彼が野球をはじめたきっかけは、父親にあったそうで、3歳のころからバットを握っていたそうです。
父親はバッティングセンターに、当時まだ幼児だったイチロー選手を連れていき、しかし父親がひとりでバッティングを楽しみ、イチロー選手はただ見ているだけだったのだそうです。
しかし人間というのは、他人が楽しそうに何かをやっているところを見ていると、自分もやってみたくなる習性があるようで、小さかったイチロー選手は、父の姿を見て、バッティングをやってみたくてやってみたくてしょうがなかったのだそうです。
それでも父は、意識してかどうかは分かりませんが、そんなイチロー選手の好奇心をじらし、なかなかバッティングをやらせてあげなかったそうです。
そうなるとさらに、人間というのはそれをやらずにはいられない、そのことで頭がいっぱい、というような状態になっていくものです。
やがてバットを持つことを許されたイチロー少年は、もう無我夢中で野球に取り組んだのだそうです。
ひょっとしたら、もしもイチロー選手の父親が、はじめてイチロー選手をバッティングセンターに連れて行った時からバットを握ることを許して好きなだけ、飽きるまで、バッティングをやらせたならば、彼の野球に対する情熱はそれで終わりになってしまい、今のような球史に名を残す名選手にはなっていなかったのかも知れません。
「他人が楽しそうにやっていることはついやってみたくなる」
「じらされると余計に好奇心が増大する」
この二つの法則は、おそらく万人に通じるものだと思います。
思えば自分も、この二つの法則によって、PCの世界にはまっていったのだと思います。
PCに興味を持ったのは中学一年の冬でしたが、当時は今のようにPCというものが世の中に普及していなかったため、触るどころか実機を見ることさえもなかなかできませんでした。
たまに店頭に飾られているPCを店員と思われる方が操作したりしているのを見かけたのですが、それがすごくカッコよく見えて、うらやましくて、自分の手で操作してみたくて仕方がなかったのでした。
PCを持っていないくせに、PCの雑誌「マイコンBasicマガジン」とか「I/O」とか「Oh!MZ」などを購入し、隅から隅まで読みつくして、知識だけが先行してついていって、それでも実機に触ることはできなくて、まさに「じらし」の効果が自分の中で広がっていきました。
それから数年後についに手に入れた8ビットPCが、その後の自分の人生を決定づけるきっかけになったのは、今にして思えばそれほど不自然なことではなかったのかも知れません。
以下の写真は、その最初に手に入れたPCです。
これを見ると、いまでも当時の情熱がよみがえってきます。
いや、自分の中では、今でもその中学一年の頃の情熱がずっと消えていないのかも知れません。
