自分はこれまでの人生、多くの所属集団の中で「天然(ボケ)」という位置づけを与えられて生きてきました。
もっとも、誰かから面と向かって「あなたは天然ですね」とはっきり言われたことはほとんどなかったと思います。
しかしながら、自分のこれまでの言動や行動、それに対する周囲の反応を客観的に分析し、そして周囲で天然と言われている人との比較をしていくと、自分がいないところで「あの人って天然だよね」と言われ続けていたことはたぶん間違いないと思います(笑)
ところでそもそも天然とは、どういう定義なのでしょうか?
Wikipediaで調べてみると、その語源はお笑いにあり、「本人が意図していないのに笑いを誘発するような発言をしてしまうこと・人」ということがもとになっているようです。
ただ、現在ではさらに広い意味でつかわれるようになっているようで、定義はあいまいになっているようです。
自分の解釈では、天然といわれる人は、人を笑わせるかどうかはあまり関係はなく、どちらかというと「通常であれば言葉で説明しなくてもわかるようなことがわかってない」とか、「暗黙の了解である事項について理解できていない」といったような、あまり頭の良くない人である印象があります。
では、「天然」と呼ばれる人は基本的にあまり頭のよくない人に多い、ということになりそうでしょうか?
(※ここで言っている「頭がよい・よくない」というのは、いわゆる学業の成績がよい・よくないという意味ではなく、物事を考える力や、考えをまとめる力・洞察力・計算力・それらのスピードといった現実的な意味での頭の能力を前提と考えています。)
たぶん、それは違うのではないかと思います。つまり、天然の人は頭があまりよくない人に多いとは言えないような気がします。
例えば今同じチームにいる同僚の方が、周囲からは「強い天然が入っている」と言われていますが、彼は思考の能力の極めて高い、いわゆる「頭のいい人」です。学歴は「思考能力の高さ」を測る指針にはならないかもしれませんが、やはり地方の一般的な高校を卒業した後でアメリカの大学および大学院を卒業して、海外のIT企業で8年ほど働いていたという実績は、頭の悪い人には作れないと思われます。
また、有名な大スターの中にも実は天然が入っていると言われる人も珍しくないように思います。
たとえばあの長嶋茂雄終身名誉監督も、あれだけの野球センスを持ちながら、その日常の言動は誰もが認める「天然」だったようです。
では結局、どういう人が「天然」になる要素を持っていると言えるのでしょうか。
もしくはどういう思考回路が、「天然」らしき言動を生み出すのでしょうか。
おそらく色々なパターンがあるのだと思いますが、自分の天然発言が生成されるまでのプロセスを解析してみると、「何かにものすごく集中していて、そのことが頭の中を支配しており、その時耳に入ってきた情報を客観的に処理できない状態」であるときに、ちょっとトンチンカンなことを言ってしまう、あまり全体像を把握しないで発言してしまうといったことが起きているような気がします。
もっとも、誰にでも上記のようなことはあると思いますが、たとえば自分の場合、上記のような状態に頭が入ってしまっている時間が非常に長いのです。
もっと言えば、基本的に自分の脳は、常に何かに固執して思考しているような気がします。
その「固執して考えていること」がもし仕事のことだった場合には、良く言えば高い集中力を持って取り組んでいるので成果につながりやすくなることもあり、悪く言えば客観的に周囲を観察しながら様子を伺うことをおごそかにしてしまっているため的外れな内容になってしまうリスクもあります。
先に話題にあげさせていただいた、強い天然が入っていると言われる同僚の方も、おそらく自分と同じような思考パターンのような気がします。
つまり、常に何かに固執して考えており、ともすれば全体像を客観的に見る、という考え方をあまりしないために「天然」と呼ばれてしまうのではないかと思います。
しかしながら、もしも上記の思考パターンが「天然」と呼ばれる人の思考プロセスの一部で間違いないのであれば、無理にそれをやめることはないように思います。
良く言えば高い集中力を維持することができる、ということですから、それを活用しない手はないように思います。
理想的にはその集中力を発揮するときとしない時を使い分けることが自在にできれば一番いいのでしょうが、それができないくらいに集中していることがそもそもの特徴なので、それは難しいかも知れません。
しかし、うまくその思考回路を使うことで、大きな達成を作ることもできる可能性があると思います。
天然の思考回路とうまく付き合いながら、周囲に極力迷惑をかけることなく大きな達成が作れるよう、頑張りたいところです。