Twitterに参加して学ぶ | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

数日前にとうとう Twitterのアカウントを取り、わずかながらつぶやきを開始しました。
それにしても、ことPCに関連する技術やサービスなどで、十分に有名であるのにもかかわらず、これだけ遅れて触ったり参加したりしたものは今までになかったような気がします。

もちろん、Twitter の存在を知らなかったわけではありません。
むしろ随分前から「人のつぶやきを読むだけ」の目的で使ってきました。
自分の会社の製品をキーワードにして、それに関連するつぶやきを検索するだけでも、ユーザーさんの本音を聞くことができたり、反応を見たりすることができたので、とても役に立っていました。

しかし当然のことですが、自分がアクティブにつぶやいてフォローして活動を広げていかない限り、本当の Twitter の良さを体感することはできません。
どんなことでもそうですが、傍から見るのと実際にやるのとでは、その感じ方には雲低の差があるものです。

なぜ今までアクティブにつぶやかなかったのか、ということですが、やっぱり自分も年をとったせいか、行動する前に頭で考えてしまい、「広瀬香美さんや鳩山首相のような有名人のつぶやきならいざ知らず、自分のような一般人が『今日のお昼はピラフを食べました~』とかつぶやいたところでいったい何の役に立つというのだろう」と思ってしまったからです。
ブログやWikiのようにまとまった文章であれば、まだ何か意味のあることを伝えられる可能性があると思ったのですが、たった140文字のつぶやき、しかもありきたりな日常生活の様子をつぶやいたところでほとんど意味が無い、と思ってしまったのです。

しかし実際には、友人の日常生活のつぶやきを見るのは楽しいものですし、また、全く面識のなかった人でもその人のツィートをざっとみることでどんな人なのかイメージしやすくなると思います。
書く方も、ブログや日記ではある程度かしこまったことしか書かなくてもTwitterには気軽につぶやくことができて、結果読む人にとっても書き手の素顔みたいなものがTwitterなら垣間見えたりして、いいのではないかと思います。
長いこと会っていなかった学生時代の友達を偶然見つけて、今どうしているのか気軽に知ることができる場合もあります。

結局自分は、狭い観点で Twitter を見てしまい、その可能性や、これだけ受けている本当の理由を追求しようとしないで避けていただけだったのだと思います。
それに、これもあらゆることに通じることですが、結局発信された情報に意味があるかないかを決めるのは、発信元ではなく、受信した人が決めることだと思います。発信している方は「こんな情報に意味はない」と思っていても、実はそれが物凄く貴重な情報だったりする場合があるかと思います。もちろん、その逆もあると思いますが。


正直まだ「○○なう~」とかつぶやくのは抵抗がありますが(その固さがオヤジ化の一歩なのかも?)、活用して、楽しんでみたいと思います。