片手でも楽に抱えられるほどの大きさに、くまさんやぞうさんの柄のついた服をきて、あどけない声を漏らして、ちょっと目を開けて自分の方を見ながら微笑まれた日には、魂を奪われてしまいそうになります。

しかしこれまで自分は、少なくとも「根からの子供好き」ではありませんでした。
以前の記事でも書いたことがありましたが、亡くなった母があまりにも子供好きで、傍から見ている限り必要以上に子供に固執していたので、自分の中に「子供を無条件でかわいがる」ということに対しての疑問符が残っていたのかもしれません。
もちろん、これまで対面してきた友人の子供や同僚の子供は無条件にかわいく、彼らの笑顔を見るだけで幸せな気持ちになることは数多くありました。
しかし、母の子供好きの度合いから比較すると、はるかに小さいものでした。
また、現実に自分の子供を守るために自分の命を犠牲にした親は、国や時代を問わず少なくありませんが、当時はまだ、そこまでの気持ちは実感として理解できませんでした。
そんな時、母が以前よく言っていたのが「おまえも自分の子供を持てばわかる」ということでした。
確かに、よく聞く話で「今まで子供はあまり好きではなかったけれど、自分の子供を持ったらこんなにかわいいものはこの世にはないと思った」という人は少なくなかったように思います。
とにかくこればかりは、実際に経験しなければわからないのだろうとずっと思っていました。
そして今、その気持ちがわかるようになりました。
自分の子供、もしくは自分と血のつながっている子供(甥・姪)というのは全く違う存在なのですね。
生後まだ10日程度しかたっていないうちの子の顔は、自分に似ているのかカミさんに似てるのかもよくわかりませんし、ましてや性格や考え方などが自分に似ているのかなどこの先もそう簡単には分からないのだと思います。
それでも自分とのつながりを強く感じますし、自分たちがしっかりしなくてはこの子は生きていけないという責任感も強く感じます。
そんな、つながりの強さが脳のどこかで作用して、「かわいい」という感情を生み出す仕組みになっているのかもわかりません。
いずれにしても、以前は悲観的だったのに、今はあっさり「こんなにかわいい子はこの世にいない」と思ってしまっている自分がいるのでした。