以前このブログで話題にしたことがありますが、何か大きな目標を達成するために「根拠のない自信」を持つことは有効であると考えていました。
「根拠のない自信」というとなんだかただ楽観的なだけの、論理的な裏付けのない発想のように思われるかも知れません。
しかしながら、物事を達成するうえで、まずはその達成している自分をイメージすること、ゴールに立っている自分を想像することが非常に効果的であることは、多くの成功者が明言していると思います。
これは、言い換えれば、成功する根拠なんてなくても、とりあえずは成功しているところをイメージしてみなさい、という意味になると思います。もっと言えば「根拠のない自信」が成功へと引っ張る、ということだと思います。
自分のこれまでの人生を振り返ってみても、「根拠のない自信」が結果に結びついたことは何度もありました。
したがって「根拠のない自信」を持つことは有益なことであると、これまで思っていました。
しかしながら、先日TVである大学生が、大学受験の際に「根拠のない自信」が弊害となって受験に失敗して浪人したという話をしていました。
その人は、高校時代は突出して勉強ができて、放っておいても東大に現役合格することは間違いないと言われていたそうです。
しかし、高校3年になって、全国共通模試等を受けてみるとあまり成績がぱっとせず、もちろん東大に受かるようなレベルの点数には遠い状況でした。
それでも、先生等が「現役受験生が伸びるのは直前の数か月だから、焦ることはない」などと言われ、本人も、まあ大丈夫だろう、とまさに「根拠のない自信」を持ち続けていました。
しかし、実際に受験しての結果は不合格。それまで天才ともてはやされてきた本人も、相当落ち込み、そしてこのままではいけないことを悟ったと言います。
それからは受験に対する実践的な対策に力をいれるようになり、点数が取れなかった部分を分析してそこを集中的に対策するなど、努力を積み重ねました。
元々突出して頭のいい人だったので、すぐにその努力が模試の結果にも表れてきましたが、それで「もういいだろう」と根拠なく思うことなく、対策を続けたそうです。
結局本番でも、「裏付けのある自信」を持って落ち着いて臨むことができ、見事に東大に合格したのだそうです。
このエピソードで語られているように、「根拠のない自信」よりも「裏付けのある自信」を持つべきであるということは、非常に説得力のある話だと思います。
例えば窮地に追い込まれた時、「根拠のない自信」は簡単に崩れてしまうと思いますが、地道な努力で積み重ねて築き上げてきた「裏付けのある自信」はそう簡単に崩れるものではないと思います。
では、結局「根拠のない自信」はダメで、「裏付けのある自信」を持つようにべきであると結論付けるべきなのでしょうか?
おそらく、両方を、段階に応じて持つのがいいのだと思います。
何か目標ができたとき、新たな夢ができたとき、まず最初に「それが当然達成できている」イメージを強くするために、まずは「根拠のない自信」を持つことは有益なのだと思われます。
そして、そのイメージに向けて実際に現時点での自分を近づけてゆくために、様々な行動を起こしていくと思いますが、その行動の積み重ねが「裏付けのある自信」を作り、ある時点でその自信が「根拠のない自信」をこえて大きくなっていき、いつしか「裏付けを持って」「当然の結果として」、その夢や目標を実現できるのではないかと思います。