
画像後方の艦船は瑞鶴でも秋月でもありません。加賀とうーん、仁淀!? 存在することのありえない取り合わせによる、サンフランシスコ湾に停泊する連合艦隊といった趣きの画像です。虚構であることを示すために、オタクっぽいペイントをほどこすのはいいのですが、どうにも不適切さがいなめません。つくっておいてなんですが。
FlightGearに自分の艦隊コレクションなどと言っていますが、先の大戦では沈められた加賀や瑞鶴、秋月の乗組員をはじめ多くの将兵が命を落としており、それを思えば浮かれたことばかりを言ってはおれない気がするからです。
大淀は幸運な船に数えられていて、他の撃沈され生存者は0とされる艦船と比べれば、犠牲者は少ない方かもしれません。それに、大淀型は仁淀がつくられず、同型艦が存在しないことは、艦隊をつくりたくても同型艦をならべて済ますようなことがしにくいことになり、3Dモデル作成の対象として大淀を選択した理由のひとつでもありました。
それでも、艦隊を組むなら実際はどうだったのかを調べてみて驚きました。
作戦の度に、動員された船ががらっと変わっています。消耗が激しかったものと思われます。数の関係もあるからでしょうが、新型艦や巡洋艦の方が早く減り、残っているのは駆逐艦ばかりという印象を受けます。
日本の艦船のもろさは、フランスやアメリカですでに広く採用されていた機関配置をシフト配置方式とするものが、松型駆逐艦の登場までなかったことにあることも知りました。機関室を前後2室に分け、ボイラー・タービン・減速機を交互にずらして配置するシフト機関方式は、左右のどちらかが損傷を受けても、片方が残り生存性が高められますが、従来型だとどこか損傷を受ければすべてがやられ航行不能になってしまいます。
レイテ沖海戦には、大淀も加わっています。戦術的には考えられない空母4隻からなる機動部隊を囮とした、無謀なレイテ湾突入作戦には、いろいろな議論があるようですが、戦略的には劣勢を少しでも解消し講和を有利に持ち込みたいとの思惑による、戦争指導部の愚かしさに敗北の一番の原因をもとめるべきと思われます。歴史にもしもはなく、負けるべくして負けたと考えるのが妥当に思われませんか。
この海戦は、帝国海軍による大規模で組織的な活動の最後とみなされ、一方神風特別攻撃隊の攻撃のはじまりとなったことが知られています。
その後大淀の参加した北号作戦は「半分が戻れば上出来、全滅の可能性も」と言われ、参加はしなかったが沖縄水上特攻といいい、末期症状の帝国海軍では「生きて帰ることはのぞめぬ」出撃があたりまえとなったようです。そして大淀も軍艦としてはみじめな、末路は浮き砲台でした。
こんなことになる前に戦争を止めれなかったことが悲しいですね。
そんな思いに浸されると、前回にooyodoで遊んでやってくださいと書いたことが悔やまれます。兵器を対象とすることには、むずかしさがつきまといます。勢いでooyodoをつくったものの、釈明の必要を感じたものです。
終戦から69回目の夏がきます。二度と戦争はごめんだとの思いを大切にしたいものです。





