自分が周囲にどのように映っているのかを知る機会 | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

「自分が思う自分像」と「他人が思う自分像」というのは意外と一致しないものだと言われています。
例えばある人が「自分はいつも周囲に迷惑ばかりかけているから、当然みんな自分のことをウザい人間だと思っているだろう」と思っていても、実際には誰もその人のことをウザいなどとは思っていなかった、というようなことは珍しくないような気がします。

また、自分のことを意外と知らない、ということもあるかと思います。
自分では特に意識しないでやっていたようなことが、周囲から見たらとても有難いことで、本人の知らないところでとても感謝されていた、という例もあると思います。

そして、そんな「自分で見ている自分自身」とは違った、周囲の人たちの視点から見た自分像を知ることは非常に有意義なことだと思います。
「自分の知らなかった自分の良さ」がわかれば、今後はそれをこれまで以上にやるようにすることで、周囲にもっと貢献できるようになるかも知れません。
「自分では気が付かなかった弱点」を教えてもらえれば、当然それを直すためのきっかけにすることができると思います。


先日、職場のチームの中でそのようなことを行う機会がありました。
有難いことに、チームに入ってまだ数か月しかたっていなかったにも関わらず、非常に有意義なフィードバックをいただくことができました。
興味深かったのは、自分の中では自分の短所として「やることが雑」ということがあったのですが、いただいたフィードバックの中には「やることが丁寧で誠実」という真逆のものがあったことでした。
本当に、周囲の印象と自分の意識というのは一致しないものだと思いました。

もうひとつ、長所として「やさしい」というフィードバックをいただいたのですが、これには考えさせられるところがありました。
思えば自分は、小学生くらいまではよく周囲から「やさしい子だ」といってもらっていました。
もっとも、当時は何の取り得もない、知能遅れに近い状態の小学生だったので、「やさしい」を取ってしまうと本当に何も残らない状況でした。

中学生くらいからでしょうか。それ以降「やさしい」と言われた記憶はほとんどありません。
むしろ、きついとか、厳しいとか、そういうフィードバックの方が多くなっていました。
いつから自分は、人にやさしくない人間になってしまったのだろう。。
人間が人間らしく生きていくうえで、周囲の人たちのために貢献することを喜びとして生きることは基本だと思いますが、それが本当にできているならば、必然的にやさしい人になっているはずです。
長い間、自分の中でそれができていなかったということだと思います。

今一度、人生の原点に立ち返って、本当に必要なことを常に意識して行動できるようにしたいところです。