマックを注文するなど、銀座の高級料亭に行くようなものでした。

ところが、卒業試験が終わった時の時間がまだ午前10時前だったため、マックではまだ朝メニューの時間帯で、ビッグマックがメニューに出ていなかったのです。
しかし、10時までは朝メニューなどという情報は、当時の自分は知る由もなく、完全に混乱し、よくわからないまま特に食べたくもない朝のメニューを適当に頼んでしまい、通常の50倍以上のコスト(一食10円でパンの耳を食べるのにくらべたら、500円くらいのセットは50倍です)を投じて挑戦したビックマックの夢は、もろくも崩れ去ったのでした。。

社会人になってからも、マックのハンバーガー、特にビックマックは高嶺の花であり続けました。

今の会社に入ってからも、昼食は一食200円以下という予算でやりくりせざるを得ない経済事情だったため、マックで100円マックが始まってハンバーガーやチーズバーガーは手が届くようになったとはいえ、ビッグマックはまだ手が届きませんでした。

アメリカで働いていたころも、やはりビックマックは特別でした。
ちなみに当時、アメリカの方が若干マックの相場は高かったので、よりその価値は高く映っていたのですが、ビックマックを注文できるのは、アワードを受賞したときとか、自分の誕生日とか、そういう特別な時だけでした。


しかし、時代は変わりました。
あれだけ価値の高かったマックのビッグマックも、いつしか自分の中の「食べたいものリスト」から消えていました。
世間でニュースになり続けてきたマックの業績悪化、イメージの低下といったものが自分を含む末端の消費者層に浸透してしまったようで、足が遠のきました。

自分たちの町の駅前にあるマックも、以前はお昼時などにはいつも長い行列ができていましたが、今ではたまに行ってもいつでも買える感じになっていました。


そしてとうとう、うちの最寄り駅の駅前のマックが、閉店となってしまいました。




最近行く機会が減っていたとはいえ、やはり寂しいものです。

閉店と聞くと行きたくなるのが人間の性で、最終日に家族で行ってみました。
やはり混んでいました。



これにより、マックに行く機会はさらに減ってしまうかもしれませんが、自分が今以上に貧しかった時代の思い出が詰まったビッグマックを食べに、たまにはどこかの町のマックに行くかも知れません。