今までどうしてもできなかった、サーブで腕を正しい軌跡にのせてインパクトする動作が、時々できるようになったのです。
きっかけは「Tennis Jurnal」の1月号に載っていた説明文でした。
「サーブ時の腕の振り方は、『ばいばい』をするときのように、横に振るのが正しい」
という、たったそれだけでした。
昨夜その説明を読んで、今朝はサーブを打つときに頭の中で「ばいばいのフォーム、ばいばいのフォーム・・」と考えながら打ったら、ちゃんとした軌跡をラケットが描いて、今までにないインパクトの感触を感じることができたのでした。
しかし実は、それと似たような説明は、これまでに何度となく読んだり聞いたりしてきていました。
「腕は内から外への軌道で」
「腕の振りは、腕の内旋を使って」
「耳の横から正面へ抜くような軌跡で」
「首の横に逆三角形をイメージして、その中を通すように」
「体を少し左に斜めにするような気持ちで腕を振ると正しい軌跡になる」
などなど、すべて同じことを違う言い回しで説明しているにすぎないのですが、それらの説明を読んでもそれを実現することがずっとできませんでした。
なのに何故か、「ばいばいのフォーム」という説明が自分にぴったりはまったようで、そのおかげで今までできなかったことができたのでした。
実は世の中には、これと同様なことが多々あるのではないかと思います。
つまり、自分にとって相性がいい、しっくりくる説明・解説というものがあるのであって、それは必ずしも他の人にとって分かりやすいとは限らないのではないかということです。
(はるか昔の話ですが)受験などのときに、「この参考書は分かりやすい!」と友人に勧められて読んでみた参考書が全然自分に合っていなかったり、逆にあまり売れていなさそうな参考書が自分にとってしっくり来たり、という経験があったことも思い出しました。
だから、本を読むなら同じテーマでも違う本を複数読んだ方がいいのだと思います。
一つの本だけでは、その解説が本当に自分に合っているかどうかわかりませんし、ちょっとした文脈や構成が違うだけで、その本で解説されている内容が好きにも嫌いにもなる可能性があります。
「些細なきっかけで、何か新しいことに興味を持つ」
「今までできなかったことが、些細なきっかけでできるようになる」
本当に些細な説明の違いで、そういうことは実際に起こり得るのだと思います。