初心者が行く!印旛新川ベイトでオカッパリ -4ページ目

初心者が行く!印旛新川ベイトでオカッパリ

バス釣りド初心者の中年バサーがベイトオンリーで印旛新川に挑みます。

試験本番まで一週間をきりました。

 

実技講習は、今さら練習しようにもどうすることもできませんので、

 

では、せめて学科については言われた通り、1日2時間ずつ、今まで勉強してきたのかと言われれば、

 

ここまでまったくやっていなかった僕だったのでした。

 

 

船舶免許を取りにいこう その①

船舶免許を取りにいこう その②

船舶免許を取りにいこう その③

 

 

 

 

…こんにちは、ビジ夫です。

 

 

前々回、学科講習を受けた際に、僕は予想以上の教材のボリュームに驚いて、

 

―なるほど、これはアカン、たしかに一日2時間ずつ2週間の勉強が必要だ、と納得したわけだったのですが、

 

しかし一方で、そのボリュームのわりに合格率が非常に高いことに疑問をもったのでした。

 

そしてその疑問は、試験の合格基準である正答率を知ったことで解き明かされたのでした。

 

 

…それは船舶免許の学科試験は、「正答率65%以上で合格」という、非常に低い合格ラインが設定されていたからだったのでした。

 

 

たしか、自動車免許の学科試験であれば正答率は90%以上で合格のはずでしたから、

 

仮に50問の試験であった場合、6問間違ったら終了の自動車免許と、17問まで間違ってOKという船舶免許では、その合格率はまったく変わってくるでしょう。

 

 

―なるほど、そういうカラクリだったのか、と僕は理解したのでした。

 

 

…ということは、自動車免許を既に所持している僕であれば、船舶免許に落ちることは無いであろうと、

 

根拠があるような無いような、やっぱりどう考えても無いような、

 

そんな思惑を言い訳にして、勉強をサボっていた僕だったのでした。

 

 

 

嫁「…あんたさー、勉強しなくていいの?1日2時間勉強しないとヤバイとか言ってたじゃん」

 

―いや、大丈夫。よくよく調べたらね、船舶の学科は基準が甘くて…

 

嫁「そんなこと言ってさ、今日月曜だよ?土曜が試験なんでしょ?

 

―う、いや、正答率65%で…

 

嫁「過去問もらってきたんでしょ?やってみたの?」

 

 

 

 

 

―…やってない。

 

 

 

 

 

 

…今やれ!すぐやれ!と喚く嫁さんを宥めながら、仕方がない、ちょっと安心させてやるかと過去問集を手に取ったのでした。

 

 

―なになに?えーと、大型船について注意すべきこと…、

 

こんなん常識でわかるでしょ、④だよ。

 

 

―んで?えーと次の象形物が示すものはどれか…

 

 

 

 

 

…しょうけいぶつ?

 

 

 

…。

 

 

②と。

 

 

 

 

―…追い波を受けて舵が効かなくなる現象をなんと呼ぶか…

 

…あー、これなんか聞いたような気がするな。なんだっけ…。

 

 

③と…。

 

 

―次の灯略記が示す灯質と灯色の正しい組み合わせはどれか…

 

 

…。

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

なんぞそれ。

 

 

…④と…。

 

 

 

 

 

…ふぃー、まぁ、こんなもんでしょう。

 

さて、50問で65%以上だから33問正解してればいいんでしょ

 

解答は、と、

 

ハイ、◯

 

ハイ、◯

 

…ん、あれ、これ✕か

 

ありゃ、これも✕なんだ、へー。

 

ハイ、◯

 

…これも間違ってる。✕。

 

これも✕だ。

 

え、これも!?

 

 

…。

 

 

 

 

 

嫁「どうなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―正解32問でした…。

 

 

嫁「だ・め・じゃ・ん!!」

 

 

―どうしよう、もう丸一日勉強できる日がないよー。

 

 

嫁「知るか!」

 

 

 

…8月31日に泣きながら徹夜で夏休みの宿題を終わらせていた25年前から精神的に何も成長していない僕は、

 

10月14日に無理やり会社の有給を取って一夜漬けで試験に臨むこととしたのでした。

 

 

 

10月15日 試験当日

 

昨晩は勉強のため晩酌をしなかったせいか、いつもより睡眠時間が短いわりに目覚めは快調です。

 

試験開始は9時、それまでに試験会場である江戸川区のハーバーへ行けばよいとのことなのですが、

 

車で向かうことにしていた僕は少し余裕をみて7時には出発することにします。

 

 

…寒い。

 

 

気温を確認すると、10度しかありません。

 

いよいよ秋も晩秋に近づいてきて、あと1ヶ月もすればバス釣りも長いオフシーズンに入ります。

 

ああ、今年も満足の行く釣行がいったい何度あったものか…、

 

 

…いやいや、今はそんな感傷的なことをやっている場合ではありません。

 

2時間後には運命の試験が始まってしまうのです。

 

 

エンジンをかけると、颯爽と会場へ向けハンドルをきった僕だったのでした。

 

 

 

…会場に到着したのは8時15分。

 

道中、特に事故も渋滞もなく到着できたのは幸いでした。

 

 

気温もどんどん上がって、これなら実技試験の時間には20度を超えそうです。

 

試験は9時からとのことで、それまでは車の中で時間を潰そうかとも思っていたのですが、会場は既に解放されているようです。

 

案内に従って会場に入り、自分の席に座ります。

 

 

周りを見回すと、僕よりも先に到着していたのは2,3人というところですが、

 

用意されている席は30人分近くありそうなことに驚きます。

 

 

…一回の試験で、そんなに受けに来る人がいるのか。

 

 

正直なところ、せいぜい5,6人くらいをイメージしていた僕です

 

席に置かれた番号札から推察すると、どうやら、一級の受験者は僕を含めて15名、残りは2級の受験者のようです

 

…同じ会場で同じ時間に、一級と二級の試験を同時に行うのだということも今初めて知りました。

 

 

 

とりあえず着席してテキストなんかを開いてみますが、どうにも落ち着かない。

 

この手の「試験」を受けに来るという経験自体が、考えてみれば15年ぶりくらいのことです。

 

時間が少しずつ進むにつれて到着する人も段々と増え、「試験会場」というこの独特の空気を形成していきます。

 

大半の方はテキストを開いて最後の復習といったところですが、きっと僕と同じように、頭にきちんと内容が入ってきている人は多くはないでしょう。

 

一人も一言も発しない会場の空気に、僕は飲まれそうになっていたのでした。

 

 

試験まであと30分以上ある…。

 

 

…いっそ、学生時代によくやっていたように、時間まで席に顔を伏せて寝たふりでもしていようか、

 

なんてことを考えた頃に、初老の男性が入室してきました。

 

 

 

「はい、では到着した方から、先に視力検査をやってしまいますからね」

 

 

…どうやら受験者ではなく、今日の試験官のようです。

 

みな、相変わらず一言も発しないまま席を立ち、試験官のもとに集合します。

 

…僕もそれに続きます。

 

 

簡単な視力検査、色盲検査を終えて、再び着席すると試験の15分前。

 

 

今さらジタバタしたところで合否が分かれるなんてことはないでしょうから、割り切って今日の受験者の人間観察でもやってみることにします。

 

さすがに15分前ともなるとほとんどの方が到着していて、いつの間にか会場の教室は満員状態になっています。

 

 

…おや、あの一級受験者の方、60代くらいの女性じゃないか?あんな人も受けにくるのか?

 

「すいません、失礼ですが、何のために一級を取りにきたんですか?」

 

 

 

 

…なんてことは、聞けませんよ、やっぱり。

 

 

 

…お、2級受験者の方は女性比率が高いな。

 

ちょっとお化粧厚めのお派手な方もいらっしゃるし…、

 

 

え、あそこにいる子なんて、まだ10代くらいじゃないか。

 

10代の女の子が、いったい、何を思って船舶免許なんて取りに来たのだろうか。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、お嬢さん、歳いくつ?免許取って何するの?」

 

 

 

…なんてことは、聞けませんって、さすがに。

 

 

 

…それ以外にも、肌寒いなか半袖で黒黒とした腕を披露している活きが良さそうな感じのオニイチャンもいれば、

 

真面目そうな大学生ぽい男の子もいる。

 

初老の男性もいれば、普通の主婦にしか見えない女性もいる。

 

 

…この手のマニアックな免許って、取得する層に偏りがありそうなイメージをもっていたけど、実際はそんなこと全然ないんだなぁ…。

 

 

…お、先程の試験官らしき男性が教室の前面に入室してきました。

 

時間は9時5分前。

 

いよいよ、僕にとって運命の一日が始まろうとしていたのでした。

 

 

試験官「はい、ではね。これから一級二級小型船舶の学科試験を始めます」

 

試験官「二級は試験時間70分。一級は140分。」

 

試験官「もちものは鉛筆と消しゴムのみね。一級受験者は海図を配りますので、三角定規とディバイダー、コンパスを出しておいてください」

 

試験官「結果は一週間くらいでインターネットのHPに公開されますからね。皆さんで確認してみてください」

 

試験官「試験開始から30分経ったら、終わった方から退室いただいて結構ですけど、引続き実技の試験がありますからね。それには間に合うように集合してください」

 

試験官「学科の答えはこの後で廊下に貼り出しておきますからね」

 

 

…なるほど、ということは問題用紙に自分がどれを解答したか書き込んでおけば、学科だけはすぐ合格かどうかわかるってことか。

 

 

試験官「はい、では時間になりましたから、始めてください」

 

バクンと心臓が脈を打つと、満員の教室にいっせいに問題用紙の冊子をめくる音が響きます。

 

 

…落ち着け、落ち着け。

 

