裏居酒屋
男はある日店番をしていて、家主の親父と話してこの店のことを聞いた。
男は十年も通いつめていたので、うすうすは感づいていたのだが、今まで
声がかかったことが無かった。
年齢が六十歳以上が対称であり、また個人商店の御隠居や、奈良では墨や
薬店、酒店などの老舗の古老たちが対称である。
この居酒屋は通常営業時間は五時から十一時迄、遅くても十二時迄である。
そして一ひと月に一回の特別営業は真夜中二時から三時である。これは誰
でもが入れるわけでなく、年齢も高く秘密を守れる商家の御隠居達だけで
ある。人数も一人だけか、二、三人までに限られている。
「 これからお話する事は絶対秘密なんですよ 」
なにがはじまるのか!
老人たちはブレザーを着たり着物であったりそれぞれそれなりのお洒落を
している。店のカウンターの奥に六畳程度の部屋がある。
さてこの店の客筋は、早い時間は菓子職人、クロス張り職人などの、比較
的若い労働者が中心である。
「チューハイ2丁、ビール1本、煮豆にお新香」この店は一銭めしやの様
に食事も出来るので非常に繁盛している。
この店の女将は一度結婚をしているが現在は一人身で、息子が一人いる様
子だがはっきりとは解らない。
カウンターの中には若い女の子が入っているのが、繁盛している原因かも
しれない。
先月まで入っていた準看護婦の女の子が急にやめたいと言って来なくなっ
てしまった。
急場しのぎに客で来ていた介護ヘルパーのとしさんが入る事になったが愛
想は悪いし酒を飲むと誰彼なしに見境なしにけんかを売るたちの悪さであ
る。女将はもう一人客としてきている恵美ちゃんに来てほしいのだが、こ
の娘なら月に一度の御隠居の相手も出来るであろうと思った。
女将は恵美ちゃんに頼んでみると二つ返事で引き受けてくれた。但し今は
月に一度の秘密は言わないで其のうち慣れてくれれば一度話して見ようと
思った。客も上得意なら女の子も見かけも、性格も良い子でなくてはなら
ない。
そして一週間が過ぎた。今日から恵美ちゃんの初出勤の日がきた。恵美も
また、昼間は介護の仕事をしている。小学校に通う子供が二人いるが夜は、
母親が子供を見てくれるので外には出やすい。
午後六時から十二時迄洗いものを済ませ、おかみ特製のドリンクを飲んで、
三十分位横になり休憩。三十分横になると昼間の疲れも出て体が吸い込ま
れるように深く眠りに落ちていく。その間に計算を済ました女将が家迄送
ってくれる。昼間の出勤日がだんだん少なくなってきた、ひと月も経った
ころ、もう少し収入が欲しいと思っているところに、月に一回だけ午前三
時頃迄残って欲しい、残ってくれるなら時間給も上げ、特別手当も出そう
と言ってくれた。
恵美はもともとお酒が好きだし、結構店では他の客に大事にして貰えるの
で昼間の仕事を登録だけはしておいてこちらを主にしていこうと思った。
雨が降ったりして暇なときは早い時間にシャッターを下ろして女将特製の
ドリンクを飲んでカラオケをしたりしているが、すぐに眠くなるので横に
なって休む。このとき女将は特製ドリンクの中に睡眠導入剤を入れて眠ら
せるのである。十分効き目が現われるのを確かめていよいよ実行である。
この日は早くから雨が降ったので常連客も少なく十時には客足が途絶えた。
女将は何処かに電話をしている様子なので、女将は特製ドリンクを安心を
して三杯も飲んでしまった。このドリンクは恵美の一番好きなチユーハイ
にライムで香りをつけてあるので睡眠導入剤の味はしない。
女将が大切なお客のところにお重を届けるので手伝って欲しい。
また帰るまでシャッターを閉めて留守番をして欲しい。
お重を作っている間も、ドリンクを飲んでいたので足元が二、三度ふらつ
いてしまった。お重が出来上がると女将が出て行ったので奥の六畳間に転
がり込んだ。マットが敷いてあったのでその上にごろりと横になった。
女将は出て行く振りをして横の駐車場に向かった。そこには一台の車が止
まっていた。
中から初老の男性が降りてきて、女将と一言二言話すと裏口からそっと中
に入った。
恵美はマットの上にうつ伏せになってすやすやと寝息を立てて寝ていた。
初老の男性と女将はなれた手つきでユミの服を脱がし始めた。
ジーンズをはいているのが少し厄介だがセーターを取ると白い肌にブラジ
ャーが喰い込んでいる。初老の男性はジーンズを脱がせると女将に向こう
にいけと合図をした。ブラジャーをはずし、パンティをとると初老の男性
はゴクリとつばを飲んだ。
ユミの身体は二人の子供を産んでいるが今が盛りなのかもしれない。
男は着ている着物を脱ぎユミの側に横たわった。男の物は萎えきってはい
るが、時折ゴクリと生唾を飲み、また「 ハアーアー」と初老の男性のため息
