『高堂巓古 Officia Blog』 -21ページ目

面影四十八手 その二十八

photo 2.JPGphoto 2.JPG ここ最近、私の毎朝はモンスター大陸の音楽とともにはじまる。かつての教え子のベスト盤アルバム『Marry』で目醒め、珈琲を眠氣まなこでいれる。紅のT-faLポットで沸かしたお湯をちょびっとだけ珈琲に注ぐ。少量のほうがよくはわからないけれども、匂ひがふわっと香る氣がする。


スプーンの頂になりなさい。


 昔、或る茶人が本屋の店主に不動なるものを教えたときに使った例えである。私はブラック派だから混ぜることは少ないが、珈琲スプーンの頂は動かずして、ミルクと砂糖が回転して混ざってゆく。甘さがきいたカフェオレは、世間を表す。たしかな人物とは一言も云わず、一歩も動かず、世間をまわすものだという帝王学がそこには漂っているのである。そんなことを今朝ふと思い出し、何氣なく珈琲カップを回転させると、なかの珈琲が綺麗な波紋を描いた。あゝ、不動とはこのようなことかと十年ぶりになぜか急に腑におちたのである。帝王学にはスプーンすら不必要で、いるのは珈琲カップをちょっとまわしてみようとする遊び心だけなのかもしれない。