試験時間は140分。

 

普通にやれば、3回やり直したってお釣りがくるぐらいの時間の余裕はあるはず。

 

問題文は必ず2回読み直して、正しいものを選択しろ、なのか、誤っているものを選択しろ、なのかを間違えないように気をつける。

 

途中の選択肢で正解が分かったとしても、残りの選択肢も必ず読む。

 

100%自信のある解答、たぶん合っているけど確信が持てない解答、完全にヤマカンの解答に分類して、問題用紙の方にそれが分かるようにマーキングをしておく…。

 

 

…これは昨日から考えていた自分なりの試験攻略法です。

 

…まぁ、攻略法は言い過ぎなので、「心掛け」としておきましょう。

 

 

全問解き終わった後で、100%自信のある解答だけで65%を超えているようならそれで問題はないし、

 

65%に満たないようなら、「たぶん大丈夫だけど確信がもてない」ものに絞って見直しをすれば効率がいいだろう。

 

 

えーと、問1から、

 

あ、これは昨日やったからわかる。②だ。

 

問2、これも昨日やった。③だ。

 

 

…というか昨日しか勉強してないから当たり前なんだけれど。

 

 

…その後も順調に回答を続け、2級学科の範囲が終わった段階で、一度状況を整理します。

 

50問中、100%自信がある回答が43問。たぶん大丈夫だけど確信がもてなかったのが7問。

 

全くわからなかったものはない。

 

 

…よし!たぶんこれなら2級は問題ないから、残り時間は全部1級に専念して大丈夫だ。

 

 

「ガタガタッ」

 

 

…あ!2級学科の人たちが席を立ち始めた。

 

相当自信があるからなんだろうけど、別に早く席を立ったからってボーナスポイントが付くわけでもないんだから、最後まで問題を見直していればいいのに…。

 

 

いやいや、他人のことはどうでもいい。それよりも1級学科だ。

 

 

…海図は、昨日死ぬほど問題を解いたからたぶん全部大丈夫そう。

 

低気圧の特徴…、これは、たしか、上陸したら勢力が弱まる、だったような気がする。

 

機関…、この場合、適切ではないのは…。

 

 

…ひとまず、全部解けた。時間も1時間以上残っている。

 

15問中、100%自信があるのは10問。

 

100%とは言えない、確信が持てないのが5問、

 

答えがまったくわからないところは1問もなかった。

 

 

1級学科は15問中11問で合格だから…、

 

 

う、微妙…。

 

 

確信が持てない5問が全て間違っていたら不合格か。

 

 

…いや、でも、確信が持てないとはいっても8割がた正解だろうという自信はある。

 

5問全部間違っているなんてことはありえないはずだから…。

 

 

えーと、仮に、合っている確率が80%の問題を5問全て間違える確率は1/5の5乗だから…、

 

 

…いやいや、何をやってるんだ僕は、そんなわけのわからないことをやっているヒマがあるなら回答を見直せ。

 

確信が持てない5問の問題はこれとこれと…。

 

 

 

 

…時間が経つのがやたら遅い。

 

残り時間は…1時間2分30秒か…。

 

 

いや、そんなことは30秒前に時計を見たときに残り1時間3分だったんだから分かりきっている。

 

いったい、何度時計を見直せば気が済むのか。

 

 

ええと、1級で確信がもてなかったのは…。

 

 

 

「ガタッ!」

 

 

…ビクゥ!!

 

 

あ、1級の人たちも席を立ち始めた!

 

いやいや、早く席を立ったからってボーナスポイントが付くわけでもないんだから…、

 

 

「ガタガタッ」

 

 

…ビクゥ!!

 

 

…いや、どう考えてもここは時間いっぱいギリギリまで使って回答の見直しを行うほうが利口なはず。

 

そのはずなのに…!

 

 

「ガタッ」

 

 

…あ、ついに僕の前の席の人まで!そんなに余裕なのか、そんなに出来に自信があるというのか…!

 

 

 

…あれ?

 

今、振り向きざまにチラッと見せた表情、余裕シャクシャクというかどちらかと言えば苦悶に近い表情だったように見えたけど。

 

 

 

…そうか、そういうことか。

 

別に100%自信があるから退出するわけではなくて、試験が終わってから1時間もこの会場にいることが耐えられないだけなんだ。

 

…そうか、わかる。わかるぞ。僕だって、これが会社の研修かなにかで受けさせられる試験の類だったなら、とっくの昔に退出しているところだ。

 

 

…いや、というか、いくら答えを見直したところで、確信がもてないだけで自信はそれなりにある5問なわけだから、

 

どれだけ見直しをしようが、たぶん、今選んでいる答えから変わることはないんじゃないのか。

 

 

…てことは?この5問が間違っていたとしたら1時間見直しを行なったとしても、やっぱり間違っているってこと…?

 

全部間違っていたら不合格という運命は既に決まっているということ…?

 

運命とは与えられるものではなくて、自らが切り開くものだということ…?

 

その自らの運命を知った少年は、ただ一人、魔王との決着をつけるために荒野に一歩を踏み出すということ…?

 

そしたら不意に肩を叩かれてナイスミドルなマッチョに「お前にはまだはえーよ、ガキンチョ」とか言われるってこと…?

 

そんでその後ろに立っていたナイスバディなお姉さんが「ったく、あんたたちって本当に世話がやける」とか言うってこと…?

 

どこかからお調子者っぽいひょろっとしたお兄さんが「そうそう、俺がいないとパーティは始まらないぜ」とか言いながら出てくるってこと…?

 

一方その頃、世界の裏側ではイケメンメガネの科学者が「バカな…、もう始まったのか」とか絶望してるってこと…?

 

同時に街の路地裏ではタバコを咥えたニヒルな中年が「来たか…」とか呟いてタバコをポイって捨てるっていうこと…?

 

 

 

 

…ああ、もう何を考えているのかわからなくなってきた。

 

とにかく、いくら見直そうが答えが変わらないというなら、いつまでもこんなところにいる必要はないんじゃないのか。

 

 

…決心した僕は答案を裏返し、筆記用具をカバンに詰めて、静かに教室から退出したのでした。

 

 

 

 

…さて、廊下には思った通りの人だかりができています。

 

あの視線の先にはつい先程まで苦しめられていた学科試験の解答が張り出されているに違いありません。

 

ドキドキしながら列の後ろに陣取って、問題用紙を片手に貼り出された解答を凝視します。

 

 

問1…、あってる

 

問2…、あってる

 

問3…、

 

 

 

 

 

 

 

う、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うおおおおおおおおおおお、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…合格してるー!

 

 

おおおお、良かった!世の中にこんな嬉しいことがあるとは、まだまだ日本も捨てたものではないわい。

 

いやー、もう、ここで落ちたらどんな顔をして嫁さんに報告すればいいのかそれだけを心配していた。

 

 

…良かった、本当に良かった。

 

 

…安心のためか全身の力が抜けた僕は、クニャクニャとその場に座り込んでしまいたいほど脱力していたのでしたが、

 

ズルズルと近くにある椅子に移動し、嫁さんに学科合格の連絡を入れたのでした。

 

 

…結局、1・2級あわせて65問中、64問を正解して合格だったのでしたが、こんなことなら色々グダグダ悩まずにさっさと教室を出ればよかった。

 

そんなことを考えながら、相変わらず賑わっている廊下の片隅で、一人ニヤついていた僕だったのでした。

 

 

 

 

 

…マリーナの中のレストランで昼食を済ませ、午後の実技試験が始まる14時に集合場所へ向かった僕だったのでしたが、

 

どうやら先に試験を行なっていた2級船舶チームの時間が押していたようで、しばらくこのまま待つように、との指示を受けたのでした。

 

 

試験は3人一組になって行うとのことで、僕と同じように手持ち無沙汰でソワソワしている人たちが、僕と同組の方々なのでしょう。

 

 

一人は、60歳手前くらいでしょうか、初老に入ったと見受けられる男性と、もう一人は真面目そうな大学生風の20歳くらいの若者です。

 

 

…どちらも、学科試験が始まる前に見かけていた人たちです。

 

 

 

「…学科、どうだった?」

 

 

初老の男性の方が話しかけてきました。

 

 

―ほぼ一夜漬けだったんですけど、なんとか合格できました。

 

「勇気あるねー、僕は結構勉強したよ。もう、海図が大変でね。老眼だからさ」

 

…ああ、たしかに。あの海図の細かさは老眼だときついでしょうね…。

 

「僕はね、もうそろそろ定年なんだけど、老後の趣味を作ろうと思ってね」

 

「もともと釣りをやってたんだけど、いつか自分の船宿なんか出せたらいいな、なんてね」

 

―なるほど。定年後は船宿経営ですか。いいですね。

 

 

…とはいえ、船宿のような職業はなんとなく世襲制というか、

 

その地域で漁業権だかなんだかの権利を与えられている人たちしかできない職業なんじゃないか、なんて勝手なイメージを持っていたのですが、

 

後発で参入することは可能なんでしょうか。

 

 

「で、君はなんで免許とるの?」

 

―僕も釣りなんですよ。というか、湖とかでブラックバスなんで、ほんとは1級なんて必要ないんですけどね。

 

「まぁ、でも将来は何釣りをやるかはわからないしね。2級も1級もほとんど値段変わらないし…」

 

―そうなんです。値段あんまり変わらなかったので…。そっちの君は?なんで免許とるの?

 

 

…いつの間にか、近くに寄って話に入りたそうにしていた若者に話をふります。

 

若者「僕は、なんか船ってかっこいいなと思って…」

 

―え、釣りしてる、とか、いつかヨットでハワイに行く、とかじゃないの?