が聞こえる。
女将は「 どう、今日は見るだけでしょう」と促されてしぶしぶ着物を着た男
はもう一度女将と一緒に恵美の服を着せた。車に戻ると満足げに帰っていっ
た。この初老の男性こそがが奈良で、老人たちを仕切っていたのである。
恵美はこちらの方が勤めは楽だし、充分な収入があるので昼の仕事は止めて
も良いなと考えていた。
月に一度言われるままに六畳の間で休んでいると、うとうととはするが眠り
に落ちない。うとうとしながら眼を瞑っていると老人特有の加齢臭とでもい
うのか独特の匂いを感じた。
そうなると五感が臭覚と触感だけで、何か身体を這いずり回るような感じが
するがすべて夢の中である。
眼が覚めて、ジーパンのジッパーが少し下がっているのが不思議だなと思い
ながらカウンターに立った。
一ヶ月が過ぎ二ヶ月が過ぎたころ女将はずっと来てくれるのかと聞いてきた。
不思議に感じたが、手取りが他では得ることの出来ない位の額だったのでそ
の場で了解をした。
男が街で声をかけたのは昼も少し回った時間であった。奈良の中心部にある
三条通りを、東に行き曲がったところ、餅飯殿商店街の中にある、ジャズを
聞かせる店がありたまたまばったりと出会ったので、どちらからとも無く食
事を誘うように店に入った。この店は昼の時間帯は洋風料理を出す。
大きなスピーカーと油引きの床板がなんとなく歴史を感じる。
奈良には真っ白い鹿がいる事などを話し、夜の出来事には触れずにいた。
男はその夜も店を訪れたがカウンターには女将が一人でいるだけであった。
さりげなく恵美ちゃんのことを聞いたが、風邪をひいて一週間も休んでいる
とブツブツと文句を言った。頃合を見て「女の子だったらいるよ」、と言う
と女将はこちらを向いて真顔になり 「若い子、きれい、何才」
こちらの話を問いかけるまもなく聞いてくる「きれいだよ子供は三人」
「早速今日にでも連れて来て」男は向こうの都合もあるから聞いておくとだけ
返事をした。好い子だったら時間を増やし賃金も増やしてもよいと言う。
男は何だろう。何が行われているのか少々興味をもった。
女将に尋ねても「 本人にしか言わない」の一点張りである。
男は御隠居に話した。ご隠居は全くの下戸であり、酒を飲むと餡の味がわかり
にくくなるので飲まないと言った。しかしこちらの方は中々の好きものらしく
一度アタックしてみようかと言った。遅い時間に訪れてみようと十二時過ぎに
行って見た。相変わらす女の子がいないと言ってブツブツぼやいていた。十二
時三十分になるとそわそわしだした。今日は終わりだと言う。御隠居は酒を飲
まないので、ご隠居の車の中で待っているとタクシーから二人連れの老人が降
りてきた
老人の二人連れは上品にこのような時間帯に来たのは、老いると寝入りに目が
覚めると中々寝付けないので一献飲ませて頂きたいと頭を下げた。
女将は「ご用意できております」
といって六畳の間に案内をした。そこには若い女が裸体で横たわっていた。
側には急ごしらえの膳の用意がしてあった。品数は少ないがなかなか凝った料
理が膳をにぎわしていた。
それにしても、神秘的な全裸で寝ている若い女性を、酒の肴にして楽しむと言
う、悪趣味は男性の役に立たなくなったにもかかわらず性欲と言うものがあり、
それを満足させていると言う。
数日してから男は一人で店に行った。
他に客は居らず、女将一人があわただしく働いていた。
ビールを飲んでいると女将はあの御隠居となら一緒に来てもよいと言った。
「明後日ならよいと言ってくれた、但し料金は一人五万円、他言無用」と付け
加えた。男は早速、御隠居のもとに駆けつけた。御隠居は一人五万円が気にな
るらしくて最初は渋っていたが、こんな機会は無いと言うとやっと決心をした
様子だ。
和菓子屋の朝は早い。午前四時にはもち米をときだして作業が始まる。
御隠居の休みは毎週水曜日なので、その前日火曜日がその日に当たっていたの
で日時、は全く問題は無いのである。
当日夜八時ごろ和菓子工場を覗くと御隠居は一人残ってあんころ餅を作ってい
る。じっと耳を済ますとちいさな声で「チ〇コマ〇コ、チ〇コマ〇コ」と調子
を取りながら餅を丸めている。よほど嬉しいのだろう。女系家族で養子が続い
て、御隠居の代で初めて長男が生まれ、その長男も四十半ば、やっと店を任せ
られるようになった。
さて約束の時間にはまだ時間があるので、男は待ち合わせの別の居酒屋に入り
飲みすぎない様にチビチビとビールを飲んだ。居酒屋が閉まるころには、奈良
の町全体が寝静まってしまう。静かだ、人達がこの町に住んでいるのかと思う
くらいである。
御隠居は酒を飲まない下戸であるのに、五万円も払ってでも何を見ようかと考
