今の上司に限らず、本社にいた時代に「この人はできる!」と思った人はほぼ例外なく、残業をほとんどしない人達でした。
言うまでもありませんが、そういう人達は決して仕事の持ち分が少ないとか、閉職だとか、仕事を中途半端に放り投げるとか、そういうことでは全くなく、むしろその逆で、人一倍仕事の責任も量も重いような人ばかりです。
実際にそういう人達のそばで仕事をするまでは、「ああきっと、あの方たちは忙しいから、早朝から深夜まで仕事をし、休日もずっと働いているのだろう」と思っていたのですが、現実は全く逆でした。
自分のような古いタイプの人間は、小さいころから「根性論」が植え付けられていると思います。
つまり、夜遅くまで、ボロボロになりながら働いたり練習したりすることが美徳とされる風潮に染まっているのだと思います。
例えばおそらく30年前にうちの父親に「今までより倍の幅の雑巾を使って拭き掃除をすれば、これまでよりも2倍の効率で掃除をすることができるはずだ」などと言った日には、「バカヤロウ、楽することを考えるんじゃあない!くだらないことを考えている暇があったら手を動かさんか!」などと怒鳴られたに違いありません。
おそらくそんな「根性論」が深層心理にしみついているのは自分だけではなく、日本の30代~40代のいわゆる働き盛りの世代の人たちの多くは、同じような思いがしみついているのではないでしょうか。
また、良くも悪くも昔の日本には、頑張った人を擁護する風潮があったと思います。
例えば、毎晩徹夜して残業して、一生懸命仕事をしたけれども結局うまくいかなかった、というような場合、たとえその仕事内容が大したものではなくても、「頑張ったんだけれどダメだったんだからしょうがない」ということで、責められることはなかったように思います。
今にして思えば、正直にいえば、過去の自分は 失敗したときの言い訳というか、予防線を張るために これ以上は不可能というほど物理的に仕事を長時間やっていたと思います。仮に後で落ち度が見つかっても、「自分は自分の限界の仕事をしました。これ以上は無理だったのだから、しょうがないでしょう」と言い訳をするつもりで、その準備をしていたのでしょう。
その時はそんなつもりはありませんでしたが、おそらく心の奥底で「これだけやっておけば、仮に失敗しても責められまい」と思いこんでいた節があったと思います。
しかし、冷静に考えれば、そういう根性論や、「頑張ったんだから見逃して」論が効率的でないのは明らかです。
ただでさえ、長時間労働は脳の働きを悪くし、創造的な考え方を抑制し、仕事効率を落とすことが科学的に証明されています。
また、広域にわたって長期的に深く考えていけば、大抵のことはまだまだ効率化できるものだと思います。
もちろん、即解決とか、即効率化とか、すぐに飛躍的にしかもノーリスクで変えられることは少ないのかもしれませんが、数年かけて本気で変える意志があるのならば、必ず方法はあるものではないでしょうか。その方法を、色々な角度から論理的に考えることが、今の時代の社員に求められていることなような気がします。
自分は、本社にいた時代にそのことを徹底的に仕込まれました。
また、今の上司もそのことを非常によく理解されていて、それを実践しながら道を作ってくれるので、我々はその働きやすくてやりがいのあるレールの上を思い切り走ればよくて、非常に恵まれていると思います。
今のチームで働かせてもらっていることに感謝します。
6時に帰るチーム術
この本はまだ読んでいませんが、おそらくうちの上司が実行していることと同様の、効率的な仕事術が書かれているのだろうと思います。