ゆうちょの毎日 ~☆年の差婚で体外受精☆~ -59ページ目

自己研鑽

先日ハローワークへ行った。


職務経歴書の書き方を学ぶセミナーを受けた。




教えてくれる方から口々に出る



「自己開示して下さい。それが自己PRに繋がります」という言葉。



私は昔から自己分析が苦手だった。



大学の頃就職活動が真剣にできなかったのは
自己分析が苦手だったのもある。



そこから逃げた(笑)


そりゃーもー全力で笑い泣き



逃げた先にあったのは好きでもない仕事ばかり。



現在主婦をしている事に若干後ろめたさがあった。



それは旦那さんに養われているのに
何にもならない時間を過ごしていると言う事。


暇だから鬱々としてしまう日がある。



けれどハローワークへ行って思った。



これってBIGチャンスじゃない?


あの時逃げた自己分析から
自分から
今は真剣に向き合えるチャンスやん!!と。



やっぱり贅沢な時間だ。


これは旦那さんから、はたまた神様から
与えて貰った最高の時間!!



この時間を手に入れる為に
「呑気にしてたらいい」
と言ってくれる旦那さんと結婚した自分に
ブラボー合格音譜



旦那さんは働いて勤続年数ウン10年。



その仕事が好きだ、と言っているけど
どこがどのように好きなのかをきちんと聞いた事がない気がする。



男の人は大変だ。



その仕事を好きでなくても
続けなければいけない(と思っている)
人が大多数。



そしたら私は??



私はそんな旦那さんと
過ごしていく中で何が出来る??




自己研鑽ではないか


私がいつも私である事で、
旦那さんは家に帰ってくる事で
自分自身でいられるのではないか?




旦那さんの為にする訳では無いけども
ふと、私達2人のパートナーシップって
そういう事かも?と感じた。






坂本龍一さん 題名のない音楽会

クラシックが好き。



私の好きな番組のひとつ、題名のない音楽会



先日は坂本龍一さんが出ていた。


坂本龍一さんと言えば、


映画『戦場のメリークリスマス』で映画に俳優として出演し、映画音楽も手掛け、日本人初の英国アカデミー賞作曲賞を受賞した。
Wikipediaよりコピペ




今回の番組は、坂本龍一さんが手がける東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島に住む小、中、髙、大学の学生で組まれたユースオーケストラの演奏会だった。




東日本大震災を忘れたくない、という思いからこのオーケストラを組んだという坂本龍一さん。




次はオリジナル曲を作曲し来年に披露する
という構想を話されていた。




そして始まった演奏。




私にはオーケストラを専門的に
評価するほどの耳もなければ知識もない。




けれど、戦場のメリークリスマスを演奏する坂本龍一さんを見て涙が出た。







繊細なドラマチックさと共に
耳に残る爽やかな旋律。



その余韻はやがてピアノを浮かせ

その下に水が流れ、

川が作られ、余分な物を流してくれるような

浄化されているような気持ちになる。



音楽とは不思議なもので、
同じ曲を同じ楽器で演奏しても
個々の表現がきちんとなされる。



夏の照り返す太陽の陽射しのような
力強い音を出す人もいれば
音の粒がシャボン玉のように
ふわふわと浮く人もいる。

あくまで私個人の意見なので表現が分かりづらいかも……




どれだけ真似をしようとも、
他の誰にもなれない



この演奏会で私は確かに坂本龍一
という魂を感じた。




それは
私という人間
を表現すること


全身全霊でそれを表現できるのは、
やはり自分の感覚に正直であるからだと思う。





何も無い所から曲を創造し、
それを聞いた他人が涙するというのは
もう本当に
神様から与えられているとしか思えない。





一生懸命さとか、
努力してきました、という頑張りの披露だとか
成し遂げた事への自信だったりとか



そういう人間くさいものを全て超越したとき。



何を表現しているのか?



私が私であるということ



私が感動するのはそういった場面に出くわした時だ。




小さな子供が懸命に走る姿。
地元の小さなイベントで
楽しそうに踊っていた中高生。




プロと素人、同じにしたら失礼!



そんな風に取られるかもしれないが、
肚の底から湧き出てくる
魂の根源は同じだと思っている。




そして、何のジャンルに、
どの部分にどのように感動するかは人それぞれ。



当たり前だけれど、混在して見てしまう時がある。



世の中で評価されているものを良し、とし
世の中で評価されていないものを悪、とし



良し悪しを自分の感覚のみで捉えた時
そこには




良し悪しもない


という事が分かる。




誰かを評価する事も
誰かに評価される事も




抱えた重みを全て丸投げし、
自分だけの感覚になった時





あなたの好きは何?





そう自分に問いかけるとワクワクして


ウキウキして


もう1人の私が


「また新しい世界にいくよラブ


と言った。




自分が感涙したり感動したり、
喜んだりするものに出会った時というのは
自分自身に戻る為のツールの1つだ。








断捨離が進む理由

お金がある時、どーしてもいらない物でも買っていた私。



リップクリーム何本あるねん?
アイシャドウ似たような色ばっかりやな〜
ボーダーの服何種類持ってんねん!!
足何本あるねん?ってぐらいの靴、靴、靴



これらを収納する為の棚をまた買いに行き、使わない物達の倉庫の出来上がり〜口笛



何年も実家暮しだった為、自分のお金は全て自分で。


そんな癖が抜けず、結婚して働いてからもそれは続き……



気付けば新居も実家から持ってきた溢れかえる物。



だいぶ捨てたつもりだったけど、埃かぶってるよね。



でさ、よく断捨離断捨離言うから好んでしてた、つもりやったけどまた物が溢れる訳です。






私、詰める、とか綺麗に並べる、という作業が好きで溢れる物でも綺麗に並べてたら何か楽しかったんですよ。



仕事辞めて無駄遣いできるお金が当然なくなり、物買わなくなったら掃除好きの私は毎日何かを捨ててるんですよ笑い泣き



仕事してる間、ずーっと思ってた。




この家ごちゃごちゃしてるな〜




それって、いらない物が溢れてるって事やったのか!!



と今更ながら気付きました。




お金持ちの人って、ケチケチしてると良く言いますよね?



多分感覚的に自分の好み、好きな物、それらにはどどーーーんってお金遣うけど、細々した物は買わないんじゃないかな?キョロキョロと。



そーいうマインドだからこそお金持ちになるというか。



私の場合、今までお金があるからいらない物まで買う




だからあかんのかーーーー!!



って気付いた。



それはいらない物で溢れてるっていう無駄遣いもあるし、本当に欲しいのか?本気で自分はトキメキを感じて買っているのか??




その視点でやっと見れたんですびっくり




無駄遣いの散財と
大好きな物に囲まれるお金の遣い方と



全然違う!!




大好きな物ばかりに囲まれていたら、物で溢れていてもそれはとてつもなく幸せじゃないですかチュー




今後はそういったお金の使い方をしていこうと思ったのでした。