先日、夢の中で両親に会いました。
(※父は9か月前に、母は4年半前に他界しています)
夢の中ではもちろん両親とも健在ではありましたが、自分はその中で、特に母との永遠の別れが近いことを知っていました。
その夢の中のストーリーとしては、自分は実家にひとりで帰省していて、そこからまた東京へ帰るところ、というシーンでした。
自分は実家の玄関を出て、「じゃあ」と手を振って、一度は歩き始めたのですが、5歩くらい歩いたところでこれが最後の別れであることに何故か気がついて、戻って、母の手をとりました。
すると母の手が、というより体全体の筋肉が、既に弾力を失っていて、なんだか内部でボロボロと崩れてしまうような感触だったのです。まさに死人に触れたような感触でした。
また、父もいつの間にかいなくなってしまいました。
父がいなくなったのも、偶然一時的にどこかに行っていたため玄関には居なかった、ということではなく、もうそれで二度と会うことはないのだということが、なんとなく分かりました。
夢の中の出来事ではありましたが、現実の世の中での状況と同様に、深い悲しみに包まれる出来事でした。
日々の生活の中ではあまり意識することがありませんが、両親も兄弟もいない、どんなことがあっても縁が切れることのない 最後に心のよりどころとなる肉親がいないということが、自分の中の深いところからこれまで沸き上がり続けていた活力を止めてしまっているのかも知れません。
「肉親」という意味では、息子はもちろん肉親ですが、まだ3歳ですので、心のよりどころになってもらうにはちょっと早いと思います。
親戚ももちろんいますが、法事以外の関わりは0%であり、実質上あまり近い関係にあるとは思いにくい状態にあります。
(もちろん、忙しい中うちの父と母の法事にいつも参加していただけて有難いと思っておりますが。)
カミさんは、というと、もちろん素晴らしい人ではありますが、当然のことではありますが、大前提としては やはり物理的に血がつながっているわけではありません。
「血がつながっていなくても、血がつながっている以上に心を通わせているのが夫婦」というのが本来の夫婦の定義なのだと思いますが、そのように心を通わせるためには、物理的にコミュニケーションを怠らないで続ける必要があると思われます。
積極的に会話をし、積極的に一緒にいる時間を作り、お互いが向き合うことを怠らないようにする必要があると思います。
おそらく、短い期間(数年以内程度)ならば、そういったコミュニケーションを積極的に行う努力をしなくても、心を通わせることは可能だと思います。
出会った頃にちょうど考えていることが完全に一致していたり、意気投合したりといったことで、一時的に心が通うということは起こり得ると思います。(多分そのタイミングで多くの人は結婚を決意するのではないかと思います。)
しかし、特に今は変化の激しい時代でもありますし、長い時間の中でお互いの考えていることが少しずつずれていったり、人生のゴールが変わっていったりといったことが、発生するのではないかと思います。
したがって、そういった長期的な変化を理解しあうためにも、夫婦はコミュニケーションを積極的に行う努力を続けない限り、いつしか気が付かないうちに、心が通わなくなってしまう可能性が高いのではないかと思います。
ただ、現実にはこれは簡単そうに見えて難しいものだと思います。
結婚して3年目か4年目くらいの、そういったコミュニケーションが不可欠な時期の夫婦というのは、小さい子供がいて子育てに超忙しかったり、働き盛りで家には寝るためだけに帰るだけだったりといったことが起こりがちであり、夫婦のコミュニケーションはどうしてもなおざりになりがちなのが、むしろ一般的なのではないかと思います。
うちも類に漏れず、ほとんど夫婦でコミュニケーションということができなくなっており、その間に両親が亡くなり、深いところでの心の支えのようなものがなくモロい状態になっているのかも知れません。
再来週はうちの父の初盆の法事があります。
喪主なので事務的なところで忙しいですが、単に物理的な法事として済ますのではなく、父の初のお盆をしっかりお祭りする気持ちで臨むのと同時に、自分の心の奥底の深いところの問題に対して、自分自身で問う機会にもしたいところです。