僕は…









誰だ?…









思い出せない…









否…









最初から名前なんか無かった…









ずっと、ずっと、
信じて疑わなかったけれど、
よくよく考えればそうだ…


彼の方がよっぽど人間らしかった。


怒り、悲しみ、泣き、笑い…

彼には感情があった。





僕には…





何も無かった…





彼は僕の中の希望。



生きて行く中で、色んな人と関わり、様々な影響を受け、
その中で形成された僕自身。


僕には何も無かった…


他者を拒み、受け入れず、自分の事しか考えてはいなかった…


全てを善悪だけで判断して、
都合が悪い事や、面倒から目を背け、
全てを彼に押し付けていた…



彼は僕の希望。



彼は僕に無い物を全て持っていた。



僕の憧れ。



彼は決して僕を否定しなかった。



僕は悪意だった。



彼はそれすらも受け入れていた。



精神分裂症だとか難しい話ではない。


きっと誰しもが心の中に持っている。


時にそれは善意と悪意であり、
時にそれは天使と悪魔である。



とても滑稽だ



僕はずっと、彼を悪魔だと、
悪意だと決め付けていたが、
悪意であり悪魔なのは僕の方だったのだ…



弱い自分自身だった。









僕の世界が明日終わるとしても

僕の心は君に残るから…



そう思えた時、
初めて優しい気持ちになれた。

その矢先、一台の車が止まってくれた。

『大丈夫か!?
今救急車を呼んだからな!』

人間の善意を感じられたが、
次々に車が止まり、住人達も家から出て来た。


『まるで見世物だ…』


僕はそう呟き、笑ってしまった。



野次馬。



煩わしい事象や、
自分が当事者になる事や、
ましてや事故者と直接関わるなどと云う、
面倒に巻き込まれる事を良しとしないのだ。



僕は、人の善意に救われたが、
人の悪意で人間を嫌悪した。









もう二度と彼に関わるものか!


僕はその時 心に誓った。



しかし、彼は笑いながらまた現れた…





『どうすれば居なくなってくれる?』


僕は問いた


『俺にはお前が必要だ。
お前にも俺が必要だろう?』


笑いながら彼は答えた




『必要なもんか!

お前は僕や他者を傷つけて、楽しんでいるだけじゃないか!』


僕は声を荒げた


『否、お前は俺を必要としている。
子供の時から、1人じゃ何も出来なかったろう?
俺が居なかったら友達も仲間も作れなかったくせに偉そうな事を言うなよ。』


彼は続けた

『親父の事にしてもそうだろう?
俺が居なきゃ親父と話も出来やしない。

母親の事も同様だ。
俺が憎んで、恨んでやらなきゃ、
お前は一生机の下から出れなかっただろう?』




僕は何も言えなかった…



『俺はお前で、お前は俺だ。
お前に出来ない事を俺が代わりにやってるだけの話だ。
お前の心はあの時死んだんだ。
母親に捨てられたあの日、
あの時既にお前なんて存在は消えて無くなってるんだよ!』


『自分が本物だと思うなよ?
お前は俺の中の善意だ。
お前は俺の事を自分の中の悪意だと決め付けているがそれは違う。


実在してるのは俺の方で、お前は俺自身の一部なんだよ。


考えてみろ、今までお前が自分で何かした事があるか?


お前はいつも見てるだけ。

怒りも、悲しみも、寂しさも、喜びも、感じるだけで自分からは何もしていなかった。


お前に俺は理解出来ない。

何故ならお前は、全てを誰かや何かのせいにして逃げてるだけだから。


手を汚し、人を傷つけ、自分も傷つき、痛みを知る。


異常なのは俺じゃなく、
お前だ!


現実を受け入れず、拒絶して逃げてるだけだろう?』









そうだ…


僕は逃げていた…


全てから…


自分自身からも…
彼は思いつくままになんでもやった。



ある時

彼はベンジンに火を灯して遊んでいた。


僕は嫌な予感がしていた…


『これ…
口から吹き出して火を着けたら楽しいかな?…』

何処からそうゆう発想が出てくるのか解らなかった。


おかげで僕は顔に火傷を負った。


顔の半分ほどは焼け焦げて、眉毛は全てなくなった。



彼は無謀だった。



スクーターで高速道路の側道を、
アクセル全開で走った。


『横道から車が出て来たら…
ぶつかるな…』


嫌な予感は的中した。


僕は車に横から跳ねられた。


スクーターのボディはボロボロになったが、
幸いエンジンは生きていた。


運転していた女性が慌てて降りて来て

『大丈夫!?』

と、駆け寄って来たが

『大丈夫』

と彼は答え、
車の傷だけ確認してその場を立ち去った。



ふざけるな!
大丈夫なわけがない!


足や手や頭から血が流れてるのに、何が大丈夫なものか!!



見た事の無い場所や道を見付けると、
何も考えずに入って行ってケガをしたり、
道に迷う事は日常茶飯事。


頭からガラスに突っ込み頭を切った事もあった。


それでも彼は学習もしなければ、反省もしない…


一番酷かったのは、
どしゃ降りの雨の中、
box型の軽自動車で100キロ以上のスピードを出した。



一般道でだ。


『危ないな…』


また嫌な予感は的中。



案の定マンホールの蓋でスリップした…


結果




ガードレールに正面衝突した…



僕の足は潰れたインパネとシートに挟まり潰れて、
何度となく頭をぶっけたために、右耳は千切れかけ、
全身の至る所に打撲と裂傷…


車は当然廃車。


窓のガラスは全て割れ、
ボディは歪み、
ボディサイズは半分になっていたらしい。



僕は意識を失っていた。


足を潰され挟まっていたため、車外に放り出されるのは免れたが、
2回転の横転をした車内は想像を絶するものだった…


車内で宙吊りの状態で意識を取り戻したが、
足が挟まり身動きが取れなかった。


僕はなんとか体勢を立て直し、足を強引に引き抜いて車外に出たのだが、
深夜にも関わらず、通行する車も何台かあったが、僕と大破した車を素通りした。


住宅街にも関わらず、住人が出て来る事も無かった…


『人間なんてそんなもんだ…
煩わしい事に自ら足を突っ込む奴はいない』…