 

若者「…いや、友達とか載せて運転できたらかっこいいなと…」

 

 

…なるほど。

 

 

まぁ、それも立派な動機の一つではあるでしょう。

 

 

老「しかし、試験遅いね、もう30分以上待たされてるよ」

 

―なにかトラブルでもあったんですかね。

 

若「…あ、でも、戻ってきたっぽいですよ」

 

…ハーバーの甲板を歩いてくる試験官と、受験者と思われる3人組

 

 

試験官「ごめんなさいね。すぐ試験するから。あ、1時間以上戻ってこれないから、先にトイレ済ませておいてくださいね」

 

 

…ご年配の方がムッツリとしているのは、とっくに済ませてるよ、とでも言いたいのでしょう。

 

 

試験官「はい、じゃあ、ライフジャケット着けて、荷物も全部持って、船の方に行ってください」

 

 

…いよいよ、実技試験が始まります。

 

 

事前に入手していた情報によると、国家試験に不合格となるケースの98%くらいまでが学科による不合格で、

 

実技に関しては見張りを一回もしなかったとか、質問を全て答えられなかったとか、

 

普通じゃ有りえないような失敗でもしない限り大丈夫、と言われているようです。

 

 

…学科に受かったんだから、これでほぼ大丈夫なはずだ。

 

リラックス、リラックス…。

 

 

自分に言い聞かせながら深呼吸して、教習艇の横に立ちます。

 

 

試験官「じゃあまず3番(老)さん、外板の点検してください」

 

老「はい!船首ヨシ!甲板ヨシ!右舷ヨシ!船尾ヨシ!」

 

老「乗船します!」

 

老「…左舷ヨシ!外板点検終了しました!」

 

 

―おお、完璧だ。

 

 

その後の確認もソツなくこなしていくご年配の方。

 

見ている限り、減点されていそうな箇所はありません。

 

こりゃ、よっぽどしっかり講習を受けられたんだろう。

 

 

試験官「はい、じゃあ次、6番(僕)さん」

 

―はい!

 

試験官「この手すりに「もやい結び」をしてみてください」

 

…うお、点検じゃないのか、想定していた順番と違う。

 

落ち着け、落ち着け…。

 

 

…ハイ、もやい結び完了しました!

 

試験官「はい、じゃあ係留確認」

 

…船首係留ヨシ!ロープヨシ!船尾係留ヨシ!ロープヨシ!

 

―係留確認しました!

 

試験官「じゃあ乗船して安定確認」

 

―乗船します!

 

―安定、確認しました!

 

試験官「信号紅炎の確認」

 

…日付ヨシ!日付ヨシ!信号紅炎確認しました!

 

試験官「あかくみ確認」

 

―あかくみヨシ!確認しました!

 

試験官「エンジンルーム開けて、メインスイッチ確認」

 

―メインスイッチ、ヨシ!確認しました!

 

試験官「エンジンオイル確認」

 

―(抜いて、拭いて、入れて、もっかい抜いて、目盛りを調べて、触って)エンジンオイルヨシ!

 

試験官「エンジンがオーバーヒートしている可能性があるとき、どの計器で確認しますか」

 

―ハイ、この水温計で確認します!

 

試験官「はい、じゃあ次、10番(若)さん」

 

 

 

…ふいー。

 

まずは一つ目の山をクリア。

 

 

老「…見た感じ、完璧だったね」

 

―ああ、ありがとうございます。結構イメトレしましたから。

 

老「若者くんも大丈夫そうだね」

 

―結構緊張してるみたいですけど、大丈夫そうですね。

 

 

試験官「はい、じゃあ操船しますので、全員荷物もって乗船してください」

 

 

試験官「最初は3番さんからいきますから、3番さん、運転席に座ってください」

 

試験官「はい、では準備できたら発進してください」

 

老「(船尾にまわって)船尾ヨシ、前後左右ヨシ!前進します!」

 

試験官「あの橋脚に向かって3000回転で滑走してください」

 

老「前後左右ヨシ!滑走します!」

 

 

…ずいぶんスムーズだな。

 

 

スクールによっては何日間かに分けて実技講習をやってくれるところもあるようだし、

 

そういったところで丁寧に講習を受けたのかもしれない。

 

 

試験官「はい、じゃあ中立にしてください。次は6番さん」

 

―ハ、ハイ!

 

試験官「あっちの遠くに帆船が見えますか?帆船に向かって滑走してください」

 

―ハイ、前ヨシ右ヨシ…滑走します!

 

試験官「広い場所まで移動しますから、そのまましばらく操船してください」

 

―は、はい…。

 

 

…うう、この最中もずっと採点の対象になってるんだよね…。

 

10秒に一回くらいは見張り確認…。

 

 

…あれ、

 

なんか、変な、ボートが左前方から一台向かってきてるけど。

 

あれ、運転してる人、前見てないんじゃないのか?

 

…しばらく様子見で…。

 

 

 

…いや、やっぱり進路を変える気配がない。

 

このままだと、進路が交差する…気がする。

 

 

―あ、あの、すいません。

 

試験官「なんですか」

 

―左前方からボートが向かってきているのですが、避航してもよろしいでしょうか。

 

試験官「もう少し様子を見ましょう」

 

…ええー、このスピードで、大丈夫か?

 

 

…あ、気づいた!?おお、急旋回して逃げてった!

 

試験官「…モーターボートは変な船長が多いんだよね。それより」

 

―ハ、ハイ?

 

試験官「今のボートとこの船の関係は?どちらが保持船なの?」

 

―…はい、こちらが保持船でした…。

 

試験官「だよね。それで変に避航したら今度は他の船が驚くかもしれないよね」

 

―ハイ…、すみません。

 

 

…今の偶然のシチュエーション、試験のメニューではないはずだけど、ひょっとして減点対象になってしまうんだろうか…。

 

 

 

 

 

…その後の試験は、ほぼ実技講習で受けた内容の通りで、3人とも順調に蛇行や人命救助をこなし、ほとんどミスらしいミスも無いまま、いつの間にか残りの試験項目は接岸と係留のみとなっています。

 

…若者くんが最初のハーバーまでの帰路を操船している間、後部座席でご年配さんとヒソヒソ話を交わします。

 

 

老「…こりゃ楽勝だね、今のところ誰も落ちる要素ないでしょ」

 

…ですね、大きなミスもないし、みんなしっかり見張りもやってるし…。

 

試験官「はい、じゃあ接岸と係留やりますからね。3番さん」

 

老「はい!」

 

 

…意気揚々とハンドルを握るご年配さん。

 

老「前後左右よし!接岸開始します!」

 

…そうそう、だいたい僕の講習のときもこのくらいの角度からハンドルをきって…、

 

 

 

老「…あれ?」

 

 

 

…うわ!前に係留している船にぶつかる!

 

 

 

…とっさにハンドルを切ってレバーを後進に入れるご年配さん。

 

 

なんとか衝突は避けましたが、船が停止できたのは目標のポイントから1mもずれています。

 

試験官「…ハイ、じゃ係留してください」

 

 

 

…今の、OK、なのか?どうなのか?

 

ご年配さんは必死にボートフックで船の位置を正常に戻し、係留を始めます。

 

試験官「はい、係留終わりね。じゃあ次6番さん、後進してあの位置に船を停止してから接岸してください」

 

 

…次は僕か。

 

―…ハイ、後方ヨシ、後進します。

 

…前ヨシ、右ヨシ…接岸開始します!

 

 

大丈夫。接岸は実技講習でも2回やったけど、2回ともうまくいった。

 

落ち着いて、この角度で進入していって、この距離になったところでハンドルを全開に…!

 

 

 

…うわっ!?

 

 

 

ゴゴン!!

 

 

 

試験官「おおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

や、

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちまった…!

 

船を思いっきり岸にぶつけてしまった…!

 

 

試験官もなんか「おおう」とか言ってるし、完全に終わった…。

 

 

試験官「…はい、じゃあ係留して」

 

 

…え?

 

今の、いいの?今のアリ?アリですか?

 

 

…キョトンとした僕が試験官を見直すと、試験官はもう一度「係留して」と繰り返します。

 

 

―…は、はい!係留開始します!

 

試験官「…はい、お疲れ様でした。じゃあ最後、10番さん」

 

 

…未だに心臓がバックンバックン言ってますが、最後の岸に激突したことは大丈夫だったのか。

 

もし一発で不合格になるような失敗があった場合、試験官からは試験中止の宣言のようなものはあるのだろうか。

 

しれっと何事もなかったかのように若者の接岸が進んでいますが、僕の心境はそれどころではありません。

 

 

…今のアリ?アリですか?

 

 

 

若者「…うわっ!?」

 

 

 

―!?

 

わわっ、船が回転しちゃって、これじゃ岸までボートフックでも届かない!

 

どうしたんだ、さっきコソコソ聞いたところでは、ご年配さんも若者くんも、接岸に失敗したことは無かったと言っていたのに。

 

 

若者「すいません!やり直します!」

 

試験官「…普通、接岸にやり直しはないんだけどね」

 

若者「すいません!すいません!」

 

 

…すいませんを連呼しながら再度トライする若者くん。

 

…今度は、なんとかうまく接岸できたようです。

 

 

試験官「もう夕方でしょ、上げ潮の時間だよ。3人とも、意識してなかったでしょ」

 

 

 

 

 

 

…え?

 

潮?

 

上げ潮?

 

 

…あ、

 

そう言えば実技講習のとき、内田さんが「今は下げ潮だけど本番ではうんぬん」ということを言っていた気がした。

 

講習のときとは流れが逆になっていたってこと!?

