先日、前のチームのマネージャーとランチをする機会がありました。(社内のカフェテリアですが)
彼女は、今でも最も信頼しているマネージャーで、これまでにも語り尽くせないほどお世話になっている人です。マネージャーとしても、PMとしても、極めて優秀ながら大変気さくな人でもあります。
しかし、そんな彼女がついこの間まで、あまりにも忙しすぎて週末も休日もすべて仕事に関係のあることしかできなくて、プライベートのプの字もないような日々がずっと続いて、これからもそういう状況から抜けられそうにないことから、
「もうこの仕事を続けていくことはできないんじゃないか。これ以上この仕事を続けていたら心身ともにボロボロになってしまうのではないか。」
と思い、かなり悩んでいたのだそうです。
しかしながら、お会いした時には既にそのような精神状態からは脱していて、あいかわらず仕事は超忙しいものの、気持ちの中では充実していて、やりがいと楽しさを感じながら仕事をしているとおっしゃっていました。
何が、彼女の精神状態を変えたのでしょうか。
話をしているうちに、少しだけわかってきました。一言でいえば、「何を人生のゴールとするか」が、彼女の中で再認識されたことが理由だったようです。
自分を含む、多くの人が同じことを考えたことがあると思いますが、彼女の中でもただ漠然と「ああ、仕事をしなくても毎日遊んで暮らせるような状態になりたいな~」と、本能のおもむくままに以前は考えていたそうです。
つまり、人生のゴールが「楽をして日々を過ごす」というものに、なんとなくなってしまっていたようです。
そして、確かにそのようなゴールを目指しているならば、仕事でプライベートが全くないような状態が続くというのは全く逆の方向に進んでいるということになるので、当然居心地が悪くなると思います。
しかしながら、彼女の場合、これまでの人生を振り替えてみると、最も「魂が喜ぶ」と感じられたのは決して長期休暇で特に目標もなくだらだらと過ごしている時ではなく、何かやり遂げたいゴールに向かって全力でぶつかっている時だったことを思い出したそうです。
そう考えると、彼女の今の忙しい状況というのは、目標もなくただ忙しいということではなく、きっちりとしたビジョンがあって、それに向かって全力で突き進んでいる途中だから忙しいということであり、それはまさに彼女の望む状況であったことに気が付いた、ということでした。
その、前マネージャーの話は、まさに今自分の置かれている状況に突き刺さるものでした。
自分も、ここのところあまりの忙しさで体調を崩したり、行き詰まりを感じていたのですが、それは「大きな目標に向かっての過程」であることを思い出しました。
人間というのは不思議なもので、何のゴールも見えない、全体像の見えない中でただひたすら苦しい・忙しいといった状況が続くと体が拒絶し、それ以上動けなくなったりすることがあると思いますが、そうではなくて、大きなゴールが明確で、今大変なのはなぜなのかがはっきりしていると、同じ苦しさ・忙しさでも結構耐えられたりするものだと思います。
忙しすぎて行き詰ったときや、疲れてもう駄目だと思った時は、そもそもなぜそれをやっているのか、最初に設定したゴールを思い出し、今やっていることがそのゴールにつながっていることを確認し、そしてそれをやることが自分の魂を喜ばすことにつながるとイメージできたならば、必ず自分の中の潜在能力がその状況を好転させるために動くと思います。