本当のスタイルに近づくには | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

先日、またテニスコートをひとりで借りて、朝のサーブ練習をしました。

今回改めて思ったのは、「自分では極端に体を動かしているつもりでも、傍から見るとたいして動いていないものだ」ということです。

自分では、バックスイングの時に腰をそれこそ180度くらいねじっているつもりで、重心移動もまるで上半身が1mも後ろから前に移動したがごとく動かしているつもりでした。
ところがデジカメで動画撮影してみると、全然重心移動なんてしているようには見えないのです。


ずっと昔、自分がまだ小学生だった頃、「王貞治選手の一本足打法の真似」が流行りました。
自分の所属していた田舎の小学校のクラスでは、遊びと言えば基本は野球だったので、全員キャッチボールとかバッティングごっことか、毎日毎日野球に関係することばかりしていたのですが、バッティングと言えば一本足打法でした。
そのとき自分は、思いっきり脚を上げて構えて、もう王選手とうり二つのフォームで打っているつもりでした。
ところが周囲のクラスメイト達からは、「オマエのバッティングの仕方、なんか変~」などと言われ、おかしいなあと思っていました。
きっと、今のようにデジカメかビデオカメラで当時の自分のフォームを撮影して当時の自分にみせたら、さぞかしガッカリしたことでしょう。

・・今にして思えば、自分では「一本足打法」のつもりで右足を高く上げているつもりでも、実はたいして上がっていなかったのではないかと思います。

今も同じなのだと思います。
自分では、物凄い重心移動をしているつもりでも、実際には全然足りないのです。


当然このことは、人生にも通ずることだと思います。
自分ではものすごくがんばってやっていて、周囲からも当然それがはっきり見えているように、自分の中では思っているのに、現実には周囲には全く自分のがんばりなどは見えていないし大したことに思えない、ということは過去になかったでしょうか。

自分では「これをやるとちょっと目立ちすぎるのでは」などと思いながらも思い切ってやってみたら、実は全然目立たなかった、などという少しイタイ思いをしたことはなかったでしょうか。

しかし、だからといってもっと目立つようにやればいいというものでもないと思います。

重要なのは、そのような表面上の見栄えを意識することではなく、本質的になぜそうする必要があるのかを良く理解することだと思います。
例えば一本足打法は、なにも目立つために生まれた打法ではなくて、そうする必然性があったわけで、一本足でバックスイングにかかる動きを最小限にすることでタイミングを取りやすくするという目的があるわけです。
そのことを理解したうえで一本足打法を使わない限り、見栄えばかり意識して脚を上げている限り、その本当のスタイルに近づくことはないのだと思います。

なぜそうする必要があるのか、なにが本質なのかをよく見極めて、形式や見栄えにとらわれないで、物事に対してまっすぐに向き合えるようになりたいものです。