 

 

試験官「10番さんも、本当は自分で勝手にやり直したら駄目だからね」

 

若「は、はい!ありがとうございました!」

 

試験官「それじゃ、今日は一日お疲れ様でした。ここで解散してもらって大丈夫です」

 

 

…3人で顔を見合わせます。

 

 

―…潮の流れは正直全然意識してませんでした。

 

老「僕もだよ!そういうことか、だから講習と同じやり方だと失敗しちゃったんだ」

 

―ご年配さんは失敗っていいうほどじゃなかったじゃないですか。

 

若「僕、さっき勝手にやり直しちゃいましたけど、これ不合格ですかね…」

 

―教官の口ぶりだと、見逃す、って言ってるように聞こえたけどね…。それより僕だよ。激突だよ。車だったら乗り上げとか脱輪とかと一緒でしょ?

 

普通落とすよね…。

 

 

若「…特にノーコメントでしたし、大丈夫じゃないですかね…」

 

老「そうそう、大丈夫だよきっと。3人とも大丈夫!」

 

 

この初対面の人間が互いに失敗を嘆いたり励ましたりというのが、自動車教習所の路上講習を思い出して懐かしい。

 

 

その後、もんもんとした心持ちのまま自宅に帰った僕は、嫁さんからの、どうだった、どうだった、という質問攻撃を全て「学科「は」大丈夫だった」と受け流し、

 

相変わらずもんもんとしたままいつもどおりの生活を送っていたのでしたが、

 

10月20日の午前10時、会社で打ち合わせのため廊下を移動していた僕は、時間ぴったりにスマホに表示された「合格」の表示を見た瞬間、

 

クニャクニャとその場に座り込んでしまいそうになったのでした。

 

 

…ということで最初に書いたように、僕と同じように「免許を取ろうと思ってるけどちょっと足踏みしている」方々の参考になるのではと、

 

長々とここまで書いてきたわけなのですが、果たして参考になるのかどうなのか、自分でもちょっと不安な記事になってしまいました。

 

 

たしか2回めの記事でしたか、僕は会社の先輩に勧められるまま、知り合いだというボートスクールのお世話になったわけなのですが

 

実際、免許は取りたいけどスクールはどこへ行けばよいのか、

 

金額がスクール毎に全然違うのはなぜなのか、

 

国家試験免除のところと受けなければいけないところの違いはなんなのか、

 

こういったところを疑問に感じて、足踏みしている方もいらっしゃるのではないかと思っています。

 

 

そして僕の結論ですが、これは僕の結論なので異論反論もあろうかと思うのですが、

 

免許を取る、ということだけであれば、値段で判断して決めてしまって良いと思います。

 

そして、中には学科講習無しで実技講習のみ、その代わり費用を非常に安く済ませているスクールなどもあるようですが、

 

僕はそれで充分だと思っています。

 

 

僕は学科の講習も受けましたが、講習を受けたから学科が合格した、という感覚は全く無いですし、

 

きっと、テキストだけ渡された状態だったとしても同じように合格しただろうという確信があります。

 

 

また今回書いたように、僕は勉強をずっとサボッていて、ほぼ、前日勉強しただけで試験に臨んだのですが、

 

テキストを通しで読んだのは一回だけ、あとはひたすら問題集をやっていました。

 

 

船舶の学科試験は問題の種類が限られていて、そのほとんどが過去に出題された問題ばかりなので、

 

ひたすら過去問を解き、間違えたところだけをテキストを読んで覚える、という方法が一番効率的だと思います。

 

 

そのため、試験に合格するだけであれば、学科は独学で実技だけスクール、という組み合わせが一番理にかなっていると思っています。

 

(なかには学科だけでなく実技すらスクールに通わず、完全に初見で臨む豪の者もいらっしゃるようですが、お勧めはできません)

 

 

 

…で、今まで書いてきたことをひっくり返してしまうようなことをこれから書きますが…。

 

 

合格するためのテクニックとしては書いた通りなのですが、

 

それはそれとして、学科のテキストを読み返してみると、書いてある内容は船を操船するうえで「知ってないとマズイよな」と思えることばかりです。

 

それを必要最低限の内容で、簡潔に記載してあります。

 

 

なので、試験に合格するためというよりは、

 

「テキストを読むだけでは会得できない、船を操船するための知識を勉強する」という目的でスクールに通われる方を僕は否定できませんし、

 

本来、船舶のスクールというところはそうあるべき場所だとも思っています。

 

(僕が行ったスクールは、そういう場所ではありませんでした)

 

 

そのためには時間をかけて講義をする必要があるし、お金もかかってしまう、というのが、国家試験免除の教習所の本質なのだと思います。

 

なので、ただ免許をとる、というだけでなく、船や海について色々と勉強をしたいという方がいらっしゃれば、迷わず教習所へ通われることをお勧めします。

 

 

 

…ということで、普段の記事とはちょっと違う内容で長々と書き続けてしまったのですが、

 

ちょっとでも参考になったという方がいらっしゃれば嬉しいです。

 

また、何かわからないことや質問などがあれば、僕のわかる範囲で回答しますので、コメント欄にお願いします。

 

 

 

…合格が発表された日、家に帰って嫁さんに報告すると、

 

嫁「じゃあ11月13日は船を借りてファミリーフィッシングだ」

 

と、子どもたちのレインウェアを買わなきゃとか長靴はあったかしらとか、

 

実は免許を取ることを僕より楽しみにしていたらしい、嫁さんだったのでした。

 

ピリリリ…、ポチッ


―ハイ、ビジ夫です。


内田「ビジ夫さんですか?内田ですが」


―あ、どうも!お世話になりますー。


内田「明後日の実技講習だけど、あなたともう一人の2名でやってもらいますから。9時に来てください。二人で3時間を予定してますからね」

 

 

―ハイ、わかりました、ということで江戸川の河口付近にやってきた僕です。

 

 


船舶免許を取りにいこう その①
船舶免許を取りにいこう その②

 

 

 

9時集合ということでしたが、思いのほか早く着いてしまった僕は実技試験のパンフレットを眺めながら待つことにします。

 

学科講習に向かうときには、どこか、学生時代に塾や予備校に通ったことを思い出されてあまり楽しい気分にはならなかったのですが、

 

今日の実技講習は純粋にワクワクしている僕です。

 


なにしろ、試験のための講習とはいえ実際に船が操船できるのです。

 

講習に使う船がどのような船なのかはわかりませんが、きっと、自動車教習所で初めて車のステアリングを握った時のような感動があるのでしょう。

 

…実技試験のパンフレットによると、試験ポイントとなるのは、

 

・発進
・後進
・停止
・旋回
・方位測定
・連続旋回
・人命救助

 


…人命救助?

 

それと、係留、解らんといったところらしい。

 

ということは、今日の教習もきっと、このポイントに沿った教習になるのでしょう。

 

 

…二人で3時間か、てことは一人あたりの教習時間は1時間半。

 

そう考えると、1つ1つの項目にはそんなに時間がかけられない気がする。

 

―案外、あっという間に終わっちゃうくらいの感じかもしれないなぁ。

 

 

??「すいません、船の実技講習の方ですか?」

 

 

…声のした方向を振り向くと、僕と同い年くらいの男性がこちらを見ています。


―はい、そうです。ひょっとして内田さんのところの…。


??「そうです!今日は二人と聞いていたのでもしかしてと思ったんですが」

 

 

…物腰の低いその方は大渕さん(仮名)と名乗り、よろしくお願いします、とペコリと頭を下げられました。


―こちらこそよろしくお願いします。内田さんはまだ来てないみたいです。

 

大渕「みたいですね。いや、ちょっと迷っちゃって待たせちゃってるかなと思ったんですがよかったです」


―たしかに、ここちょっとわかりづらいですもんね。

 

 

…今日、相方になる方がどのような方なのか、正直言うとちょっと気にしていた僕だったのでしたが、

 

よかった、かなり良い人そうだ。

 

 

 

―1級、ですか?

 

大渕「ハイ、1級です」

 

―ちなみになんで取ろうと思ったのか聞いてもいいですか?

 

大渕「ヨット乗りたいんですよ。将来的に一人でハワイまで行ってみたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え、

 

 

 

 

 

なんとおっしゃいました?

 

ハワイって、ワイハーのハワイですか?

 

 

 


大渕「ちょっと知り合いにそういうことやってる人がいて。かっこいいなと思いまして」

 

 

 


…どうやらこの大渕さん。

 

丁寧な物腰とは裏腹に、内に秘めるスピリッツはかなり熱いものがある方のようです。

 


大渕「最初は沖縄まで一人で行って、まぁそれも3日間くらいかかるらしいんですけど。それで距離を伸ばしていっていつかはハワイにと思ってます」


―…はぁー、すごいですね。ちょっと僕には想像もつかないというか、怖くないですか。

 

大渕「そりゃ怖いですよー。でも、楽しそうっていうほうが強いですねー」

 

大渕「それでビジ夫さんの方はなぜ1級を?」

 

 

 


…う。

 

…なんと答えよう。なんと答えるべきだろうか。

 

 

「釣りのため」とそのまま答えても、「カジキでも釣りにいくんですか?」とか返ってきそうな気がする。

 

とはいえウソをつくのもなんか変だし…。

 

 

 

 

―…い、いやー、僕は釣りやってまして…。


大渕「ああ、なるほど!太平洋ですね。マグロとかですか?」

 

 

 

 

 

 

 

…ほらね。

 

こうなるじゃん。

 

 

 

 

 

―いや、アハハ…、実は湖とか川とかがメインなんですよ。ブラックバスなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


…ほら、書いてある。


え、それでなんで1級?って顔に書いてある。

 

 

 

 

大渕「…あ、ブラックバス、ですか。僕も子供のころ釣ってたことありますよ、アハハ…」

 

…アハハハ…。

 

 


…ハワイの後では、あんまり言いたくなかったなぁ。

 

 


―そういえば、どちらで内田さんのことを知ったんですか?僕は知人の紹介なんですけど。

 

大渕「いや、普通にネットで調べましたよ。安かったんで、いいかなと思って」

 


―調べてると、いろいろ悩みますよね。教習所みたいなところもあるし。

 

大渕「ですね。その調べてる間に知ったんですけど、船の操縦に免許が必要なのは日本くらいらしいですよ」

 


―え、そうなんですか?