えるとおおよそ察しがつく。
さっきの和菓子工場での口ちづさみ、マスクはしているが、
「チ〇コマ〇コ、チ〇コマ〇コ」とつぶやいたのがはっきりと聞き取れた。
今夜はかなり期待をしているようだ。
「チ〇コマ〇コ、チ〇コマ〇コ」
従業員が帰ってしまって誰もいない工場で「チ〇コマ〇コ、チ〇コマ〇コ」の
繰り返しである。あんころ餅を翌日の予定以上を仕上げてしまっていた。
時間が来た。和菓子屋の御隠居が尋ねてきたのはそれから三十分もしないうち
からだった。馬子にも衣装、御隠居の和服姿は何処に行っても恥ずかしくない
位だ。
待ち合わせの居酒屋からタクシーで五分もかからない例の居酒屋に出かけた。
表のシャツターは下りている。約束の裏口からちいさな声で「こんばんは」と
声をかけると返事が無い。中に入って見るとカウンターもすべてかたずけてあ
る。奥の方から「どうぞお入りください」と声が掛かった。
男が先にあとから御隠居と、暗い中をぐるりと回る様にカウンターの裏側に回
った。
部屋には女将が正座をしていた。
「ようこそいらっしゃいました。特別の御膳を用意して御座います。お二人と
もはじめてでいらっしゃいますので、当裏料理店をご紹介させていただきます。
この前の六畳の間には一人の女性が寝ています。
但し何も身に付けてはおりません、ぐっすりと眠っておりまして多分朝まで眠
っていると思います。決し
て何もなさらないで下さいませ。ご酒は充分に用意しておりますので遠慮なく
お召し上がりくださいませ。お帰りは入り口に鈴を置いてありますので、リン
と鳴らしてそのままお引き上げくださいませ。重ねてお願いを申し上げます。
女の子には決して話しかけたり悪戯をなさいませぬ様ようにお願いいたします」
女将は丁寧に礼をして席を立った。
女性はぐっすりと眠り込んでいて起きる様子が無い。御隠居はぐるりと一回りを
してどっしりと座った。座敷には丸窓がひとつ有るだけの殺風景な部屋である。
窓を開けると裏側には小川が流れている。部屋の中は桐の火鉢に鉄瓶が掛かって
いる。寝ている女の子の身体が冷えることのない様になっている。
女性を見ると二十代後半であろうか、化粧気の無いきれいな細身の女性であった。
御隠居は興奮してであろうか、下戸にもかかわらず杯からちびちびと酒を飲んで
いる。男はこれが秘密クラブだったのかと思った。三十分もいただろうか、御隠
居は酔ったらしく鈴を鳴らした。
「どうぞカウンターへ 初めは皆さんそうですの」
せっかくのご馳走も手付かずになってしまっ他ので女将は手際よくお重に詰め始
めた。時間は午前二時半を少し過ぎたころである。
女将が手配をしたタクシーに相乗りしてから、ホッとしたようなドット疲れたよ
うな変な感じである。
翌日、目覚めはよかった。しかし枕もとのお重は土産にしては五万円の価値があ
るのかどうか、男の生活の内五万円の出費は、当分遊びに行けない日が続くと思
うと後悔が先にたって、自然と御隠居を避けるようになってしまう。
当の御隠居は小学校時代からの友達のミッちゃんとは「コウちゃん、ミッちゃん」
と今でも呼び合っている中である。居酒屋に行ってから三ヶ月も経った頃、御隠
居がミッちゃんと一緒に私の店に来た。もう一度あの店に行きたい。先方に話を
して、一緒に行って欲しいというのだった。
あまり気乗りしないまま、居酒屋に行くと「まあ久しぶり、御隠居さんはお元気で
すか」と聞かれた。
しぶしぶ御隠居が友人を連れてきたい旨を伝えると、有りがたい、近くの飯場が無
くなり、急に暇になった、「明日にでも来てくれ」という。
それは幸いと御隠居に伝えると、三日後、連れのミッちゃんと一緒にということに
なった。男は心の中で〔ああ、やっと五万円減の生活から抜け出せるのに〕〔こん
なおいしい話はほかに無いと思う〕気持ちが交差する。
いよいよ約束の当日、男は居酒屋に行ってみた。確かに暇で十時で2、3人の客し
かいない。ビールを飲んで一旦出て、他の居酒屋に時間つぶしに入った。そこで見
知らぬ客が話しているあの居酒屋のうわさ話を聞いた。
もう潮時だと思った。他の居酒屋でもうわさが簡単に交わされるようではもうお終
いだ電話を入れてすぐ女将に伝えた。すぐに来てくれと言われて走った。
女将もそんな噂はすぐ立つので決心はついたようだ。
「今夜限りにしよう」
また、別の場所で京都か金沢か、あまり遠くないところでもう一度しようと思うと、
一緒にやらないかと言ったのでもちろん了解をした。今夜限りでお開き、また開き
である。
今夜の宴で最後、明日は荷造りをして遠く離れよう。今夜は恵美ちゃんも呼んで貰
おう。ありがたや、二匹の鯛に囲まれて「チ〇コマ〇コ チ〇コマ〇コ」
お し ま い
