フアン・デ・ラ・クルス(十字架のヨハネ」)「暗い夜」 | スペイン語をめぐる諸々

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 前回紹介したロルカの詩、「ジプシーの修道女」は、今回紹介する16世紀のカルメル会修道士、フアン・デ・ラ・クルスの有名な詩、「暗い夜 (Noche Oscura)」の意識的な影響下に書かれたのではないかと、自分には思える.。ある意味では一種のパロディーのようなものだとさえ言えそうな気がする。だがそれは主観的な印象にすぎず、客観的な証拠はない。

 

 とにかく「暗い夜」は、スペイン語の詩のなかでは古典中の古典の一つと言えるだろうし、聖人が書いた詩として一部では崇められてきたとも言えそうだが、しかし見方によっては、『聖書』の「雅歌」のスペイン語による模倣作に過ぎないという評価があったとしても不思議ではなさそうな気がする。

 

 だが、どうやらフアン・デ・ラ・クルス自身にとっては、かなり思い入れがある詩だったようで、この自作の詩の解説という形式で、修道指南書とでも呼べそうな作品を二つ(『カルメル山登攀』『暗夜』)書いている。それらの本を斜め読みし、自分なりに理解したかぎりでは、十字架のヨハネが説く修道の極意とは、「神(キリスト)への純粋な信頼と愛以外の一切を(神学的な知識や神秘的な体験なども含めて)全て捨て去ってしまいなさい」という、かなりラディカルなものだ(大昔に読んだきりなので、記憶が曖昧だが)。彼が説く「完徳」への道とは、ある面では、それに比べればプロテスタンティズムの主観性は中途半端な妥協にすぎないのではなかろうかと思えてしまうほど徹底的な、絶対的な孤絶の道だろうと思えるが、そのような壮絶な道と、その道の過程と帰結を詩的に表現したとされるこの「暗い夜」の一見ロマン主義的な叙述とのギャップは異様で、何だか恐ろしく、ある意味で興味深い。

 

 

 

 

1. En una noche oscura,
con ansias, en amores inflamada,
¡oh dichosa ventura!,
salí sin ser notada
estando ya mi casa sosegada.

真暗な夜に、

燃えさかる愛の切望に駆られ

おお、うれしい幸運!

気づかれることなく私は脱け出しました

家はもう寝静まっていましたから。

 

2. A oscuras y segura,
por la secreta escala, disfrazada,
¡oh dichosa ventura!,
a oscuras y en celada,
estando ya mi casa sosegada.

闇にまぎれ守られて、

それとは知られぬ、秘密の梯子をつたい、

おお、うれしい幸運!

闇にまぎれ包み隠されて、

私の家はもう寝静まっていましたから。

 

3. En la noche dichosa,
en secreto, que nadie me veía,
ni yo miraba cosa,
sin otra luz y guía
sino la que en el corazón ardía.

幸運な夜に、

誰にも知られず、誰にも見られることなく、

私も何も見ることなく、

ただ心のなかに燃えている

光と導きのほかには何も。

 

4. Aquésta me guiaba
más cierto que la luz de mediodía,
adonde me esperaba
quien yo bien me sabía,
en parte donde nadie parecía.

の光が私を導いていました

真昼の光よりもさらに確かに、

私のよく知るあの人が

私を待っている所へと、

誰も姿を見せることのない場所へと。

 

5. ¡Oh noche que guiaste!
¡oh noche amable más que el alborada!
¡oh noche que juntaste
Amado con amada,
amada en el Amado transformada!

おお、愛よおまえが導いた夜!

おお、暁よりも愛すべき夜!

おお、愛よおまえが一つにした夜!

愛する人と愛する者とを、

愛する者を愛する人に似通わせながら!

 

6. En mi pecho florido,
que entero para él solo se guardaba,
allí quedó dormido,
y yo le regalaba,
y el ventalle de cedros aire daba.

全てあの人だけのために守られてきた

私の花咲く胸で、

そこであの人は眠っていました、

そして私はあの人に捧げました、

レバノン杉の扇が風を送っていました。

 

7. El aire de la almena,
cuando yo sus cabellos esparcía,
con su mano serena
en mi cuello hería
y todos mis sentidos suspendía.

城壁から風が吹き、

私があの人の髪を撫でていたとき、

あの人はその優しい手で

私のうなじに傷を与え

そして私の感覚は全て途切れてしまいました。

 

8. Quedéme y olvidéme,
el rostro recliné sobre el Amado,
cesó todo y dejéme,

dejando mi cuidado
entre las azucenas olvidado.

恍惚として我を忘れ、

顔を愛する人にもたせかけると、

全てが静まりかえり、全てを私は手放しました、

私の思いを手放し

百合のただなかで忘れ去ってしまいました。