 

大渕「らしいですよ」

 

 


…意外。

 

どこの国にも似たような制度があるものだと思っていた。

 

 

…その後、バブルの頃に成金が買い漁った船が今はみんな売りに出ていているとか、

 

そういった船を係留しているだけでもお金がかかるから、どんどん売値が落ちてきているとか、

 

なかなか興味深い話を聞かせてくれる大渕さん。

 

 

ハワイまで行けるようなヨットでも、中古で買えば50万くらいで買えちゃうんだそうです。


たぶん、自分で興味をもったことを色々と調べることが好きな方なんでしょう。

 

 

内田「…お待たせー!」

 

 

…お、雑談している間に内田さんが来たようです。

 

 

内田「ゴメンゴメン、ちょっと道が混んでてね」

 

―いえ、大丈夫です。


内田「ちょっと船まわしてくるからあそこで待っててね。今日はここで講習しますから」

 

 

…相変わらず立派な寝癖がトレードマークの内田さんです。

 

これ、さっきまで寝てたな。

 


内田さんに促されて川岸に降りると、そこはいろいろな船が係留されています。

 

船の種類も、釣り船っぽいものもあれば個人のクルーザーのようなものもあり、様々です。

 


…なるほど、いわゆる、車でいうところの月極の駐車場みたいなものなのかしら。

 

料金はいくらくらいなんだろう。

 

 

大渕「どういう船でやるんでしょうね」

 

―どうなんでしょうね。クルーザーみたいな船なんですかね。

 

 

…ソワソワとした感じで大渕さんが話しかけてきます。

 

どうやら、大渕さんも僕と同じように、教習とはいえ船を操縦できるという興味の方が勝っているようです。

 

大渕「船、操縦したことあります?」

 

―いや、ないんですよー。

 

 

大渕「免許持っている人が同船してたら免許持ってない人でも操縦していいんですよね」

 

―らしいですよね。

 


大渕「そうやって知り合いとかに練習させてもらって試験受けに来る人もいるらしいですよ」

 

…へー、そりゃ羨ましいというか、恵まれた話ですね。

 

 

内田「…おおーい、ちょっとロープ投げるから係留してくれー!」

 

 

…あ、内田さんが戻ってきました。

 

これか、この船で教習するのか。

 

 

…その船は全長でいうと3mから4mくらいでしょうか?

 

想像していたよりもかなり小型で、これはいわゆる「モーターボート」と呼ばれているものではないでしょうか。

 

 

なるほど、これかー、と頷いている僕に対して、内田さんが係留ロープを投げようとしています。

 

内田さんが投げた2本のロープを受け取り、僕は船首側、大渕さんは船尾側を係留します。

 

 

…こんなこともあろうかと、あらかじめYoutubeでひととおりロープの巻き方を調べてきておいてよかった。

 

 

 

 

 

 

内田「…クリークはそうじゃねえだろ!!!」

 

 

 

ビクゥ!!!!

 

 

 

…え、なに?

 

ビックリして振り向くと、どうやら船尾側を係留していた大渕さんに向けて怒鳴っている内田さん。

 

 

内田「クリークは八の字!八の字2回だろ!勉強してこなかったのか!」


大渕「すいません!えっと、こうでこうで…」

 

 

内田「だから違うだろ!八の字!いい!?は・ち・の・じ!!!」

 

大渕「す、すいません…」

 

 

 

…どうやら、係留に不慣れな、というか僕もそうですが、不慣れなために結び方を間違ってしまった大渕さんに対して怒鳴っているようです。

 

というか、一般人なら船の係留なんて初めてだろうにそこまで怒鳴ることもなかろうと思ってしまうのですが、

 

よく、車のハンドルを握ると性格が変わる人が多いなんて聞きますが、内田さんの場合は船に乗るとキャラが変わってしまうのかもしれない。

 

 

内田「大渕さんが試験受けるところの係留はクリークだからね。できるようにしとかないと」

 

内田「ああ、ビジ夫さんのところは巻き結びで係留だからね。わかるね?」

 

 

…???

 

…この時には内田さんが言っている意味がわからず「ハイ…」と答えてスルーした僕だったのですが、

 

後で実技試験のことを調べたときに、ようやくその意味がわかりました。

 


国家試験は試験日によって会場が違い、利用するハーバーも変わるため、その会場ごとの係留方法をあらかじめ知っておいたほうがいい、という意味の忠告だったようです。

 

僕が試験を受ける予定のハーバーにはクリークが無いため、係留方法は必然的に巻き結びになる、ということです。

 

それはともかく、係留が完了したところで内田さんの説明が始まります。

 

 

内田「最初は必ず船体の点検から始まるからね。一人2箇所だけど、よくあるのが船体外板の点検で減点されることね」

 

内田「船首、甲板、右舷、船尾、と一つ一つ指差し確認して…」

 

内田「乗船します、って断ってから船に乗って、左舷側も覗き込んで指差し確認ね。これ忘れる人いるから」

 

 

内田「あとは船灯ね。乗船して、船灯つけて、降りて、指差し確認して、もう一度乗って船灯を消すまで。消し忘れが多いからね」

 

 

…なるほど。

 


内田「法定備品の確認で注意するのは信号紅炎と消化器」

 

内田「信号紅炎はパッケージ開けて日付を2つ指差し確認。消化器はエンジンルームの中だからね」

 

 

…なるほど。

 

 

内田「トラブルシューティングはほぼ計器確認だから」

 

内田「エンジンがオーバーヒートしている、って言われたら水温計」

 

内田「スターターは回るけどエンジンがかからない、って言われたら燃料計」

 

内田「スターターが回らないなら電圧計ね」

 


…な、なる…

 

 

内田「エンジンルームはここ。メインスイッチそこ。バッテリーそれ、冷却水にエンジンオイルに…」

 


…ちょ、ちょちょ、

 

 

いや、いきなりそんな立て板に水で説明されても覚えきれない!

 

 

…あ、

 

大渕さんスマホで撮影してる!いつの間に!?

 

しまった、僕もそうすれば良かった、うかつだった…。

 

 

内田「…ということで、まぁ、この辺は大丈夫だと思うけど。じゃあさっそく乗ってください」

 

 

 

…全然大丈夫じゃない。

 

エンジンオイルも冷却水も、存在は知ってるけど初めての船でどれがそれかなんてすぐに答えられるわけがない。

 

普通、こんなサラッと流して終わっちゃうもんなのだろうか。なんだか勝手がよくわか…

 


内田「じゃあ最初はビジ夫さんに運転してもらおうかな。操縦席座って」

 

…うえぇ!?、ハ、ハヒ!

 

 

 

…油断していた僕は思わず返事が裏返ってしまいましたが、まぁ、もう終わったことを気にしていても仕方がない。

 

それよりも、いよいよ、楽しみにしていた船の操縦です。

 

 

…ドキドキしながら操縦席に座り、ハンドルを持ちます。

 

 

内田「船は足でアクセルじゃないからね。常に片手でハンドル、片手でレバーの片手運転ね」

 

内田「船のクラッチは遊びが全然無いから、ゆっくりギア入れたら摩耗しちゃうからね。一気に入れて」

 

内田「じゃあ前進!」

 

 

…うおお、きた。

 

レバーを一気に…、

 

 

 

内田「違う!」

 

 

…!

 

ハ、ハヒ?

 

 

内田「教官の言うことは全て復唱!そして前後左右の指差し確認!あと船尾確認してないよ!」

 

内田「焦ってもいいことないからね。ババっと指示出されても焦らないように」

 

 


…ハ、ハイ。

 

…なるほど、そういったお作法があるということか。

 

しまった、全く予習してきてない…。

 

 

とりあえず全て言われたとおりに…、

 

船尾に移動して…。

 

 

 

 

―船尾ヨシ!

 

 

 

 

 

操縦席に戻って…、

 

 

 

―前ヨシ!右ヨシ!左ヨシ!後方ヨシ!

 

―前進します!

 

 

 

内田「はい、どうぞ」

 

 

…ガツンとレバーを前進に入れると、ゆっくりと滑り出すボート。


内田「このまま下流に移動。左から二つ目の水門くぐって」


―…左から二つ目の水門をくぐって下流方面に移動します!

 

 

内田「移動中も常に見張り!見張りが重要ってテキストにも書いてあったでしょ?」

 

内田「10秒に一回くらいは前後左右の確認して」

 

 

…ハ、ハイ、前ヨシ…

 

 

内田「一番減点のポイントが多いのが見張りだからね。見張りしないだけでどんどん減点されていくから」

 

 

…ハイ…。


…学科に続いてまたしても、どうやら僕は甘く考えていたようです。

 

教習にかこつけて船に乗って楽しく操縦、なんてことになるわけがないのです。

 

これは「国家試験」を受験するための講習なのです。

 

浮ついた気持ちになれる瞬間なんて無いのです。

 

 

…あらためて気を引き締めて、真剣に講習に取り組むようにしましょう。

 

 

 

内田「…あなた、船、操縦したことあるでしょう」

 

 

…へ?

 


内田「船は自動車と違って、舵は早めにきって早めに戻す」

 

内田「それを言う前に分かってるようだからさ」

 

 

 

 

 

…いや?

