『高堂巓古 Officia Blog』 -27ページ目

礼賛四十八手 その十二

photo 1.JPGphoto 1.JPG 新年、私のアイフォンはひどい一球入魂ぶりであった。メール一通を受信するだけでバッテリーの半分を消耗し、無論、それに返信すれば力つきる。くわえて迷惑メールにやけにモテるアドレスときている。もはや充電器という点滴なしでは、携帯できぬ有様である。このような情態で、私は或る友人と浅草の雷門まえで夕方17時に待ち合わせをしていた。


無論、バッテリーはゼロ。


 さらにつけ加えるならば、連絡できないにもかかわらず、私は50分遅れで待ち合わせ場所へとむかっていたことになる。当たり前のことであるけれども、雷門にはすでに友の姿はなかった。よくわからないが、私も十分程度は待っておかなければ、人としてアレであろうと感じ、ぼ~っと浅草の夜景を眺めていた。すると、浅草寺から歩いてくる友の姿が眼にはいったのである。友は本当にいい奴で、私と私のアイフォンが全面的に悪いにもかかわらず、なぜか「ごめんね」と謝っていた。ちなみに、友が待ち合わせ場所にもどってきてくれた理由は、浅草寺のおもくじであった。


待人:遅れるが現れる


 と記されていたから、友はもどってきてくれ、私と出逢えたのだ。こんな奇蹟のようなおみくじをひかない手はない。友人と食事を終えたあと、私も浅草寺におみくじをひきにいった。末吉のおみくじには「苦労が絶えない一年」と書かれてあった。やれやれ、新年早々から私自身の充電が切れそうである。