鬱の苦しさテーマの第三弾!
「回復のビジョンが見えない」編です!
鬱の症状が現れ始めてから
もう1年と10ヶ月が経ちました🌾
まだ立ち直りきれていない部分もありますが
98%くらい回復しました!!
そう、今なら明確に回復した!と言えるけれど
鬱の渦中にいる時は全く回復のビジョンが見えませんでした。
「元気になったら会おうね」
「また戻ってくるの待ってるよ」
応援のメッセージが辛い辛い…。
元気って何?
待たれても同じこと繰り返すんじゃない?!って…。
うつ状態の時は24時間ひっきりなしに
苦しみが纏わりついてきてしまい、1日中負の思考と闘いっぱなし。
その状態が常態化してしまい(シャレは無意識)
もはや「うつ状態」が自分の「正常時」と思えてくるほどです。
寝ても覚めてもずーっとその状態ですから
(寝てる時は大抵悪夢で起こされる…)
元気な状態というものがどういうものか分からなくなります。
元気って何?こんなに悩まないってこと?
でも人って誰しも悩みはあるよね?
悩んでも苦しまないってこと?
どうしたらそうなれるの?
みんなは悩みがあっても気持ちを切り替えて前を向けるけど、私は弱いからそれができないだけ?
どうやったら強くなるの?どうやったら切り替えられるの?
やり方がわからない。できない。もう一生このままなんじゃない? だったら一生元気じゃないってこと?
みんなの言う「元気な状態」に
なれない自分には価値がないのだろうか。
そんな考えが頭をよぎります。
事実、うつ病だと保険に入れなかったり、
ローンを組めなかったりと、社会的にできないことがあります。(寛解してから年月が経っていれば問題ないですし、そもそも言わなければバレません😂)
転職時などにも転職先にうつだったことを伝えなければ経歴詐称になるとか…。
“働けなくなる可能性がある”
”自死の道を選ぶ可能性がある”
鬱の症状的にそのように捉えらることは理解していますが、どうしてもそういった事象に直面すると自分の存在を否定されているように感じてしまいます。
より一層、鬱である自分には価値がないんだ。
という思考が強まってしまいます…。
鬱病の人とわざわざ関わりたいって思う人なんていないだろうな。
仮に鬱病が治ったとしてもいつ再発するか分からない。鬱と共存しているということはこれから一生人から必要とされず、孤独に生きていくんだろうな。なんて…。
今まで楽しいと思えていたことにも一切興味がなくなり、死ぬこと以外にやりたいことはなくなります。
希死念慮以外の感情がなくなるかのよう。
これから先の未来に楽しみはなく
この苦しみと戦い続けるビジョンしか見えません。
寿命が来るその日までただただ死を待つだけの日々。
「治った時」の想像は全くできませんでした。
楽しい!や幸せ!という感覚を忘れてしまった、否、知らないような状態だからです。
唯一思い出せるのは過去の自分。
感覚はないけれど何かを楽しんでいた自分です。
もうその頃には戻れない…。
でもそれで良いのだと思います。
戻ったら同じことを繰り返してしまうから。
鬱を経験した以上鬱を知る前の状態には戻れません。
この経験がこれからの先の自分の糧になります。
鬱になったからこそ今まで気づかなかったことに気がつけるようになる。知らなかった感情を知ることができる。
鬱時は苦しいことばかりですが
その苦しさの中にも学びはあります。
そうした経験が気付かぬうちに自分を変化させていきます。
回復のビジョンは見えなくとも実は日々少しずつ変化している。
鬱は目に見えないため自分の状態が分かりません。だからこそその状態を可視化すれば少しずつ変化を実感できます。
本当にどん底にいる時は何かに記録を残したりすることは難しいけれど、少し落ち着いたタイミングで自分の記録を残すことができると、ちょっとした成長を知覚できるようになります。
私もこのアメブロの投稿でずいぶん救われました。
今日は数秒落ち着いた瞬間があった とか
鳥の声が気持ちを落ち着かせた とか
そういう些細なことで良い。
塵も積もれば山となる!
回復のビジョンは持たなくて当然!
未来は何が起こるか分からないものだし予測はできないから、今に集中して今の変化を残しておく。
そうすることで回復していることを実感できます。
そして本当に回復した時は回復した!という感覚が得られます。
初めは
落ち込んでも切り替えられるようになった時
次に
落ち込むことが減ってきた時
そこから徐々に
楽しい!と感じられる日があった とか
やりたいことができた とか
未来が考えられるようになってきます。
そして気づいた時には
未来のために今を生きよう!という感覚になっています。
今まさに私がその状態です。
夢は旅人。
そのためにどこにいても稼げる力と
どんな人でも喜ばせられる力をつけたい。
そのために今できる努力をする!
自分の中ではだいぶ壮大な夢を持っていますが
心から本当にそうなりたいと思えているので
毎日の努力が楽しくて仕方がありません。
努力と言っても以前のように追い込むことはなくマイペースにやれることをやっています。
記録するのは分かったけど記録ができない時は?
これは実際苦しんでいる時に思っていたことです。
1度目の鬱の時も感情を記録することで落ち着けることを学んだのですが、それすらできない状態の時。
頭で考える事しかできなかったけれど
いずれこの苦しみから脱せられる時が来る!と
ひたすらに信じることを繰り返していました。
信じる事自体難しいし、信じたからといって
楽になれるわけではなかったけれど、
信じることで死なないようになんとか自分をセーブしていました。
未来に期待するのではなくて、信じる。
必ず回復する。辛い時期もいつか終わる。
どうすればいいかなんて全く分からないし、
回復する兆しも見えないけど、
でもそんな日が来るって無条件で信じる。
死なずに回復まで待つためのおまじないのようなものでしたが、そうして時間が経つのを待っていました。
これが最善の方法かは分かりませんが
唯一できることでした。
結果、本当にそんな日が来たから信じてよかったです😊
信じてたらほんとにたまーに
元気になった最強な自分を想像できる瞬間もありました😊
信じるものは救われる!
まさにその通りでした。
今日も長くなっちゃった!
私は今でも本当にたまに過去のことが蘇る時があります。それが怖くて未だに元会社の近くに行くことができません。もはやその会社があった県、さらに周辺地域に行くのですら緊張します。
でも、いつまでもこのままなのは嫌なので
荒療治しようと来週行くことにしました!
1人では流石に怖いので友人と😎
それは怖さを払拭したいという思いが強くなったからです。これまでも何度か肝斑を一瞬通ることはあったけど、動悸息切れめまいがしました。
きっと今回も緊張でややパニックになってしまうかも!でも今の私ならもしかしたら乗り越えられるんじゃないか、とも思います。
側から見たら大袈裟なことかもしれないけれど
私にとっては1つの試練!
頑張ってみます✨
その結果はまたアメブロを更新して残します!