 

そう言われても心当たりは…、

 


…あ、そうか。そういえば今年、桧原湖でさんざんエンジンで操船していたな。

 

あれはハンドコンのエンジンだし、ハンドル操作は全く勝手が違うけど、

 

どうやら自分でも気が付かないうちに、そこで基本的な操船のコツのようなものを掴んでいたらしい。

 


…なんだかちょっと得をしたような気持ちになって、少しリラックスできました。

 

 

 


水門をくぐると、川幅は少しずつ開けていくようです。

 

岸にはロッドを振る釣り人の姿も見えますが、あれはシーバスだろうか。

 

 

内田「はい、じゃあ滑走!エンジン3000回転!」

 


…ハ、ハイ?

 

 

内田「滑走、テキストにも書いてあったでしょ?船首が浮いて船尾だけで走っている状態ね」

 

内田「はい、滑走!」

 


―ハ、ハイ、滑走、開始します!

 

―前ヨシ、右ヨシ…

 

 

ハンドルをグイッと入れ込んで…、

 

 

 

 


…う、

 

 

 

 

 

 

うおおおおおおおおおおお、早い!思ってたより3倍くらい早い!

 

 

 

内田「いきなり上げすぎ!3000回転!ちゃんと見て!」

 

内田「船は水の抵抗が無くなると後から回転数が上がっちゃうから、滑走はゆっくり回転上げて!」

 

 

―ハ、ハヒィ!

 

 

内田「3000回転で安定したら滑走終了の報告!」

 


―か、滑走、終了しました!

 


内田「はいOK!じゃあエンジン中立!大渕さんと交代して」

 

―ハイ、前ヨシ右ヨシ左ヨシ後方ヨシ

 

―エンジン中立します!

 

 

 

…中立を確認して大渕さんに操縦席を譲ると、バックシートにもたれかかります。


…つ、

 

 

 

疲れた…。

 

 

 


ここまでたぶん15分やそこらの話なのに、この疲労感はなんなのか。

 

もちろん肉体的なものではなく、精神的な疲労です。

 


…前を見ると、大渕さんもこわばった表情のまま僕と同じ講習を繰り返しています。

 

ボートに乗るのは初めてと言っていたし、初めてでこの滑走のスピードはびっくりするよなぁ…。

 

 

内田「はい、じゃあ右後方、工場のガスタンク見える?」

 

大渕「は、はい、見えます」

 

内田「じゃあガスタンクに向けて変針!」

 

大渕「はい、前ヨシ右ヨシ…、変針します!」

 

内田「だめだそんなんじゃあ、曲がりきれないよ!ここまでハンドルきって!」

 

 

グィッ!

 

 

…ギュイーン!!!

 

 

 

―う、うおおおお。

 

斜めってる。船体けっこう斜めってるよこれ。

 

 

内田「滑走中はハンドル2時の位置で右手を固定!その位置できれるところまではハンドルきって大丈夫だから!」

 

内田「次!左後方に電波塔見える?」

 

大渕「み、見えます」

 

内田「じゃあ電波塔に向けて変針!」

 

大渕「前ヨシ右ヨシ…、変針します!」

 

 

…ギュイーン!!

 

 

―おお、大渕さん結構慣れてきたらしい。

 

どこまでハンドルきって大丈夫なのかさえ分かれば、変針の操船自体はそんなに難しいものではないのかもしれない。

 

 

内田「はい、エンジン中立。ビジ夫さん交代!」

 

内田「あっちの赤いマンションに向けて変針!」

 

内田「東京タワーに向けて変針!」

 


ギュイーン!


ギュイーン!

 

 


…最初は思ったより船体が傾くことに驚いたけど、自分で操船してみると案外ドッシリと安定しているのがよくわかる。

 

スピードが出ていたほうが、舵をきっても船体は安定するということか。

 

 

内田「はい、じゃあ次、蛇行ね!あっちの3連ブイわかる?」

 

―は、はい、わかります。

 

内田「3連ブイの一直線上から入って、右からでも左からでも構わないから、ブイとブイの真ん中を通るように連続旋回!」

 

―はい、前ヨシ、右ヨシ、…、変針開始します!

 

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 

 

 

 

内田「あなたブイの真ん中通っているつもりなんだろうけど、手前に寄ってるよ。少し奥側を狙ってもう一度やってごらん」

 

 

―はい、奥側を狙って…、

 

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 

ギュイーン

 


…決まった!

 

こ、これは、気持ちいいかも…。

 

 

内田「…あなた、最後、ちょっとハンドル左にきったでしょう」

 

 

…え?

 

内田「このまま直進していったらあっちの浅瀬に近づいちゃうから、蛇行終わった後に少しハンドル左にきったでしょう」


…うえ、よく見てる…。

 


内田「蛇行の判定には蛇行完了後にブイの一直線上に位置しているかどうかというのがあるからね」

 

内田「あなたの行動は危険予測としては正しいけど、試験なら減点だからね」

 


…なるほど、今のは自分でも結構自信があったんだけど、試験官からすると減点対象だったのか…。

 

そもそも、減点の対象になるポイントというのがどこにどれだけあるんだろうか。

 

 

内田「じゃあ、蛇行は二人共大丈夫だと思うから、次は人命救助ね」

 

内田「人命救助は一回失敗しても二回目までやり直せるから落ち着いてやってください」

 

内田「じゃあビジ夫さんから」

 

 

内田「低速で近づいて…、船首近くなったらエンジン中立!」

 

内田「急いで船尾まわって!近ければ無理にボートフック使う必要ないよ!」

 

 

 

―ハイ、…救助、完了しました!

 

 

 

内田「はい、OK!次、大渕さん」

 

 


…ふいー。

 

次から次へと演習が出てきて全く気が休まらない。

 

気がつけばもう2時間も経っている。

 

 

しかし、実技は実技でかなり気をつけないといけないポイントも多いし、今日一回こっきりの講習で、はたして本番は大丈夫なんだろうか。

 

 

…お、大渕さんも人命救助は一発で成功したみたいだ。

 

 

 

内田「じゃあ、最後になるけど接岸と離岸ね。大渕さん、最初の場所まで操船していってみようか」

 

大渕「は、はい、前ヨシ右ヨシ…、前進開始します!」

 

 

…あ、いいな。

 

そういう操船なら僕もやりたかった。

 

 

…移動中の船内で、しばし無言の時間が流れます。

 

 

内田「…船はね、自動車と違って、トラブルがあったら電話一本でJAFが来たり保険屋が来たりしてくれないから」


…不意に内田さんが話しだしました。


内田「トラブルがあっても基本は自分一人で帰港できる知識と技術があることが前提だからね」

 

内田「よく、私の実技講習は怖いって言われるんだけど、怒られたほうが覚えるからね」

 

 

…なるほど、やっぱりクレームがきていたのか…。


いやいや、そうではなく、たしかに内田さんが言うとおり、船を操船していたら、ちょっとした故障でも大海原にポツンと自分だけ遭難する可能性だってあるんだ。

 

そもそも、自動車教習所のように何十回も路上講習してから免許をとるわけでもなく、

 

今日と、本番の試験を含めてもたった2回、船を操船しただけで、法律的には世界のどこに行ってもいいことになっているわけで、

 

短い時間の中で、出来るだけ必要な知識を覚えられるようにと、考えてくれる教官の方が僕らにとってもありがたいんじゃないのか。

 

 

…最初の係留での内田さんの言動には少しムッとしていたのでしたが、考えを改めた僕だったのでした。

 

 

 

内田「じゃあ最後、接岸ね。ビジ夫さん」

 

―はい、お願いします。

 


内田「進入角度は30度ね。低速で入っていって、…、はい、エンジン中立!ハンドル全開にきって!早く!」

 

内田「船体が平行になったらハンドル戻す!ギアを後進に入れて!」

 

内田「…うん、OKだね。もう一回やったら、大渕さんに交代しようか」

 

 


…ふぅ。


どうやら、今日の教習項目は一通り終わったらしい。

 

正直言って、本番で隣からアドバイスが無い状態でどこまでできるのかというのが非常に不安ではあるけれど、

 

ひとまず、全くできなかったというところはなかったから、まずは最低限のことはクリアできたのかもしれない。

 

 

 

 内田「はい、それじゃあこれで実技講習は終了になります」

 

大渕「お疲れ様でした!」

 

―お疲れ様でした!

 

 

内田「…大渕さんは、全体的にゆっくり丁寧にやろうとしている意識があってよかったと思います」

 

大渕「あ、ありがとうございます」

 


内田「ビジ夫さんはね…」

 

―は、はい!

 

 


内田「あなた、基本的には上手だと思うんだけど、時々マヌケなことやってるからね。気をつけて」

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

…何をどう気をつければいいのかわからない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内田「試験はね、ミスしない人はいないから。リラックスして、失敗しても気にしないでやってください」

 

内田「一発で合格できることを祈ってます」

 


大渕「はい、ありがとうございます」

 

―ありがとうございます。がんばります。

 


大渕「じゃあ、失礼します。お疲れ様でした」

 

―僕も失礼します。お疲れ様でした。

 


内田「はーい、がんばってね!」

 

 

 

…電車で来たという大渕さんを駅まで送るみちみち、今日のことを色々と会話します。

 

―…しかし、これ、この3時間で全部を覚えられる人なんていないですよね。

 

大渕「絶対無理ですね。てことは、やっぱり失敗するのが当たり前の試験なんだと思いますよ」

 

―てことなんでしょうねぇ。そう考えるとちょっと気が楽かも…。

 

大渕「見張りをしっかりやってれば、よっぽどのことがない限り大丈夫なんじゃないですかね」

 

 

 

…その、よっぽどのことが絶対に起きないとは言い切れないのが今の状況なんじゃないかなとチラリと思いましたが、

 

空気を読んで「そうですね」と答えた僕は、駅で大渕さんと別れると自分の車を停めていた駐車場に向かいます。

 

 

泣いても笑ってもスクールでの講習はこれで最後、あとは合格に向けて自分自身で努力していくしかありません。


国家試験本番まで、ちょうど一週間となった10月8日のことだったのでした。

 

 

続く


 

―あれ、先輩って船舶免許持ってるんですか?

