突然、体が何か柔らかいものに包まれる感覚があって、体がふわっと温かくなりました。そして光に包まれて…
「もう自分を責めるのはやめなさい。私は今もこれからも、お前を見捨てはしない」

涙に溢れました。

今でも声が残っています。
これは、私にだけ起きた奇跡ではありません。全ての人に起きる奇跡です。
人には誰にも保障があります。
それは当人が自覚するか否かは問題ではありません。
その保障は「見捨てられることはない」という絶対的なものです。

かつて、私が過ちにより裁かれ、それまでの全ての人生を失ったと思った時、私は自らの命を自ら絶つ勇気さえ持てずに、後悔と懺悔の果てに、一般的に神と言われるであろう「全能の神」に対して、こう告げました。

「私に生きる価値が無くて不必要な存在なら、居ますこの命を奪ってください」
私は絶望の中で、もう生きる気力さえ失っていました。ただ、自殺すらできない臆病者でもいたのです。だからこそ、願うしかなかったのです。
肉体が先か?
精神が先か?

私は後者支持。私の人生がそう語る。

肉体は入れ物。精神の入れ物。なんでもいいわけではなく、自らが「数ある中から選択した貴重な物」

当然、ケアをしなければ痛むし、傷つくし、壊れてしまう。メインテナンスも必要になる。

だが、それが貴重なのは「現世」に於いてだ。
いずれ必ず訪れる死を迎えた時、肉体は必要ではなくなる。

肉体は限界である。

なぜ限界を知る必要があるのか?

人の精神は無限だからである。

無限を知るために、有限を知るのだ。