「エースと呼ばれる人は何をしているのか」に学ぶ、正しい集団の目的 | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

最近通勤中に読んだ本で、非常に良かったのがこの本です。



こういう類の書籍は多数出版されていますが、なぜこの本が良かったかと言えば、本の内容が夏先生の長年の経験に基づく事実に基づいたものであり、しかもその事実というのが日本国民にとってポピュラーな芸能人(安倍なつみさん、前田敦子さん、後藤真希さんなど)のエピソードであるため、全く知らない人のエピソードにくらべてわかりやすく、説得力があったからだと思います。

なお、この本の中で最初に説明されていますが、「エース」と「センター」とは全く異なるものだということです。
センターは、ある特定の人にしかなれない特殊なものですが、エースとは、自分が輝くべきところで輝いている人であり誰もがエースになれる資質を持っている、という前提で話されています。

例えばサッカーで考えると、多くの人は、いわゆる点取り屋をエースと呼んだり、ゲームメイクをしている人をエースと呼んだりすることが多いような気がしますが、実際にはすべてのポジション、すべてのメンバーがエースとして活躍することができ、要するに自分のポジションで成すべきことを責任とプライドを持ってやりきっている人は例外なくエースと呼べる、ということになると思います。

自分も、今の仕事において、「センター」と呼べるようなポジションにはいないと思いますが、自分のやるべき仕事を責任とプライドを持って取り組むことで、「エース」にはなれる(自分以外のほとんどのチームメンバーは既にエースとしての輝きを放っていると思いますが)と思います。


さて、この本の中で最も考えさせられたのが、「成功するためには、群れるべきではない」という考え方です。
つまり、集団としての「和」を重んじ、その集団の中で「協調」することを第一として集団で成功することを目指す、という考え方は望ましくない、ということです。

我々日本育ちの日本人は、これまで基本的に「集団行動の大切さ」を基盤とした教育を受けてきているかと思います。
学校教育ばかりではなく、映画だったり、ドラマだったりアニメだったり、あらゆるものが基本的に「仲間との連携を大切にしよう」「集団を無視して個を重んじるのは非である」という前提のもとに作られていたような気がします。

しかしながら、この本で夏先生は、むしろ「他人のために」というような発想を否定しています。
確かに、「各自がエースになる」という観点でいえば、「集団の和を重んじる」という行為は各自の個の可能性を犠牲にする可能性があるため、好ましくないという発想もあると思います。

それでも、各自が全くその所属集団のバランスを考えずに自分のことだけ考えていたら、全く統率がとれずバラバラな方向に力を出してしまうことになり、やはりうまくいかないのではないか、というように思えてしまいます。

結局、夏先生が言っているのは、集団が無意味ということではなく、ただその集団の中でなれ合うことで本来の目的を見失うのは本末転倒である、ということかと思います。
重要なことは、「集団を作る目的は、協調することではなく、目的を共有すること」だと夏先生は言っています。

なかなかバランスの難しいところですが、集団が正しい方向に向いていることを確認しつつ、自分のなすべき責任を、自分自身を向上させつつきっちりと果たしていくようにしたいところです。