 

先輩「持ってたよ。旧四級ってやつだけどね」

 

 

 

…こんにちは、ビジ夫です。

 

 

前回、船舶免許を取ろうと思い立ったのはいいものの、じゃあ具体的にどうやって取ればよいのかと思い悩んでいた僕だったのでしたが、

 

勤めている会社の同僚に「船舶免許取ろうと思ってるんだよー」なんて話をしていたところ、

 

噂を聞きつけた隣部署の先輩がドヤ顔で僕の席まで駆けつけてきたのでした。

 

 

先輩「俺、昔クルーザー持ってたんだよ」

 

―え、マジすか。あれ維持費とか半端ないって聞きましたけど。

 

先輩「半端ないよ。燃費とかリッター400mくらいだし」

 

…400m。それ、一桁間違ってませんか。

 

先輩「マジだよ。クルーザーなんて500円玉撒き散らしながら走ってるようなもんだからさ」

 

…そんなの、よく乗ってられましたねー。

 

先輩「そりゃお前、船持ってりゃさ、隅田川の花火大会なんて海の上から特等席で見られるわけよ」

 

…はぁ。

 

先輩「綺麗なオネエチャンに花火大会見に行かない?なんつって誘ってさ、着いたところはクルーザーなわけさ」

 

…なるほど。

 

先輩「んで海の上から二人で花火見てさ。んで、ようするに、わかるだろ」

 

…まぁ、わかるようなわからないようなですけど、そのためにクルーザー買ったんですか。

 

先輩「そのために買ったんだよ」

 

 

 

…スゲェ。

 

ここまでキッパリと即答されてしまうと、僕は一瞬先輩を尊敬しそうになってしまいます。

 

 

先輩「あれ、お前も船買うつもりなんじゃないの?」

 

―いや、僕は釣りのために…、いやいや、そんなことより、先輩はどうやって免許取ったんですか?

 

先輩「若い頃の知り合いがスクールやってたからそこで取ったよ」

 

―え、マジすか、付き合い広いっすね。

 

先輩「紹介してやるよ。そこ、たぶん他と比べても安い方だと思うよ」

 

―え、いやいや、自分で探しますから大丈夫…、

 

先輩「…あ、モシモシ?内田(仮名)さん?」

 

 

…もう電話してるし。

 

先輩「免許取りたいって言ってるやついるんだけど。内田さんのとこいくら?」

 

先輩「…はいはい、オッケー。紹介しとくから。ありがとー」

 

 

 

…ブツッ

 

先輩「二級が7万で一級が8万5千だって」

 

…あ、たしかにネットで調べてたところより安いかも…。

 

って、二級と一級で1万5千しか違わないんですか?

 

 

先輩「だってやることあんまり変わらないだろ」

 

―いや、そのへんの塩梅がよくわからないんですよ。

 

国家試験受けなきゃいけないところとか免除のところとか…。

 

 

先輩「免除とか意味ねーよ、たぶん。国家試験っていっても受けりゃ全員受かるんだから」

 

―え!?

 

 

先輩「そんなもんだよ。だから一番安いところで取っておけばいいよ」

 

 

 

…そんなもんなの?

 

本当かな、この先輩、ちょいちょい盛ってくるからなぁ…。

 

 

とは言え、実際に免許を取った人のアドバイスはありがたいのも事実。

 

どれどれ、Google先生で「船舶免許 合格率」、と…。

 

 

 

…。

 

うーん、なんかスクールによってHPに載っている情報はマチマチだけど…。

 

 

たしかに、なかには二級合格率100%をうたっているようなところもある。

 

ただ、年代や地区によっても違うらしいけど、国家試験の合格率はどうやら全国平均的には二級で90%、一級で80%といったところらしい。

 

受けりゃ全員受かるというのは先輩が若干盛っていたとしても、僕が想像していたよりもかなり合格率が高い試験だということは確からしい。

 

 

…そうなのか。だとしたら別に国家試験があるとかないとかいうのはあまり気にしなくてもいいのかもしれないなぁ。

 

ふーん…。

 

 

 

…ていうか、二級と一級で合格率も大差ないし、費用も1万5千円くらいの違いしかないんだったら、

 

せっかくだから一級で取っておいたほうがオトクなんじゃないのかな。

 

そのうち「一級にしておけばよかった」なんて後悔することもあるかもしれないし…。

 

 

…この手のことは理解のある嫁さんだし、ちょっと相談してみようか。

 

 

 

こうして、当初は二級船舶の取得を目論んでいた僕だったのでしたが、

 

「せっかくだからいいやつを取りな」ということで、嫁さん了解のもと一級船舶を取得する方針に変更したのでした。

 

 

…さて、一級船舶を取得するために「あるスクールでは8万5千円」という目安ができました。

 

これを基準にもう少し色々と調査をしてみましょう。

 

 

…ふむ。

 

 

どうやら、安いところで10万円、高いところで14万円といったところが大体の相場らしい。

 

10万円を切るところはあんまり無いけれど、8万円以下のようなところもあるにはある。

 

 

そして値段が高いところは国家試験免除の教習所で、安いところは国家試験を受けなければならないスクールという傾向もあるようです。

 

 

 

…ということは、やはり国家試験免除の教習所というところは、数万円を足してでも選ぶ価値があるということなんだろうか。

 

「国家試験と同等の試験」を合格しなければならない、とあるけれど、高い分だけ、受かりやすくしてくれるとか、そういうことなのか。

 

そうでなければこれだけ値段が違うのに国家試験免除の教習所というものが成り立っているわけがない。

 

 

…でもそれじゃ「国家試験と同等」ではないんじゃないかという気もするし、そもそも国家試験だって8割を超える合格率なのに、保険のためといって4万円もプラスするのはどうなんだろうか。

 

 

 

…ふだんの僕の性格であれば、ちょっとくらいの金額をケチって失敗するリスクよりも安全策をとろうとする傾向が強いのですが、

 

しかし、どう考えても4万円の差というものは大きい。

 

 

だって4万円ですよ。

 

下手したらシマノ・ダイワのハイエンドリールが買えてしまう。

 

 

さらに、最初に先輩が教えてくれたスクールであれば8万5千円。

 

その差は驚きの5万5千円にもなってしまいます。

 

 

…いや、やっぱりこれは保険どうこうというレベルを超えている。

 

先輩が紹介してくれた8万5千円のスクールに決めて、合格率8割の中に確実に潜り込めるようがんばるのが最善だろう。

 

 

…そう決断した僕が、先輩に教えてもらったスクールに電話したのは9月中旬頃のお話だったのでした。

 

 

参考までに、覚えている限りの最初のやり取りを記載しておきます。

 

 

―もしもし、先輩さんから紹介してもらったビジ夫と申しますが、そちらで一級船舶を取りたいのですが…。

 

「おお、先輩くんね!懐かしいなぁ。一級なら8万5千円だけど、大丈夫ですか?」

 

―はい、費用は大丈夫です。どのように講習を受ければよいですか?

 

「ウチは結構柔軟にやってるから、仕事帰りに平日の夜でも大丈夫だよ。一級なら3時間の学科を2回受けてもらって、その後に実技講習を半日くらいやってもらうことになるから」

 

―なるほど。計3日間ということですね。

 

ただ、平日の帰りがあんまり読めない仕事でして、できれば土日祝日がありがたいんですけど。

 

「それでもかまわないよ。22日はどう?」

 

―22日であれば大丈夫です。

 

「あんまり時間取れない仕事なら、ダラダラやらずに一日で6時間分やっちゃおうか」

 

―え、それができれば一番ありがたいです!

 

「かまわないよ。じゃあ朝8時に来てもらえれば。場所はHPに書いてあるから」

 

―わかりました。何を持っていけばよいですか。

 

「費用の8万5千円と、本籍入りの住民票2通と、印鑑と、パスポート用の写真4枚もってきて。あと筆記用具ね。住民票は一通はコピーでいいから」

 

―はい。わかりました。

 

「あと、海図用のディバイダーと専用の三角定規と、受験資格用の健康診断書が必要だけど、これも代行するならプラス5千円だけど、どうする?」

 

 

―う、なるほど。

 

…面倒そうなんで、お願いします。

 

「じゃあ費用は9万円ね。当日持ってきてください。そこで海図用具もお渡しします」

 

―わかりました。では当日宜しくお願いします。

 

 

 

三角定規とディバイダーとやらに健康診断の証明書がセットで5000円とは果たして高いのか安いのか。

 

この時の僕にはまったく判断がつきませんでしたが、しかし今更ネットで色々調べて手配して、なんていうのも面倒くさい。

 

 

…この5000円は必要経費だったと割り切って、費用は最初から9万円だったと思うことにしよう。

 

過ぎたことはあまり考えないようにと、そのスクールの場所を紙に印刷してサイフに差し込み、嫁さんに「住民票もらっておいて」とお願いをした僕だったのでした。

 

 

 

 

9月22日 秋分の日。

 

朝から土砂降りの雨の中、僕は片手にビニール傘、片手に事前に印刷しておいたスクールの地図を持ち、ウロウロと慣れない土地を歩きまわっていたのでした。

 

地図が示すところによるとこのあたりにスクールがあるはずなのですが、あたりは密集した住宅街で、見渡してみてもそれらしい建物がない。

 

 

…おかしいなぁ、もう一度大通りの方に出てみようかと足を向けると、十字路に面した一軒家の一つに小さな看板が下がっているのを見つけたのでした。

 

 

「内田(仮名)ボートスクール」

 

 

…え、普通の、家?

