昨今、中小企業の事業承継や成長戦略の一環としてM&Aが活発化していますが、「買収したものの、その後の統合(PMI)がうまくいかず、期待したシナジーが出ない」という悩みをよく耳にします。M&Aは「結婚」に例えられますが、本当の勝負は結婚式(成約)の後に始まる共同生活(PMI)にあります。

 

今回は、印刷業界における同業種M&Aの好事例として、大村印刷株式会社(譲受側)と能登印刷株式会社(譲渡側)のPMI事例を解説します。
出典:https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240329007/20240329007.html

 

業績悪化に苦しむ同業者を救済するM&Aから始まり、いかにして両社が同じ方向を向く組織へと統合を進めているのか。中小企業の経営者様や、M&Aの実務に関わる方にとって非常に示唆に富むケースです。

 

1. M&Aの背景:共感と信頼から生まれた「救済型M&A」

本件のきっかけは、業績が悪化していた能登印刷(譲渡側)が、地元の北國銀行へ「取引先へのサービス提供や従業員の雇用を守るため、地元企業とのM&Aを希望する」と相談したことでした。

 

これを受け、支援機関(株式会社CCイノベーション)を通じて大村印刷(譲受側)へ打診がいきます。両社は先代社長の時代から良好な関係を築いており、何より能登印刷の社長の「従業員と顧客を守りたい」という実直な姿勢に大村印刷の社長が強く共感したことが、検討開始の大きな原動力となりました。

 

トップ面談を経て、「売上・コストの両面でシナジーを出せば、立て直しは十分に可能」と判断し、M&Aが決断されました。

 

2. PMIの戦略的アプローチ:理想像の前に「まずは止血(収益改善)」

大村印刷が素晴らしかったのは、統合プロセスにおける「優先順位」が極めて明確だった点です。

両社は得意とする印刷分野(大村印刷は商業印刷、能登印刷は医療分野など)が異なっていました。そのため、長期的にはそれぞれの専門性を活かして自律的に事業を行う「ホールディングス体制」が理想でした。

 

しかし、能登印刷の業績が悪化していたため、理想の組織体制づくりを一旦後回しにし、「まずはコストシナジーによる早期の収益改善(止血)」を最優先事項に据えました。

【具体的なコスト改善アクション】

  • 財務DD(デューデリジェンス)の詳細分析をもとに改善ポイントを洗い出し

  • 生産業務の一部を大村印刷へ集約し、生産効率化を図る

  • 主要仕入先を統一し、スケールメリットを活かした仕入価格の見直し

緻密なシミュレーションに基づくアクションプランを迅速に実行に移したことが、PMI初期のつまずきを防ぎました。

 

3. 最大の壁とブレイクスルー:管理手法の導入と「MVVの自発的整理」

コスト改善を進める中で、能登印刷における大きな経営課題が浮き彫りになります。それは、「個別案件ごとの製造原価・採算管理が行われておらず、予実管理の仕組みもない(どんぶり勘定になっている)」という点でした。

 

一方の大村印刷は、月次での部門別収益予実管理を徹底している組織です。ここで大村印刷の管理手法を「親会社の命令」としてトップダウンで押し付けると、現場の猛反発を招き、PMIは失敗します。

 

ここでの大村印刷のアプローチは、中小企業のPMIにおける一つの最適解と言えます。

  • 徹底した対話: 両社の経営陣・管理職で定期的な会議を開催し、「なぜ採算管理が重要なのか」「大村印刷のノウハウはどう活きるのか」を丁寧に説明し、納得感を醸成しました。

  • 意識の変革: 対話を重ねた結果、能登印刷側が自発的に自社のMVV(Mission、Vision、Value)を整理するに至りました。

ただ管理ツールを導入するのではなく、「何のためにこの会社は存在するのか(MVV)」という根幹の経営方針を両社ですり合わせたのです。これにより、営業・生産・管理の個別アクションプランが血の通った「統合方針書」として結実しました。

 

4. 中小企業診断士の視点:成功のポイントと今後の展望

この事例から学べる、PMI成功のポイントは以下の3点です。

  1. トップ同士の人間的な信頼関係と共感が土台にあること

  2. 「早期のコスト改善」と「将来の組織再編」のフェーズを分け、優先順位を明確にしたこと

  3. 一方的な管理強化ではなく、対話を通じて相手企業の「自発的な意識改革(MVV策定)」を引き出したこと

現在はコストシナジーに注力している両社ですが、今後は双方での新規事業立案や、既存顧客に対する関連サービスのクロスセルなど、「売上シナジー」の創出フェーズへと移行していく方針です。

「システムや財務の統合」は力技でできても、「人の心の統合」は一朝一夕にはいきません。大村印刷と能登印刷の事例は、M&Aにおける対話と理念の共有がいかに重要かを教えてくれます。

 


最後までお読みいただき、ありがとうございました。 自社の組織統合や経営管理の見直しについてお悩みの方は、ぜひ一度、客観的な視点を持つ専門家や支援機関に相談してみてください。次回の事例解説もお楽しみに!

尾﨑中小企業診断士事務所 代表 尾﨑 友和 
URL:https://ozaki-smemc.com/
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