幸運を売る市場、メルカド・デ・ソノラ | スペイン語をめぐる諸々

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 メキシコ・シティには、メルカド・デ・ソノラ(El Mercado de Sonora)という一種特殊な市場がある。この市場が他の伝統的な市場とは違うのは、薬効がある植物、薬草、ハーブ類を扱う店と、呪術、魔術、秘教関連の商品を売る店とが、非常に多く軒を連ねていることだ。昔からメキシコでは、薬草と呪術とは切っても切れない関係にある。そのためメルカド・デ・ソノラは、「呪術師たちの市場」とも呼ばれる。

 

 ところでメキシコでは、バレンタインデーには人々は老若男女を問わず、皆が親しい人たちにチョコレートに限らず、実に様ざまなプレゼントを贈り合う。そのためスーパーや商店では商戦の熱気が増すが、メルカド・デ・ソノラでもバレンタインには、一種独特な様相で商売が繁盛するらしい。バレンタインデーのメルカド・デ・ソノラを取材した、「エル・パイス」というスペインの大手新聞社の動画を紹介する。タイトルは、「メルカド・デ・ソノラ、バレンタインのもう一つの顔」。

 

 

 まずインタビューに答えているのは、マルガリータ・ベラスコ (Margarita Velasco)というおばさん。彼女はメルカド・デ・ソノラに出店しているサンテーラ(santera)だという。サンテーラとは、サンテリアという一種の宗教の女性祭司のことらしい。男性祭司はサンテーロ。サンテリアというのは、キューバでカトリックが土着の信仰やスピリチュアリズムと混交して成立し、中南米に広まった民間宗教の一種らしい。世が世なら、異端審問など排斥の対象になったに違いない。

 

"La vela de miel de abeja es para suavizar la persona. Para que la persona esté de empalagosa con uno, como la miel  ¿verdad?"
(「蜂蜜のロウソクは人を優しくするためのものです。人がある人に対して甘くなるためです。ちょうど蜂蜜は甘いように。そうでしょう?」)

 

 「蜂蜜のロウソク」(la vela de miel de abeja)というのが何なのか、よく分からないが、あるいは蜜蝋のことかもしれない。とにかくマルガリータさんによれば、このロウソクには呪術的な効果があるらしい。たとえば、ある女性が、もっと親しくなりたいと思っている男性のいる所でこのロウソクを使えば、彼女に対する男性の思いがもっと甘く、親密なものになるというのだろう。共感呪術、それも類感呪術の一種だろう。

 

"La ciencia va abanzando, y los conocimientos también van avanzando, y lo hacemos sanamente...sanamente, como lo es atraer el amor."
(「科学は進歩しています。同じように知識もまた進歩しています。そして私たちはその知識を、健全な目的のために使います。愛を招くことがそうであるように、健全な目的のために」)

 

 ここでマルガリータおばさんが言及している知識とは、彼女が奉じる「宗教」の「知識」のことだろう。自分たちはその知識を、健全な目的のために使うのだと、彼女は言う。つまり人に呪いをかけたり害を及ぼすような、不健全な目的のためには使わない、ということだろう。自分たちは、偏見を持った人々がそう思うような、悪い呪術師ではない、と。

 

 次は、メルカド・デ・ソノラで薬草やハーブなどを売る店を営んでいる、ビクトル・マヌエル・モラレス氏へのインタビュー。

 

"Yo vendo plantas medicinales...por ejemplo para la diabetes, los riñones, todo eso."
(「私は薬用の植物を売っています。たとえば糖尿病のため、腎臓のため、そういうものを全てです。」)

 

 しかし伝統的に、そういった薬草を使った民間療法を施す専門家は、同時に呪術師でもあったことが重要。

 

"Los pétalos de rosa los ocupan para amor, para la armonía.. Para 14 de febrero tenemos flores, plantas para abrir caminos, para la suerte, para amor."
(「バラの花びらは愛のため、調和のために使います。2月14日のためには私たちの店では、道を開くための、幸運のための、愛のための花や植物を用意しています」)

 

"Para esas personas que necesitan para el amor les damos una loción, un jabón, el baño, le damos un amuleto. Le sale, economicamente, le sale como en unos 150(pesos)."
(「愛のため何かを必要としているという人たちに、私たちはローション、石鹸、風呂を提供しています。お守りも提供しています。とても経済的な値段です。だいたい150ペソくらいです」)

 

 "el baño"は、「浴室、浴槽、入浴」のことだが、その「浴室、入浴」を提供するとはいったいどういうことか、よく分からなかった。が、もしかしたらモラレス氏の店には入浴のための施設があって、(愛情運を招く)特別なローションや石鹸を使って入浴ができ、しかもサービスのお守りも付いて、合計150ペソなのかもしれない。これだけのサービスを提供して150ペソなら、たしかに経済的な値段かもしれない。もっと調べてみる必要がある。

 

 再びサンテリアの女性祭司、マルガリータさんへのインタビュー。

 

"Hay de todo. Hay mujeres muy atractivas, muy hermosas, y no tienen suerte en el amor...entonces hay que hacerles una obrita...una pequeña obra que se hacen en el río. A la persona se le rompe la ropa para romper esa mala suerte que viene cargando.  Se le baña con ciertas cosas para nutrir el espíritu de la persona, para alimentar el espíritu de la persona, y después de ahí ya viene la suerte en el amor."
(「いろいろな人がいます。とても美しく、とても魅力的なのに、愛に関して運のない女の人たちがいます。そうした場合には、彼女たちにちょっとした術を、川で行うささやかな術をかける必要があります。その人にとりついている悪運を破るため、その人の服を破ります。その人の霊を養うため、その人の霊に食事を与えるために、ある種の事物を使って沐浴をします。するとその後には、すぐに愛に関する幸運がやって来ます」)
 

"El amor yo creo que es una necesidad que todos necesitamos, ¿no? El amor de los hijos, el amor de la madore, el amor de la pareja."
(「愛とは私たちが誰でも必要としている、ぜひ必要なものの一つだと私は思います。違いますか? 子供たちの愛、母親の愛、パートナーの愛(が私たちには必要です)」)

 

 このような民間宗教、民間療法を迷信として蔑視、排斥することは容易い。だが、このような宗教や療法がある種のセーフティーネットとして機能していることも現実だろう。