 

なんとなく、ちょっとした自動車教習所のような建物を想像していた僕は面食らいます。

 

 

…ひょっとして、裏手にそういった建物が建っているとか…、

 

グルっと回ってみますが、やはり、普通の一軒家です。

 

 

…え、これ、ピンポンしちゃっていいんだろうか。

 

躊躇してしまいますが、もうすぐ約束の8時です。

 

ええい、ままよ!とピンポンを押すと、しばらくしてガチャリとドアが開き、出てきたのは女性の方。

 

しかも、完全に寝起きと思われる、いわゆるスッピンの女性です。

 

 

さらに面食らう僕。

 

 

 

―え、ええと、僕、船舶の…、

 

 

女性「…ああ、すいません、少々お待ち下さいね」

 

 

…バタン

 

ドタドタドタ…ガチャッ!

 

 

「いやー、ごめんごめん、お待たせしました!」

 

次に現れたのは、50代くらいと見受けられる男性の方。

 

なるほど、この方が先輩の知り合いという内田さん(仮名)だろうか。

 

見事な寝癖と、スウェット姿からどうやら内田さんもつい今までご就寝だったようです。

 

 

内田「いやー、先輩くんの、あれだよね。紹介の。すいませんね、お待たせしちゃって」

 

―あ、いえ、大丈夫です…。

 

内田「ちょっと散らかっちゃってて申し訳ないけど、入って入って。雨すごいね、すいませんねこんな天気で」

 

 

…別に天気は内田さんのせいではないのですが、はぁ、大丈夫ですと答えて僕は促されるまま玄関に入ります。

 

 

…うーん、

 

やはり、何の変哲もない、普通の玄関です。

 

 

内田「こっちこっち、この部屋でやるからね。ちょっとそこ座って」

 

内田「いやー、しかし、先輩くんか。懐かしいなぁ。もう何年になるかなぁ」

 

内田「彼、元気?いや、私も彼が最初の奥さんと別れた直後くらいにさぁ…」

 

 

…うおお、何の前触れもなくいきなり生々しい話をぶっこんできた!

 

 

―はい、先輩さんは元気です!大丈夫です!これ、持ってくるように言われたものです!

 

…と無理やり話を遮って、持参した持ち物を手渡します。

 

 

9万円に、住民票に、写真に…、

 

内田「はい。たしかに。お預かりします」

 

 

…ふぅ。

 

余計な話を聞いてしまって後で面倒くさいことになるのは御免です

 

 

内田「じゃあ早速始めますけどね、これ2級のテキストね」

 

バサッ

 

内田「で、これが一級のテキスト」

 

バサッ

 

内田「2級の問題集」

 

バサッ

 

内田「1級の問題集」

 

バサッ

 

内田「これは実際の過去問」

 

バサッ

 

内田「で、大体、1級は一日2時間ずつ2週間勉強すれば受かるって言われてるから」

 

内田「今日は内容を説明はするけど、全部を覚えることは無理だから。自習が重要になるのでしっかり家でやってくださいね」

 

 

 

 

…。

 

 

…展開が急に早くなって一瞬置いてけぼりになりそうでしたが、え、今なんと?

 

このテキスト5冊を?一日2時間?2週間?

 

 

…合格率8割超えの資格と聞いて、正直なところ僕は心のどこかで舐めていた部分があったかもしれません。

 

試しに2級のテキストを手にとってみます。

 

 

…なんと、200ページ近くあるではありませんか。

 

こ、これを全部覚えなきゃいけないのか。

 

 

内田「1級の試験はね、2級と全く同じ学科試験と、1級独自の学科試験の両方をやる必要があるからね」

 

内田「2級の学科で合格基準に達してても、1級の基準に落ちてたらダメだから。やっぱり2級にしますっていうのもダメだからね(笑)」

 

 

…なるほど。

 

1級・2級に関わらない共通の知識と、1級独自に必要な知識があるということか。

 

 

内田「ハイ、じゃあ、あなたも忙しいんだろうから。どんどんやっていきますからね」

 

内田「では2級からいくからね。ハイ、最初は船長の心構えから…

 

内田「海上交通安全法。東京湾、伊勢湾、瀬戸内海ね」

 

内田「追い越し、横切り。保持船と避航船の関係覚えて」

 

内田「優先順位は一番が運転不自由船、次が操縦性能制限船、あとは漁ろう船、帆船、最後に通常の動力船ね」

 

内田「1海里は1852m。地球の緯度1分ぶんの距離ね。1時間あたり1海里進む速度が1ノットだから」

 

 

 

 

…ここは日本で、内田さんが話している内容は日本語で、

 

単語の一つ一つの意味もわかるのに、文章になったとたんに意味が全く分からなくなるのはどうしてなのでしょう。

 

地球はなぜ丸いのでしょう。

 

ヒトはどこからきてどこへいくのでしょう。

 

 

 

 

…いずれにしても、一つわかったことがある。

 

それは、学科の講習を受けたからといって試験に合格できるというようなシロモノではないということだ。

 

合格率8割というのは、全員それなりに自分で勉強した上での8割なんだ。

 

 

…よく考えてみれば当たり前の話にいまさら気が付いた僕は、動揺して上の空のまま講義を右から左で聞き流しています。

 

 

内田「ハイ、じゃあ復習ね。試しにこの問題やってみて。答えは?

 

―あ、え、えーと…。2、ですかね…。

 

内田「なんで2なのよ、さっきやったばっかりじゃん。舵が効かなくなるのは追い波のときでしょうよ」

 

―あ、そうか…。てことは3ですね。

 

 

 

…イカン、これはヤバイ。

 

講義の内容が全く頭に入ってこないうえに、家に帰って自習したところでこれだけの量のテキストを丸暗記できる自信がない。

 

 

そもそも自宅で一日2時間勉強するなんて何十年ぶりの話なのか…

 

 

呆けている僕をよそに、講義はどんどん進んでいきます。

 

 

内田「ハイ、じゃあちょっと休憩して次は1級の海図やります」

 

内田「1海里は緯度1分ぶんね。さっきやったよ」

 

内田「コンパスローズにきちんと分度器あてて、最初にちょっとでも狂うと最後がおかしなことになっちゃうから気をつけて」

 

内田「コンパス方位という単語が出たらすぐ磁針方位に変換すること」

 

内田「潮流は真方位だから引っかからないようにね」

 

 

 

 

なぜ、リンゴは地面に落ちるのでしょう。

 

なぜ、ロマンティックは止まらないのでしょう。

 

 

 

…もはや考えることを放棄して言われたことをその都度、ハイ、ハイ、と答えながらそのとおりにやっていく僕。

 

理解しているかと言われれば、正直なところ半分くらいは意味もわからずやっている気がする。

 

 

…こんなことでいいのか。わからないことはきちんとわからないと言ったほうがいいんじゃないのか。

 

 

内田「いやー、あなた理解早くて私も助かっちゃうわ。じゃあ、この後も全部できるはずだから、自宅でやっておいてね」

 

…えええー!いやいや、言われたことをそのままやってただけなんです!

 

 

 

…と、普段の僕なら抗議したかもしれませんが、正直なところここまで4時間以上、ぶっ続けで聞いたこともないような文章をつらつらと聞かせ続けられ、

 

僕の脳みそはとっくの昔にキャパシティをオーバーして、正常な判断ができなくなっていたのでした。

 

 

なんだかわからないけど内田さんは予定より早く終わらせたがっているようだし、僕もさっさと解放されたいし、Win-Win じゃないか。

 

 

 

 

…9万円もの大金を払って、この時の僕はいったい何を考えていたのでしょう。

 

血迷っています。

 

正気の沙汰ではありません。

 

ところが、とにかく一刻も早くこの状況から脱出したかった僕は、全てをハイハイと右から左に受け流して、いつしか講習の時間は過ぎ去っていたのでした。

 

 

 

 

…午後1時。

 

予定より1時間早く講習を終えた僕は、来たときと比べてずしりと重くなったカバンを手に下げて、雨の降りしきる中トボトボと駅までの道のりを歩いています。

 

 

 

―結局、なにがなにやらわからなかった。

 

 

…内田さんが最後に言っていた言葉を思い出します。

 

 

内田「2級の学科で落ちることはまず無いと思うから、落ちるとしたら1級学科だからね。そっちを先にやったほうがいいよ」

 

2級学科で落ちることはないから、落ちるとしたら1級学科…。

 

 

…おもむろに2級のテキストを手にとってみます。

 

なんと、200ページ近くあるではありませんか。

 

 

 

…これで?

 

受験する人は全員、このテキストの量を暗記できているというのか。

 

 

1・2級のテキストに加えて、この問題集を全てやらなければならないとすると、一日2時間ずつ、2週間の勉強が必要というのも分かる気がします。

 

しかし、それだけの勉強が必要と言いながら、一方で合格率は8割もあるのか。

 

 

なんだかちょっと釈然としません。

 

 

…まぁ、でも、やるしかないかぁ。

 

なにしろ9万円をドブに捨てるわけにはいきません。

 

逆に、勉強すれば受かるというのですから、勉強すればよいだけの話なのです。

 

 

 

…雨は相変わらずやむ気配もなく、トボトボと最寄り駅の改札をくぐった僕は、ほんの5時間前まで自分勝手に描いていた楽勝ムードの幻想が打ち砕かれたことに、大きく溜息をついたのでした。

 

続く