山川を トトロのめいちゃんと 言っているのを 最近聞いたことがある。山川 雨好きで よく飼い犬と 雨の日に 前だけ見える鍔広のレインハット レイン用の眼鏡 レインコート 膝までのレインブーツ その4点は 山川の雨の日スタイルであった。トトロは死の精霊だと 評されているようでもあるが 山川の三十年間もまた 死の世界観が色濃い時代であった。雨にまつわる 山川の雨の記憶は 人より豊かではないかと自負しているところがある。そういう雨の日スタイルが確立された由来は 肌に当たる 自然界の音を 体感して感じることに 嬉しい気持ちが表れたことだと思う。雨垂れ 雨傘 雨水 雨音 水溜り 家は常に死の世界観の強い場所だったのもあり そのなかでは ほかの家とは別の空気を持っていて 山川の自然界の趣向もまた トトロのめいちゃんのごとくあったのかもしれぬ。自らロナセンとロヒプノール プルゼニドを飲まされていたのもあり 死のにほいのする 我が家にいて 母が常に 山川が 自殺するのではないかと恐れていたのもわかる。飼い犬を連れて バイトが午後のときは 午前中の5時間 早朝に出て 昼まで 水に関わる場所で 散歩していたから 犬のお陰で ずいぶん楽しい散歩をさせてもらった。感情の行く先が 柴のレオとドンとワカしかなかったのだ。家は死の場所 死のにほいのする場所だったからゆえ 山川は バイトし続けていたのだろうと思う。母の存在は そういえば めいちゃんのお母さんと似ているし お父さんも 父のように優しく穏やかな一面があったから 常に私たちは 母を慮るように 静かに暮らしていたのだ。人はゆき交うこともなく 家に人が来るようになったのは 山川に転機が訪れた 40過ぎの頃からである。母の死のあと 生き始めた山川の運命に沿うように 同じ感覚の人が現れるようになった。絵描きの山川をバックアップさせてくださいと申し出てくる人もいました 山川に自信を持たせるように 運が人を連れてきた。夢のような現実が日々現れるようになったから 満足感で心が満たされるようになった。人と話をするようになったのは 母が亡くなったあと レオとドンが死んだあと 父とワカが亡くなった後。父も母も 詰まり両親とも 山川にとって 死に神を背負って生きているような家だったのだ。死の装束を着ているものに 作る食べ物はなかったし 感じる優しさはなく 山川に対して 裏切りの視線を見ているような気がいつもしていた。三十年間は 山川の岐阜病院も 両親の各病院も 意気消沈させるための 山川の足を掴んで離さなかった気がする。この三年間は 特に その死神から抜け出すための 大々的なメンタル工事が行われた気がする。多くの死者が 毎夜毎夜現れた感覚の中 サイバーストーカーという名の下 山川 死への旅路を迫られた気がする。かなり危ない経験だった。生きている中 死臭ポケットに入れられていたことも知った。やっと目覚め始め 眠れる毎日を送る山川のお腹には 未だ むくみが多くのこっている。縮んだ 身長と体格は 違和感なく 膨らみ始め 自然界は わたしに 本当の姿を見出そうとしている。

山川令瑚